41話
――来た。また来てしまった!!
◆◆◆
夕食はほのかの希望通り和食の美味しい料理屋で、真木が予約を取ってくれていたようだった。落ち着いた雰囲気の店にも関わらず敷居の高すぎない場所で、ほのかは彼のセンスに感服したものだ。
食事は真木が誕生日のお祝いとして支払ったが、その後のバーではほのかが今日のお礼として出した。
奢られ慣れしていない彼女としては、出されっぱなしは性に合わなかったのだ。
そうして荷物をコインロッカーから引き取り、ふたりで真木の家に到着した頃には11時を回っていた。
◆◆◆
真木は「どうぞ」とドアを開いて、ほのかを招き入れる。
「おじゃまします」
緊張からか、声が少し上ずったような気がした。変に思われなかっただろうか。
真木が持っていたほのかの荷物を置くと、先に風呂に入るように勧める。また臭いと言われたくなかったので、ためらいなく先に借りることにした。
「嫁に行くまで何もしない」と豪語していたほのかだったが、莉子に言われてから意識してか、無意識でか、一番お気に入りのぱんつを持ってきていた。
――いや、何もないのよほのか! ただお風呂に入って寝るだけだから!
またも悶々と湧き上がる邪念を、少し冷たいシャワーで洗い流した。
「お先に頂きました」
「ん。ハーブティー淹れるけど、ほのかも飲む?」
「はい、いただきます」
お湯を沸かし始めたところでほのかに任せ、真木は風呂場に向かう。お湯が湧くまでの間、髪をすんと嗅いで、同じシャンプーを使ったんだなと思うと嬉しくなった。
「何見てんの?」
ソファーに座りながら今日撮った写真を見ていた。いつもは写真を撮るのを忘れてしまうような性格なのだが、喫茶店で撮ったのを皮切りに何枚か一緒に撮っていた。
「真木先輩、今日はありがとうございました。本当に楽しかったです」
「それは良かったです」
そう言いながら彼も隣に座る。ソファーの前のコーヒーテーブルには先ほどほのかに淹れてもらったペパーミントティーが置かれていた。
「あの、私。真木先輩と一緒にいて楽しいし……その、先輩のこと好きだなって思いました」
きちんと好きだと伝えたことがなかったなと思い、自分の気持ちを彼に伝える。だがまともに彼の顔を見ることはできない。なんなら顔から火が出そうだ。
「その、思ってることはきちんと伝えたいなと思いまして」
緊張しすぎて涙まで出そうだ。
するとそっと真木の手がほのかの頬に手のひらを宛がうと、顔を彼の方に向けさせた。
「うん、俺も好き」
そう言われて益々目が眩みそうだ。真木も余裕そうに見えるが、目線が下方へ泳いだ。それもそうだ。仕事の鬼のようなこの男がそんなセリフを吐くなんて、よっぽどの覚悟が要ったのではないだろうか。
「また照れてます?」
「さすがに照れるな」
真木は子どもの熱を測る時にするように、ほのかと自分の額をぴたっとくっつけて、「それと」と続けて言う。
「名前で呼んで」
そう言われて少し躊躇いがちになる。息をひとつ大きく吐いて深呼吸をしてみる。
「ゆ、すけ……先輩」
「先輩は要らない」
「悠介」
そこまで言うと、彼女の唇からはそれ以上言葉が続かなくなり、息をするのも忘れそうなぐらい長くて深いキスをしたのだった。
ようやく離れると頭がぼーっとして、ふわふわとした心地になっていることに気づいた。それにもっと触れていたくなってきてしまう。離れていく彼の腕がとても寂しい。
その気持ちは彼も同じなのだろうかとふと思う。
真木は「もう寝ようか」と言いながらほのかの髪をくしゃくしゃと撫でる。少しでも長く触れられたくて、思っていた疑問を口にした。
「……先輩はやっぱりしたいと思うんですか。その……」
言葉にするのが憚られ濁したように言ったが、それでも十分に伝わったようだ。
「したい。めちゃくちゃしたい。でも我慢するから、ほのかが大丈夫だって思えたら教えて」
「わかり……ました」
何て言ったら良いものか分からず俯くしかできなかった。




