18話
「お疲れ様でしたー」
「はーい、お疲れ。ほのかちゃん」
7月から企画会議に参加しているほのかも3回目になるとそれが板についてきた。真木に教わったことを上手く活かせているし、自分の意見もはっきりと言える。
経験が要されることはまだまだ上司である真木にフォローをしてもらわなければならないが、それ以外はミーティング前にリサーチ作業を怠らない性分が追い風になって、上司たちの中での話もしっかり理解できていた。
「ねぇねぇ、ほのかちゃんって本当ならデザイン部に配属されてたって聞いたんだけど、本当?」
ミーティングルームの片づけをしていると、デザイン部の大隅というサブチーフが話しかけてきた。
「はい、初日はそちらの部屋にお邪魔したのですが、すぐにチーフから今の部署に異動になったって言われて……」
「ふーん。じゃぁ、もともとは私たちのものだったんだ。ねぇ、悠介。この子ちょうだいよ。3か月でここまでモノになる子なんて逸材じゃん。うちの仕事の多さ知ってるでしょ」
一緒にミーティングに参加していた真木に大隅が話を振る。
「は? お前俺を過労死させる気かよ」
「大丈夫だって。他部署からウェブデザインできる子を補填してもらうから」
「ダメだ。ほら、行くぞ」
そういうと真木は強引にほのかの頭を掴んで連れ出した。
「……悠介ってホント、拗らせてるよね」
真木に引っ張られるままほのかは連れられて行く。
「先輩。痛いー!」
その一言で彼女の頭をぱっと離し「ごめん」と素直に謝る。
「いや、そうじゃなくて……異動したくなったら言えよ。やっと使えるようになったかと思ったら、そこをひょいと横取りされるのは癪だが、お前が本当に異動したいなら構わない」
乱れた髪を手櫛で直しながら、真木がそう話しをするのを聞いた。
「いやですよ。せっかく厳しい真木先輩の元で勉強してやっと覚えてきたのに、また一から覚え直しとか……きっちりかけた分の労力を回収させてもらいます」
ふん。と息巻いてやる気を見せた。だが、真木はほのかの鼻をつまんで「労力をかけたのは俺だ」という。
「ほうれひた。ずひまへん」
ほのかの小さな鼻が開放されるとじんじんした。
「きっちり取り立ててやるかな」
「お手柔らかにお願いします……」
真木に先に戻るように指示されて、席についた。間もなくして真木も部屋に戻ってくると、ほのかの机の上に冷たいカフェオレを無言で置いた。
隣の席を見ると、そそくさとヘッドフォンを耳に着け外部の音をシャットダウンしにかかっている。
チャットのウインドウを開けて真木に「ありがとうございます」とメッセージを送ると、「それを飲んで今回のプロジェクトを乗り切れ」と返してくる。
”1本だけで乗り切れるか心配です。”
”それぐらいなら毎日買ってやる。”
何気ない馬鹿みたいな会話だったが、それが可笑しくてくすくすと笑った。ちらりと真木の顔を見ると。彼の顔にもほんのり笑顔が浮かんでいた。




