45話
「なんだこのデザイン? やっと出来たかと思ったら指定されてる色が違うし、フォントの大きさもバラバラになってんだけど」
「あ……ごめんなさい。すぐに直します!」
隣の席から真木に注意されるが、気が引き締まったのは一瞬のことで、またすぐに別のことを考えながら作業をしてしまう。
別のこと……和秀との一件が昨日あって、それからずっとこの調子だ。真木にも何と話したら良いか分からず、悶々と悩みを抱えている。
相談できずにいたのは嫌われたらどうしようとか、不貞を働いたような気分になっていたため、どうしても自分を責めてしまっていたためだった。
気分を少しでも回復するために、休憩室にお茶を淹れに立った。
それと同時にチーフが真木の席にやってきて「頼んだよ」と耳打ちされると、やれやれと彼女を追いかける。
休憩室にはテーブル席とソファー席があり、ほのかはソファーにぐでっと深く腰を掛け、天井を仰ぎながら顔を腕で覆った。
2分もしないうちにかちゃっとドアが開けられて、誰かが入ってくる音がした。目を覆っていた腕を少しだけどけてから、目線だけを入り口に向ける。
入ってくる真木の姿を見て、安心したような、でも何となく後ろめたいような複雑な気分になる。
「どうしたんだ? 体調でも悪いのか?」
「いえ。昨日あんまり寝られなくって……10分ぐらいで戻ります」
「先方に指名されなかったのがやっぱりショックだった?」
そう言われて、そんなこともあったなと思う程にもっと大きなショックが上書きされていた。
「そんなこともありましたねぇ」
「……営業部に何か言われた? 大方あの沢井っていう同期か?」
虚を突かれてソファーから慌てて仰いでいた状態を起こす。そしてにじりながら後ずさると、無意識に彼から距離をとろうとしてしまう。それを追う真木。
「あいつになんかされた?」
「本当に……あれはそんなんじゃないんです」
「そんなのって何が?」
俯くと自然と目元に涙が集まって、喉が詰まったように息が苦しくなる。言おうかどうしようか迷った挙句、言ってしまってスッキリしたいという気持ちが勝った。
「沢井君に……キ、キスされて……」
仕事で悔しくても涙ひとつ零さなかったほのかの涙腺だったが、言葉にするとそれが決壊して、どんどんと涙があふれてきた。
「先輩、ごめんなさい。嫌いにならないで」
「何でそんなことで嫌いになるんだ。……それと、それは上司としてもセクハラ被害で上に報告させてもらう」
「報告は! 待ってください……」
そう言うと涙を流すほのかの腕を少し強く引いて、自分の腕の中に閉じ込めると、「分かった」と言いながらぽんぽんと頭を撫でてなだめた。
ほのかもその背中にぎゅっとしがみつくと、それが心地よくて涙はすぐに引っ込んでいく。
「とりあえず落ち着いたらデスクに戻ってこれるか?」
「はい。大丈夫です」
真っ赤な鼻をスンとすすって、頷いた。
「じゃぁ、先に戻ってるからな」と後ろ手にドアを閉めて出ていく彼を見届けると、またソファーの背もたれにぼふっと体を沈めた。
だが、今度は真っ赤な顔を両手で覆う態勢になったのは意図してではなかった。
――私ってば、現金なヤツめ。
◆◆◆
真木が自分の机に戻った時、心配していたチーフが彼に近づいてきて話しかけた。
「マキちゃん、山崎さん大丈夫だった? 風邪とかかな?」
「いや、ただの寝不足みたいですね」
それを聞いたチーフはほっと胸を撫でおろす。
「あ、岡本チーフ。ちょっと訊きたいんですけど」
踵を返したばかりのチーフを呼び止めると、「何かな?」ともう一度こちらを向く。
「例えば……例えばですよ、俺が他の社員を殴ったらコンプラ違反になりますか?」
「ん? コンプラどころじゃなくて、刑事事件とかにも発展するから止めてね。てか、止めろよ」
「……ですよね。知ってました」
今時人様を簡単に殴れる世の中ではないのだ。それが社会に属する人間ならなおのこと。
真木は髪を書き上げながら睨むようにスクリーンに目を移すが、仕事に集中できないばかりか、イライラも収まってはくれない。挙句、手に持っていた安物のペンに力をいれると、パンっと甲高い音を立てて折れてしまった。
漏れたインクで手が真っ黒になるのを見ながら、余計に苛立つ気持ちを押さえるのに必死になっていた。




