37話
真木とほのかを乗せたタクシーはマンションが立ち並ぶ細い道を走り、建物の前でゆっくりと停車した。
運転手に運賃を払ってから、ぺちぺちと頬っぺたを叩いて起こした。
「着いたぞ」
「あ、すみません」
眠気眼でタクシーから降りると、覚束ない足取りで真木に支えられるまま歩いた。居酒屋では殆ど飲んでいなかったので酔っているというわけではなさそうだが、少しでも支える手を緩めると彼女の膝ががくんと折れてしまう。
前にほのかを搬入した際は酔ってはいたものの、一応自立して歩いてくれてはいたのでそこまで苦労はしなかったが、今回はそれもままならなさそうだ。
仕方なく彼女の両膝の裏に腕を回して、背中を支えながら抱きあげた。これはもう誰がどう見てもお姫様抱っこである。
部屋までたどり着くと、不自由ながら何とかドアを開けて寝室まで運び入れたのだった。
ようやくひと段落ついて、履いたままの靴を脱がそうとしていた時に。「先輩」と言う声が真木の耳に届く。それに反応して視線を注ぐと半身を起こしているところだった。
「また先輩の家に来ちゃいました」
「もういつでも来ていいから」
そしてほのかの頬に手をあてがうと、ぶにっと引っ張った。
「来てもいいから、せめて自力で来い。お前は何回俺に運ばせる気だ」
「痛いです」
ぱっと頬が開放されるとひりひりするそこを擦る。
「先輩」
頬を擦りながら、少し恥ずかしそうに上目遣いで真木を見る。
「何?」
「あの、泊ったほうがいいですか?」
言いながらたまらず指を絡めてもじもじしている。こんな時の経験値が少なすぎてどうしたらいいものか分からない。
如何せん彼氏と呼ぶ存在がいたことがない上、泊りになる心づもりもなかったので彼女としてどう対応するべきなのか全くわからないでいた。
「泊っていってもいいし、帰るならタクシー呼ぼうか?」
「いえ! そうではなくて! あの……心の準備が……」
赤面しながらそういうと、今度は真木の手刀が額にこつんと当たる。
「分かってるから」
心なしか彼の顔も赤くなっているように思えた。赤くなっている顔など意外だなと考えていると、彼の大きな手がほのかの頭を包んだかと思うと、真木の顔が彼女の髪に寄せられた。
「臭い」
雰囲気も何もあったものじゃない。
「居酒屋のニオイが染みついてて気になるから、シャワー浴びてきたら?」
臭いと言われ、わなわなと振るえる。
「ひどい! 女子に向かって臭いはNGワードですよ! 先輩は本当にデリカシーがないです! それにそれを言うなら、先輩も臭いですから!」
「はいはい。じゃぁ、一緒に入る?」
手を差し出されて、一緒にシャワーを浴びようと誘われているようだったが、到底ほのかにはそんな真似ができるはずもなく、全力で否定することしかできなかった。
ほのかがシャワーから上がると、先にそこを使った真木がソファーでうたた寝をしていた。
珍しいものを見るようにその近くまで寄って、顔を覗き込む。フロアに敷かれたカーペットの上に腰を下ろすと、眠っている真木の腕にぽすんと頭を預けた。
「今日はみんなありがとうございました。落ち込んでたのを見て元気づけてくれて。お陰で泣いてる暇なんかなかったです」
ほのかの瞼はだんだんと重くなって、やがて完全に光を絶つ。
「みんな本当に……好き。先輩……すき」




