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恋愛初心者、恋をする  作者: 織田 智
恋愛初心者
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2話

「あー」


 間もなく昼休憩に行こうという時に、何かを思い出したように唐突に真木がほのかに声を掛ける。


「アドレス。決めておいたけど、確認しといて」

「アドレス?」

「社で使うメアドに決まってるだろ」


 どうしてこの人はこう、いちいち怒ったような口調で話すのか。

 こちらに向けられたスクリーンを覗きながら、自分が今後この会社で使っていくアドレスを確認すると、“honoka0924yamazaki@……”と書かれていた。


「いや、ダサ!」

「はぁ!? 何が?」


 ——ダサい! ダサすぎて本音が出てしまった。


「いや、センパイ。社で使うメアドに何で誕生日入れるんですか!?」

「じゃぁ、お前が決めろ」


 ほのかは勝手に決められなくて良かったと心底思った。自分のメールアドレスを入力するために真木の机まで移動してからキーボードに手を添え、ぱちぱちと指を弾かせる。アドレスは“h-yamazaki @……”と当たり障りないものにしておいた。

 すると真木とすれ違ったとき、最近嗅いだことのあるコロンの匂いが鼻をかすめた。


「あーあと社員証の写真撮るらしいから昼飯食った後に人事に来いってメール来てるから、13時半頃行って。えーと、その後はオリエンテーションって……いつ仕事教えられんだよ……」


 真木が社内メールを読みながらその日の予定をほのかに告げる。


「とにかく、俺は他のセンパイみたいに手取り足取り優しく教えるタイプじゃないから、分からないことがあったら直ぐに訊くように」

「はい。よろしくお願いします」


 携帯用の簡易食を自分の机で摂りながら、ほのかに自分の性格をアピールした。



「担当のセンパイどう?」


 昼食を幸也と一緒に食べながらほのかが訊いた。同じフロアにいたので、彼が担当の先輩と仲良さげに話しているのは横目で見ていたが、特に会話も無かった自分の先輩とを比べると何とも惨めな気分になった。


「俺の先輩はすごくいい人だよ。午前中も丁寧に仕事の流れとか教えてくれたし、今週末にチームで歓迎会を開いてくれることになったんだ。個人的にも先輩とは今日夕飯を一緒に食べに行くことになったし、明日からの仕事が楽しみだけど……ほのかの先輩は?」


 ——辛い質問! 


 すごく和気あいあいとした話しをされた後に「実は——」とも話しにくくて、「口数が少ない先輩だけど、すごく親切よ」と言ってしまった。

 嘘だ。そんなこと微塵も思っていない。


 ——最悪! 当たり悪すぎ! 貧乏くじ引いた!? なに? 先月から何か呪われてんの? それか、私なんかしましたか? 


 と明日からの仕事の雲行きが早速怪しく感じられた。

 昼食後半日間のオリエンテーションを済ませ自分のデスクに戻ると、真木は朝と同じ態勢でウェブページのデザインを進めている。


 15時までのコアタイムを過ぎれば何時に退勤しても良いことになっているので、子どもがいる社員は早い時間に退勤する。

 フロアに残った社員は朝に比べればやや少なくなっていた。


 ほのかは朝の会話を思い出して、どうせこの先輩は何時になっても帰らないんだろうなと思っていた。その場合自分は何時に退勤すればいいのか、帰る前に残りの作業も訊いた方がいいのか。隣の席からカタカタとキーボードを鳴らす音が聞こえるが、HPをすり減らして「あのー」と声を掛けた。


「なに?」

「何かお手伝いすることはありますか?」

「何が出来んの?」

「……」


 すり減らしたHPに“かいしんのいちげき”が入った。


 ——どうしよう、この先輩と上手くやっていく気がしないんだけど……。


 そう考えると、自分の机でだんまりになってしまった。気まずい。

 流石の真木もそれを察したのか、少しフォローするように話しかけくる。


「今はとにかく新しいソフトウェアの使い方覚えるのが最優先。それが終わったら簡単な作業から手伝ってもらうから、その……今日はもう定時で上がって」


 ほのかのすり減ったHPが少し回復した。


「あー。あとそれから、人事部が社員証持ってきた」


 そう言って真木は自分の机の上に置いてあった小さなファイルを手渡す。

 中には昼間撮った写真でもう社員証が作られていた。


「確かに受け取りました。では先輩。お先に失礼します」

「おう」


 17時になると一斉に他の社員も帰る準備を始めた。特に今日は新入社員と食べに行く者も多く、残業する者はいない。ひとりを除いては。

 そうしてほのかの社会人生活一日目が終わろうとしていた。


 帰宅する社員の流れに乗って歩きながら、ほのかは真木から手渡されたファイルにもう一つカードが入っていることに、そのとき初めて気がついた。

 何のカードかと思い取り出した彼女は顔が真っ青になり、通り過ぎていく人波の真ん中でひとり動けなくなった。


「……私の、免許書」


 ——ホラー? いや、めっちゃ怖い。


 ほのかは踵を返して今出てきたばかりの会社に戻る。階段を4階まで駆け上がり、肩で息をしながら、ガラス戸越しの真木の姿を捉え、駆け寄った。


「先輩……これ何ですか?」


 部屋に入るなり仁王立ちで問い詰める。そしてその手には社員証と共に同封されていた免許書を携えて、これ見よがしに突き出していた。


「普通自動車第一種運転免許」

「違います! いや、違わないけど!」


 肩透かしを喰らったほのかは華麗にツッコミを決めた。だが彼女のライフは既にゼロ。


 真木はふうっとため息をひとつ吐いて、先ほどまで忙しく動いていた手をキーボードから離して、仕事用に着けていた眼鏡を外した。そして目線はスクリーンではなくほのかに注がれる。


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