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恋愛初心者、恋をする  作者: 織田 智
恋人初心者
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48話

 年末に向けて仕事もいよいよ大詰めになってきた。

 チーム員はどの顔を見ても目の下の隈を作って、肌の艶を失っているように思える。


「山崎さん、先週お願いしたリスト、システムに入れたいんだけど出来てる?」


 ――やばい! 忘れてた!


 容赦なくつぎつぎ飛んでくるリクエスト。メモ帳に記載はしてあったものの完了していない項目がいくつかある。先輩たちも自分の作業に目いっぱいで進捗を確認する余裕がなく、抜けていたことを今やっと思い出した。


「あぁ、俺が昨日やっときましたよ。もうひとつの共有のフォルダに入れてるんで確認してください」


 と、真木が答える。どうやら昨日帰る前にフォルダに入れられていないのを見て、作業を代わりにしてくれていたようだった。


「ありがとうございました!! そんなことが出来るのは先輩かジェバンニぐらいです!」

「その有能なジェバンニの作業を妨げないで、自分の仕事は自分で出来るようにしろ」

「尤もです。じゃぁ、お昼ご飯で手を打ってください!」

「申し出を受けよう。12時半な」


 昼になり、何人かは休憩の為に既に席を離れていた。ふたりも席を立つと、玄関ホールへと降りていく。そこで営業に向かう途中の和秀にばったり出会った。中川を待っているのだろうか。


 ほのかは内心「うげ」と思ったが、無言で通り過ぎようとした。むこうも真木を見てバツが悪そうに目線を逸らす。


 そして通り過ぎようとしたとき、「お前」と真木が彼に話しかけた。


「お前今回のミスで先輩の中川にだけ頭下げて回らさせてたな」


 それを言われて和秀はぐっと口を噤む(つぐ)。何か言い訳をしたいのか、何も言えないのか。


「てめぇのケツをてめぇで拭けないようなガキが、人のモンに手を出す資格はねぇよ。何の力もない男に女がついてくると思うなよ」


 和秀のこぶしが一層固く握られたのが見える。


「力ずくで取ろうとするのは、だせー奴がすることだ。欲しけりゃ自分を証明しろよ」


 そして「こいつはやらんがな」と付け加えれば、ほのかの顔は真っ赤になった。この人はよく真顔でこんな恥ずかしい事を言えるものだと思ってしまう。


 話し終わったところで中川が「お待たせ」と言って部屋から出てきた。険悪な様子に「なんかあったの?」と訊く。


「何があったか知らないけど、悠介が怒ると恫喝だからな」

「どこがだよ」


 言いながらほのかと真木は出口に向かい、忙しなく移動するサラリーマンの群れに加わった。


 さっきの会話を忘れようと「ラーメンでも食べますか」と話題を振る。


「たわけが。猫舌のくせに何で熱いものを食おうとするんだよ。時間内に食べ終わらないだろ」


 「そうですね」といつもの表情を浮かべる彼を見て安堵した。






 そして時間はあっという間に流れ、12月24日。世間がクリスマスで盛り上がっているころ、ウェブデザイン部ようやく最後の仕事を完了させた。あとはエンジニア部に今仕上がった部分のプログラムの詳細を書いてもらう作業だが、そこは年明けに回せそうだ。


 チェックリスト全てにティックマークが付けられた時には漏れなく全員から「ああああぁぁ」と安堵の息が漏れていた。


 このとき時刻は21時。

 そして今日はクリスマスイブで、世の恋人たちがこの東京の夜景を楽しめるのは、自分たちが今もオフィスで煌々と明かりをつけながら、せっせと働いているからだということに気づく。


「リア充爆発しろ、マジで」


 精気を失った顔でそうつぶやいたのは三國だった。確か彼女はこのラッシュの為に合コンを何件も断らざるを得なかったと嘆いていた。


「じゃぁ、忘年会は27日だから来れる人は来てね」


 そうチーフに言われて今年の業務課解散になった。流石に何週間も続く長時間勤務(デスマ)明けで誰も今から飲みに行こうとは言い出さない。ゾンビの行進のごとくみんながぞろぞろと会社を後にする。


「あぁ……私今眠ったら異世界に転生できそうです」


 とぼとぼと駅に向かって歩いていると、疲れからどんどん愚痴がこぼれてくる。すれ違うカップルたちはみんなおしゃれな格好をして、近くの広場ライトアップされているクリスマスツリーでも見に行くのだろうか。


駅に着くとカフェの前でサンタの格好をした人たちが、クリスマス商戦に乗ったケーキの販売をしていた。

ほのかが横目でそれをちらりと見たのに気づいた真木は「買う?」と訊く。


「いえ、今日は先輩のうちに伺う予定じゃなかったですから……」

「来ればいいだろ?」


 そう言われ、ほのかが店員に話しかけて、いちばん小さい3号のケーキをひとつ買った。


「では、お邪魔します」



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