42話
「山崎さん、今日はよろしくね」
新幹線でそういったのは同期営業部の和秀だった。その横には彼の直属の先輩である中川もいる。3人はミーティングのために、横浜に本社を構えるとあるMISAKI商事という会社まで足を運んで営業に向かっていた。
◆◆◆
「営業ミーティングに私が参加するんですか?」
遡ること1週間前。チーフの岡本に他部署のミーティングに行ってくれと言い渡されていた。
「ごめんね。僕と村上君は別のミーティングがあるし、真木くんと三國さんは納期が近いからどうしても作業を進めてて欲しいんだよね」
村上は部の中でチーフの補佐的役を担っている社員で、三國と同期になる。
そして今回行ってほしいと言われた先は、新規開拓したい輸入コスメのメーカーだった。先方まで行けば話しの大まかな部分は営業部に任せられるし、オンラインでもチーフとも接続しての会議になるとのことだ。
なのでほのかに任された役はウェブデザイン部の補佐として、接続不良などがあった際に現場で答えられるように出席するだけだと言われたので、二つ返事で「わかりました」と返した。
他社の大きな会社で営業ミーティングは初めてだが、今後のいい経験にもなると思えば悪くない。
◆◆◆
新幹線に乗ると20分足らずで横浜駅に着く。前日までに殆どの打ち合わせは終わっているが、改めて最後の確認をする。
「それでは中川先輩、沢井君、今日はどうぞよろしくお願いします」
ほのかが新幹線の座席で小さく会釈をしながらふたりに挨拶をすると、「よろしくお願いします」とふたりも同じように言った。
中川はそのあとすぐに電話の着信があったので、通話デッキまで移動していく。シートには和秀とほのかのふたりが残された。
「山崎さん、今日はよろしくね」
改めて和秀がそういうと、ほのかは少し冷たい目をしながら「どうも」と言う。目の前の男を好きになれないのは当然で、中川がいつ戻ってくるのかということばかり考えてしまう。
「そう言えば、飯塚が同じ同期の倉持奈々子って子と付き合いだしたらしいな」
——え⁉ 聞いてない!
「そうなの? まぁ、幸也は付き合いたいって言ってたし、倉持さんも好意的だったから時間の問題だとは思ったけど」
「山崎さんは失恋したよな」
もう幸也のことは吹っ切れていた後だったし、こちらも真木と付き合いだしているので振られたも何もないのだが、周りから見ればそう思う人もいるだろうと思った。
「別に幸也とはそんなんじゃないってば」
「ふぅん。だったら山崎さんは俺と付き合えばいいじゃん」
割とあからさまに嫌いオーラを出していたにも関わらず、この人のメンタルの強さは何なのだろうかと不思議で仕方がない。
ひょっとして冷めた態度をとっているのも、照れてるから故とでも思っているのか。ほのかは彼の頭の中がやはり理解できない。
「おあいにく様。私も彼氏がいますので」
「は!? どんなやつ?」
——何だこいつ。関係ないのに何でこんなに食いついてくるの? というかこの手の人は下手に刺激しない方がいいかも……。
「ま、誰でもいいでしょ」
「ふーん」
簡単に話を流していると、スマホが振動して真木からメッセージが来たことを通知している。
その画面に映し出されたバナーには『悠介』という名前と『頑張れ』というメッセージが表示されていた。
「彼氏?」と沢井が訊くと「見ないでよ」と不快を示す返事をする。
——ヤバイ。沢井君に先輩と付き合ってるのバレたら面倒そう。
ほのかの不安を抱えたまま新幹線はゆっくりと速度を落とし始め、間もなく新横浜駅に着こうとしていた。




