12話
それから5月は先月にも増して、怒涛の勢いで流れていく。特に時間を割いたのは新規のデザインを考案することだった。今までは別のデザイナーや真木の指示通りに決めていたが、今回受けたほのかの案件は白紙の状態。そこからウェブサイトのコンセプトにあったデザインを提示して、クライアントとのやり取りをひとりで確認しなければならない。もちろん納期などのスケジュール確認も全て自分の責任の下進む。
月の半ばに差し掛かって、真木はほのかの様子を伺う。ここ数日始業前から仕事を始めていたり、残業も日に4時間も超えている日が続いている。
「先輩、ちょっといいですか?」
少し隈の浮いた顔でほのかは真木にヘルプを求めた。
「どうした?」
「あの、実はクライアントがデザインの決定がほぼ終わって、了解のフォームをもらった後に大幅なデザイン変更を求めて来たんですけど……」
真木はメールを開いて自分のところにもCCされているメールを読むと、一連の流れを掴んだ。
デザイン制作作業は、①提案、②デザイン決定、③仕上げの三工程に分かれていて、それぞれの段階でクライアントとのチェックが入る。各工程でクライアント側からのゴーサインが出たら、基本的には前の段階には戻ることは出来ない。そして3つの作業全て終わってウェブエンジニアの担当へと引き渡されていく。
それにデザインの段階で大幅な時間を使っては、最初に決めていた納期に間に合わず、他部署のスケジュールまで圧迫することになってしまう。
「追加費用を払ってでも変更してほしいとのことなのですが、何を優先的にすればいいですか?」
「分かった。経理にその見積りを出してもらうように速攻で連絡。その後エンジニアにも時間が押すだろうという旨を連絡しておくこと」
「わかりました!」
その日から作業は急ピッチで進められていく。制作作業だけに集中できれば作業はスムーズに進むはずだが、クライアントとのミーティングを挟みながら進めるとどんどん時間が食われていく。
朝7時に出勤して、21時に退勤。そんな生活が3日間続いた。
「おい、山崎今日は15時に上がれ。そんで週末ゆっくりしてろ」
「え? もうすぐ終わるからもうちょっとやって帰ったらダメですか? 来週までにキリの良いところまで終わりたいんです」
「ダメだ。お前は今月の残業時間が上限を突き破ってるからな。それに疲れてるから作業効率も悪いし、ケアレスミスが増える」
「うぅ。分かりました」
何とか進めて早く開発部に迷惑をかけないようにしようと必死だった。ほのかはハードドライブメモリを家に持って帰ろうとするが、その現場を真木に見られ、頭をがっしりつかまれる。
「何やってんだ。んなもん持って帰ったら仕事を15時で上がる意味ないだろ」
「……はい」
鞄にしまおうとしていたメモリを大人しく取り出すと、真木がひょいと拾い上げた。そしてそれを自分の机の鍵がかかる部分にしまい込む。
「お前は土日も出勤しそうだからな。これは月曜まで預かっておく」
そう言って引き出しの鍵をかしゃんとかけた。
「そんなこと言いますけど、先輩だって残業時間かなりの長さになってるんじゃないんですか?」
退勤するためのフォームをカチカチと操作しながら真木に訊く。
「俺はお前の管理をするのも仕事の内なんだよ。つべこべ言わずに帰れ。休め。そして週明けからベストコンディションで働け」
「はいはい。お疲れ様でしたぁー」




