40話
今回は終始ドキドキしすぎてネタバレをくらったというような事態にはならずに済んだものの、やはり肩がつかえる度に不必要なほど鼓動が速くなる。
「あ、この近くにお勧めの喫茶店があるんですけど行きませんか?」
映画の話もしたかったし、少し気持ちを落ち着かせるためにも何か飲みたくなったのでおいしい紅茶の専門店に向かう。
英国老舗の雰囲気のある店内に入ると、席に着いて早速メニューを広げる。真木もざっとメニューを見るとあっという間に決めてしまったようだ。
紅茶、と一言で言っても何十種類も書かれていては決めかねてしまう。
「お決まりでしょうか」
メニューをさっさと閉じていた真木を見て、店員が丁寧に話しかけてきた。
「アールグレイのホットと……ほのかは?」
「え?」
「まだ決まってない?」
「え? いや決まってます! あの、アッサムを……ミルクティーで」
不意に名前を呼ばれ、また固まっていた。
仕事場ではいつも「山崎」とか、「お前」とか呼ばれてばかりいるので、まだ慣れない。
「思ったんですが、先輩は見た目に寄らず女性の扱いが上手いんですね」
「そうか?」
「そうですよ。私なんか四六時中どきどきさせられっぱなしです。名前なんか呼ばれると照れくさいというか、恥ずかしいというか……」
「……お前は天然な分、質が悪いな」
そう言って真木は頬杖をつきながら目線をどこか別の場所に移した。移しながら少しため息をついている。
「お待たせいたしました」と運ばれてきたのはロイヤルブルーのカップとソーサー、そして揃えのティーポットだった。
思わず「可愛いっ!」という言葉が自然と飛び出てくる。早速ポットからカップに紅茶を注ぐと、いい香りが広がった。しかし悲しいことにあと5分は飲めそうにない。
「写真撮らないの?」
「あぁ、SNSですか? 私、写真投稿系サービスは使ってないんですよね。なんか評価を気にしだしたらキリがない気がして。ひょっとして先輩やってるんですか?」
「俺がやってそうに見えるか?」
「見えないですね」
恐らく前の彼女がそういう人だったのだろうかと勘ぐる。何だか比べられて少し嫉妬してしまう自分がいた。
「私は私ですよ」と少しむすっとして言い返すと、案外素直に「悪かった」と返ってきた。
だが拗ねてしまってはせっかくの楽しい雰囲気が台無しだと思い、仕切り直しの為にスマホを取り出して写真アプリを起動した。
「そうですね、折角なので撮りましょう」
そう言ってカメラを内側に向けて、セルフィーモードにするとふたりが綺麗に収まる位置を探した。だが、微妙にぶれたり、顔が被ったりと案外上手くいかないものである。
ああでもない、こうでもないと模索していると、見かねた店員に「お撮りしましょうか?」オファーされた。それに甘えて「お願いします」と写真を撮ってもらうことにする。店員側からしてみれば、見事なバカップルだ。
「ほら、先輩ももっと寄ってください」
テーブルを挟んで顔を寄せると、仲のいい写真が収まった。写真をまじまじと眺めると真木の照れている顔が伺える。それを見て思わずふふっと笑うと、真木のスマホにも送信した。間もなくして彼の方に受信音が響いた。
「先輩のスマホの待ち受けにしてもいいですよ」
「いい大人が恥ずかしいだろ」
「照れてる。私はかっこつけた大人でも、幸せは思いっきり表現した方が健康的だと思いますけど」
そう言ってほのかはぽちぽちと設定をいじって、通話アプリ上の真木の画面をその写真に差し替えた。「いいでしょ」と、惜し気もなく見せびらかすと、流石の彼も笑いが込み上げてきたのか声を出して笑う。
「お前といると本当に楽しいな」
「お互い様です」
言いながらようやく冷めた紅茶を啜り、幸せを噛みしめた。
――あぁ、私自分で自覚してたよりも先輩のこと好きだった。




