38話
目を覚ますとふかふかの布団にくるまれていた。隣を見ると真木もまだすうすうと寝息を立てながら寝ていた。
そこにあるのはもう知らない天井でなければ、隣にいるのも知らない変質者ではない。
目が覚めたのでキッチンに向かい、コーヒーメーカーの電源をオンにする。オフィスの机の上はいつもごちゃごちゃしているのに、家の中はいつも片付いていて案外きれい好きなのかと思わせる。こだわりが強いだけとも言えるかもしれないが。
コーヒー豆も2,3種類少量ずつミル挽きされたものが瓶詰されているが、インスタント派の彼女には分からないこだわりだ。
とは言えコーヒーぐらいは淹れられるので、一番近くにあったジャーの中から粉を出してドリッパーで漉すといい匂いが立ち上った。
マグの半分にコーヒーを注ぐと残りを牛乳で埋める。
それに口をつけた時、寝室の扉が空いて眠気眼の真木がおおきな欠伸をしながら出てきた。
「おはよう……」
真木が起きてくるなり、何となく恥ずかしくなってパッと目線を逸らしてしまう。
「お……おはようございます。先輩のも淹れましょうか?」
気を利かせて言うほのかのコーヒーを見て、「いや、自分で淹れる」とあからさまに断った。その目はほのかのミルクたっぷりコーヒーを明らかにジャッジしたような目だ。
自分のコーヒーを淹れた後は向かいのダイニングテーブルに腰をかけてふうふうと息を吹きかけながら自分のマグに入ったコーヒーを飲んでいるのを「まだ冷ますのか」と言わんばかりに見た。
「そう言えば先輩」
こちらを見てくる真木を見ながらほのかが口を開いた。真木もタブレットに向けられていた目線を彼女に配る。
「昨夜布団まで運んでくれたんですか? ありがとうございます」
「ん……」
聞いているのか、聞いていないのかはっきりとしない返事に「どうかしたんですか?」と訊く。
「来週。どっか行きたいとこある?」
そう言われてほのかは一気に赤面した。
――入社した日にダサいメアドを作ってくれたの先輩だった!
入社した日に真木がほのかの社内用アドレスを”honoka0924yamazaki@...”と設定したことを思い出していた。
そのときの会話を思い出しながら、彼は自分の誕生日を覚えていたんだなと考える。
「覚えててくれたんですか? 誕生日」
「そりゃぁ覚えてるだろう」
「……じゃぁ、行きたい場所考えておきます」
マグを握る手をもじもじさせながらほのかは真木の顔を見れないでいた。初めての彼氏がいる誕生日。どこに行こうかとか、何をしたいかなど考えるがあまりぱっと思いつかない。
「映画……とか?」
「映画でいいのか?」
「カップルシート、また行きたいです」
それを聞いた真木も少し照れくさそうに「分かった」と言う。そして付け加えるように泊りの準備をしてくるように言った。
週末を楽しみにドキドキが止まらなかった。
「人生初の彼氏がいる誕生日に泊りに来いって言われたら、緊張しすぎてどうにかなりそう」
家に帰るなり友人の莉子に電話をする。
「彼氏って、まさかぱんつの先輩?」
「そのまさかです」
「迷惑かけないようにね。自分の世話は自分でするんだよ。変なところで天然力発揮しなくていいからね」
まるでお母さんが子どもにするようにいう莉子にほのかは「そんなに心配しないで」と釘を刺す。
「いや、私が心配してるのは被害を被るほのかの先輩の方だから」
確かに過去の経緯を考えると、正しい忠告だった。
「あと、ちゃんと避妊はしなさいよ」
「え!? 結婚する人じゃなきゃ、そんなことしないもん!」
そういうほのかの言葉に電話の向こう側の友人は「は!?」と返してきた。
「まぁ、アンタの恋愛観だから勝手にすりゃいいけど、私だったら何も出来ないのは嫌よ。体の相性がいいかも分からない相手と結婚なんて」
そう言われてみて少し想像してみたが、すぐにふるふると頭を振ってめくるめく大人の世界を払拭した。




