13話
廊下に通じるガラス戸を開けると、そこでばったりと和秀に会った。営業部に所属している彼が、クライアントとのミーティングの為に上司と一緒に社外に行くところだったのだ。
和秀ひとりなら無視したところだが、上司も一緒だったためさすがに「お疲れ様です」とあいさつした。
和秀とは連休中のあの忌々しい一件以来顔を合わせていない。謝られてもいない。ほのかは彼と出くわし「最悪」といった表情を全面に出す。当然その表情に気づいた彼はほのかに話しかけてきた。
「まだ怒ってんのか?」
——わけがわからないよ……。まだとかじゃないし、二度と顔も見たくないレベルだわ。
もやもやしたものを抱えながら階段を降りていると、降りた先で和秀が上司に先に行ってほしいと言った。
そして上司が少し歩き出したのを見てから、ほのかの方を向いて先日の非礼を詫びてきた。
「酔ってたとはいえ、ホントにごめんな。もう二度とあんなことしないから、今度ご飯一緒に食べに行かないか?」
「無理」と言いかけたところに真木が和秀の背後に立っていたのが目に入った。その気配に気づいた彼は振り返って真木を見上げた。
真木は無言で和秀を見下ろした。
「あ——……じゃぁな」
先日トイレで真木に圧をかけられたこともあって、その場から素早く立ち去り、上司を追いかけた。和秀とほのかのあの夜の一件に真木が関わっていたことを和秀は知らない。彼はあくまで通りすがりの強面に割って入られたと思っているだけだった。
嵐が過ぎ去ってほのかは安堵の表情を見せ、胸をなでおろす。
「大丈夫か?」
「はい。ありがとうございました。じゃぁ、改めて失礼します」
会釈をして玄関から歩き出したとき、真木も一緒に歩き出した。よく見ると彼も通勤用のボディバッグを肩から下げている。
「私の事を気にして追いかけてきてくれたんですか?」
「たわけが。思い上がるな」
「はいはい。照れてるんですね」
会社から駅までは徒歩15分のところにある。昼下がりの街を歩いていると映画館のポスターが目に留まった。
「あ、この映画連休から日本でも上映されてるんですね。先輩は好きですか、映画?」
無言で歩いているのも気まずいので、目に留まったものについて話題を振ってみる。ほのかが指したのは話題になっていたミステリー映画だった。
「そうだな。恋愛映画以外なら見るな」
「一緒です! 映画はミステリーとサスペンスに限りますよ! わー。見て帰ろうかな……」
上映時間を確認すると、丁度30分後に始まるようだ。
―—16時上映ならその後もゆっくりできるし。んー、フレックスタイム制最高!
「……見る? 時間あるなら」
「え?」
一瞬何を言われたか分からず、聞き返す。
「嫌ならいいけど……」
「見るつもりではいましたけど、先輩からお誘いがあるなんて思わなかっただけです。なんか一瞬びっくりしてフリーズしちゃいました」
「じゃぁ、決まり」
流れるようにふたりは映画館の中へ入っていった。




