50話
昨夜は結局ケーキを半分ずつ食べた後、映画を見ているうちに寝落ちてしまった。そして目を覚ました時にはいつものように布団に運び入れられていたのである。
目を覚ました時に温かいなと思えば、どうやら自分の腕を彼の胴に回して、くっつくようにして寝ていたようだ。隣で寝息を立てる真木の顔を覗くと、無精ひげがまたちくちく生えているのに気が付く。それを興味から、掌でそっとなぞった。頬を包むように手を添えると、親指が唇に触れる。そしてほのかの手は真木の首筋に流れていく。
くすぐったかったのか、寝ていた彼も流石に気づきほのかの手を捕まえながらうっすらと目を開けた。
「何やってんだ?」
「えーっと。スキンシップ的な……」
「そういうのはいいから」
そう言ってほのかを押しのけると、彼女もムキになって「どうしてですか」と余計にくっついてくる。
すると真木は体を翻し、彼女を組み敷くようにベッドに押し込めた。
ずっしりと男の人の力がほのかの腕にかかると、この細い腕でははねのけることなど出来やしない。驚いたようにして真木を見つめるが、こんな展開になるとは予想もしていない。
恋愛経験値不足のほのかはどうしていいか分からず狼狽える外なかった。
「先輩」
眠れる獅子を起こしてしまったことを後悔しながら、なんとか落ち着かせようと尽力するが、それも空しく彼の情熱的視線から逃れることが出来ない。
強引に唇を奪われそうになったとき、真木はぽすんと力なくほのかの枕に顔を埋もれさせた。
「先に起きてコーヒー作ってて」
枕に沈んだまま、半ば彼女をベッドから追い出す形でそう言うと、当の本人は力なくうつ伏せになっていた。
そうして追い出されたほのかはうるさい心臓を、小さな胸に抱えたまま寝室から出る。
――そうだよね。そりゃそうだ。やっぱり一緒にいるってことはそういうことなのよ……!
コーヒーメーカーの電源を入れて飲み物を作っている間に洗面所に向かった。そこで鏡に映る自分の顔を見て真っ赤になっていることにようやく気づく。
少しでもそれを冷まそうと水で何度も顔を洗ったが、どこからともなく湧いてくる熱は、しばらく冷める気配がなかった。
リビングに抜けるドアをそろりと開けると、同じタイミングで真木も寝室から出てきたところだった。少し気まずくなって目を逸らしてしまった。
調子にのってしまった自分の行為に対して「すみません」というのも変だし、「おはようございます」は今更だ。ここは黙って作りかけのコーヒーをマグカップに注ぐことにする。
戸棚の一番上にしまわれているマグを取り出そうと手を伸ばした時、後に温かい温度を感じた。それがすぐに彼女の細い体をぎゅっと締め付けたかと思うと、「ごめん」と囁かれた。
相変わらず背中から回された腕には力が込められていて、こちらが何か言うまで離してくれなさそうな気配すらある。ほのかも伸ばしていた手をひっこめると、そっと真木も腕に自分の掌を重ねた。
「嫌では無いです。でも私には経験値が足りていないので、少し怖いです」
「うん」
もう一度力を込めて真木がほのかの体をぎゅっと抱きしめると、「コーヒー飲んだら支度しよう」と提案した。それを言うと同時に彼の体がすっと離れていく。寂しくなった背中を振り返って真木を見上げると、いつもの顔に戻っていた。
見上げるほのかの髪をわしゃわしゃと乱して、先ほど彼女が取りかけていたマグを彼が代わりに手にした。
「では16時に駅で」
「じゃ。また後で」
軽いブランチを食べた後一端家に帰ることにする。昨夜は泊まりの予定では無かったので、着ていた服も金曜と同じものだった。流石にデートに行くのにビジネスライクな服装では、雰囲気が台無しなので、当然思いっきりオシャレしたいものだ。
初めての彼氏とのクリスマスという乙女ワードを前にして、軽い足取りで家に向かうのであった。




