22話
「先輩が前に付き合ってた人って”ショウコ”さんって人ですか?」
「何で知ってんの?」
「前電話で話してたじゃないですか」
真木は何かを思い出すような仕草を見せ、「あぁ、あの時ね」と言った。
「振られたって言ってましたけど……先輩の方はもう清算できたんですか?」
真木は持っていたグラスをコーヒーテーブルにこつんと置くと、ソファーに深く体を鎮めた。
「清算っていうか、もともとアイツとはそういうイロコイはあまり関係なかったから」
そして気になっていたことを質問してみた。
「たまに泊まりに来たりするんですか? その、化粧品が前に借りてた時よりも随分減っていたので。」
「目ざといなぁ」
持っていたワイングラスにきゅっと力を込めて握る。その手が少し汗ばんでいるのが分かる。
「泊まりに来たってことはそういう関係もまだあるってことなんですか?」
「泊まりに来てたんだから、それ以外の何があるんだ?」
そう言われてほのかはバッと身構える。
「あほか。俺を見境なく襲う変態みたいに扱うな」
真木は呆れたようにほのかを見る。
「それにもうない。もう来るなって言ったし」
話しを聞くに、体だけの関係は暫く続いていたようだ。最近までそんなことがあったのか、いつまでそんなことをしていたのか。もうそういう事をしなくなった理由は何なのか。
ほのかの頭の中は疑問が尽きなかった。それに考えれば考えるほどもやもやする。
その考えから逃避するように、残っていたグラスのワインを流し込む。
「私には未知の世界です。片思いを拗らせてたので、まだ誰とも付き合ったことがないし、それに体の関係を持つのは結婚する相手って決めてるんです。先輩もそういうことは好きな人にだけした方がいいですよ!」
少し責めるような言い方をしてしまい、しまったと思う。
「山崎……。お前酔っぱらった挙句、記憶無くして男の部屋に連れ込まれた奴が言うセリフじゃないぞ?」
―—ぐは!! そうでした! 私には消せない黒歴史があるのでした!
「いいんです! 万が一先輩と何かあったんだとしても、私が同意したことにはならないので無効です!」
「だったら同意してみるか?」
そう言われた時何が起こったのか、体がふわっと浮いたかと思ったらソファーに組み敷かれていた。手に持っていた空のグラスはコロンとカーペットの上に無事に着地したが、こっちはそう無事ではない。
「せん……ぱぃ?」
語尾が蚊の鳴くような声になり、心臓がばくばくと脈打つ。ずしりと上に乗っかかった真木はじっとほのかを見つめる。頼んでもいないのに、テーブルに置かれたキャンドルが大人の色気というモノを際立たせて演出している。
暗くてよく見えない分、真木の息遣いがより敏感に感じられる。
「同意しろよ」
そう囁かれて、ほのかの心臓は一層強く打つ。そして、返事はしないままそろりと腕を真木の肩に回した。




