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甘い水

 何度か目を覚ました。

 そのたびに、この夢はいつさめるのだろう、と思った。


 体が重くて怠くて、痛い。脇腹のあたりがじくじくと痛んでいて、おそらくどうにかなっているのだと思う。


「痛い……」


 声は掠れて、ほとんど出ない。

 アシュレイは、瞼に力をこめてうっすらと目を開けた。

 きつく眉を寄せて心配そうにしているエグバードの顔が間近に見える。何度目覚めても、いつもすごく近くにいるような気がする。


「可哀そうに。本当にすまないことをした。君を盾にする気などなかったのに」


 苦し気な声。


(なぜ謝りますか。責めているわけでは……)


 ただ痛いだけ。

 伝えたいのに、なかなか声にならず、その目を見つめる。

 視界は熱に浮かされたように滲んで頼りなく、状況の把握がうまくできない。


(エグバード様は……、何をして?)


 目がどうかしているのかもしれないが、エグバードの位置は近すぎるように思うし、首から肩や鎖骨のラインにかけて、衣類を何も身に着けていないように見える。

 やがて、目を開けていられずに閉じて吐息をすると、首の後ろにごく軽い揺れ。まるで腕枕でもされているようだ。

 アシュレイの全身は、熱くて硬くてしなやかなものにしっかりと包まれている。

 男と肌を合わせたら、こんな感じなのだろうか、とぼんやりと考えた。経験がないのでわからない。


「まだ寝るな。少しでも水を……」


 意識が混濁し始める中、エグバードの声が聞こえる。目は開けられない。


「アシュレイ」


 囁きの少し後、唇に柔らかく湿った感触。

 唇の合わせ目を割り開くようにゆるく上下に押されて、舌の上に少しずつ水をのせられる。

 潤いを口内に感じたその瞬間、乾ききっていたことを思い出したように、口が半開きになる。

 はあ、と吐息をもらしながら、与えられる水を喉に受けてこくんと飲み込んだ。


(水……、もっと……)


 アシュレイの反応を見ながらなのか、水はあくまで湿らせるほどに少しずつしか与えられない。

 近いところで、エグバードの呻き声が聞こえた。

 唇に触れていたものが、すっと出て行ってしまう。心なしか、焦りのようなものが伝わってきた。


(……なに?)


 何が起きたかわからないまま、アシュレイは水を飲みこみ、小さく呟いた。


「水……」


 うまく飲み込めなかった水が、半開きの口からすうっと伝った気配。


「あ、ああ。大丈夫そうならもう少し」


 こぼれた水は、拭い去られた。感触的に、指で。


「水差しのようなものがなくてな。こうする他なかったんだが、非常事態ということで目を瞑ってくれ。名目上俺たちは夫婦なわけだし、俺がこうするのが一番適任だと思ったからしている。その……、邪な考えがあったわけではない。あくまで傷ついたお前を介抱しているだけで」


 早口で、言い訳のようなものを繰り出されるも、いまのアシュレイには半分も理解できない。

 わかったのは、やはり自分は怪我をしているらしいということと、何やらエグバードの手を煩わせているらしいということだけだ。

 複雑な返事はできなかったので、一言だけ告げる。


「はい」


 そこで意識が飛びかけたが、すぐに唇を割って水を与えられ、反射的に吸い付いた。

 先程よりも少しだけ感覚が戻ってきている。


 与えられるがままに一生懸命飲み干した水は、甘く感じられた。


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