33話
初日は資料を漁るのにほぼ1日費やしてしまった。それから3日、何とか最初のデザイン構成が決まったので、メインページとその他数ページも真木とチーフに提出して確認してもらう。
他のチームメンバーとの情報共有も忘れない。
もちろん一回目の案が通るとは思っていないが、見せた瞬間「山崎」と真木から呼び出しがあった。
「はい……」
「このデザイン自体は悪くないが、凝りすぎててやめた方がいい。ワードプレスメインで組むと、ここまでの緻密さはコストがかかりすぎるだけだ」
「大がかりな修正ですか」
「ほんの7割程度だ」
一発オッケーは考えていなかったとはいえ、半分以上の修正を言われるとは思っていなかったので、思わず「はぁ」とため息が出る。
何よりこの男に「ほんの」の日本語の意味を教えて差し上げたい。
とりあえず言われたことをざっとノートに取って修正箇所を見直す。そうしてようやくひと段落がついた頃には既に外は真っ暗になっていた。
オフィスにはほんの数人しか残っておらず、横を見ると真木とチーフはまだその手を忙しなく動かしている。着けていたイヤフォンを外すとカタカタとキーボードを叩く音がまばらに聞こえるだけだった。
イヤフォンを取ったタイミングで「帰るのか?」と、隣の席から聞こえてきた。
「うーん。そうですねぇ、お腹も空いてきましたし、そろそろ帰ろうかなと思ってますが、先輩方はどうされますか?」
「いや、お前が帰るなら俺たちも帰るつもりだったから」
それを聞いて待たせていたのかと、その時初めて気づく。思わず「すみません」という言葉が真っ先に出る。申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまったのだ。
「いいんだよ。僕の方こそ無理言ってごめんね」
チーフに駅まで送っていくよと言われて、3人一緒に駐車場に向かう。
「チーフ、車出勤だったんですね」
「あぁ、仕事終わりにフットサルとかやってるから荷物持ったまま移動するのに車あった方がいいしね」
確かに駐車してあるワゴン車のドアを開けるとバッグがいくつか詰められていた。
真木が助手席に、ほのかが後部座席に乗り込むと、車は駅に向かって走り始めた。
「マキちゃんも2年前まで一緒にやってたんだけどね」
「えぇ! なんか意外です。運動とか一切しなさそうなのに」
「ははーん。さては俺が毎日筋トレしてるの知らないな」
「知りませんよ。筋トレの道具とか一切置いてなかったですし……」
――いや、今のは無しで!
「今のは無しです」
心の声を留めておききれず、口から無かったことにしたい欲が飛び出てきてしまう。時間よ戻れ。
赤信号で止まると、チーフはじっとりとした目で助手席に座った真木とほのかを交互に見る。そして「へぇ」とだけ言って不敵な笑みを浮かべた。
信号は青に変って、車はまたゆっくりと動き出す。
「マキちゃんも隅におけないなぁ。てっきり独り身ヒャッハーなタイプかと思ってたのに」
「何ですかそれ」
間もなくして車が駅前のロータリーに止まると、ほのかは礼を言って車から飛び降りる。自分の馬鹿さにがっくりとしながらチーフの顔が見れない。でも見ないわけにはいかない。
にんまりと楽しそうな顔を向けられると、思わずひきつった笑みがこぼれる。
去り際に助手席の窓を開けてチーフは真木を見て言う。
「じゃぁ、山崎さんをちゃんと送ってあげてね。彼氏さま」
”彼氏”と聞くと胸がこしょこしょとした恥ずかしいような、少し隠していたいような気分になる。恋愛初心者の彼女にとってそのワードの壁は大きかった。
一応ロータリーから車が発進するまで見送ると、今度は真木の方を見あげてやってしまったというような顔をする。
「口が滑りました」
「別に、付き合ってるのを知られたところで、不都合なことなんて何も無いだろ」
「そうですけど……」
言いながらふたりは駅の中へ入っていく。
「というか、やっぱり私たち付き合ってたんですか? 明確な線引きがなかったので曖昧でした」
「……学生じゃあるまいし、付き合ってください! は無くてもいいかなと思ってたんですが」
「私はそういうのに憧れたりします……」
「覚えておく」
――やっぱりこの人って少し変ってるなぁ。
そう思わずにはいられなかった。




