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 アシュレイは、ナイフに目を向けながら、知らず、唇に笑みを浮かべていた。


(助かる方法、あったんだ)


 顔を上げて、エグバードを見る。

 アシュレイが笑っているのを、訝しむような表情をしていたが、構わずに言った。


「良かった。迷う必要ありません。どうぞ」

「どうぞ、とは」


 右手を伸ばして、ナイフを持つエグバードの手に軽く触れる。


「できれば一撃で殺して欲しいのですが。もし躊躇うというのであれば、私がやります。これでも戦闘訓練は受けておりますので、ひとの急所はわかっています。ただ……、そうですね。自害に見えたらまずいでしょうか」


 ふと気になって、アシュレイはかるく握った左手を顎から唇のあたりにあてて考え込んだ。


(こちらの姫君と国王陛下はエグバード様をご所望で……、この結婚の破綻を望んでいる。妻がエグバード様を助けるために犠牲になった、と見えてしまっては、まずいかも? 邪魔者が消えても、エグバード様の心が亡き妻により強く囚われてしまっては、意味がないはず)


 飢えて、助かりたい一心でその手で妻を(あや)めてしまえば、罪悪感ゆえに思い出すことも辛くなるだろう。

 おそらくは、それを狙っての監禁に違いない。


(めちゃくちゃ悪趣味だと思います……!!)


「エグバードさま、技量を疑うわけではありませんが、うまく私を殺せますか?」


 顔を上げて尋ねると、エグバードに目を細めて見返された。


「君は、本当に……。無理やり君を妻にし、こんな危険に巻き込んだ俺を、もっと恨んでもいいはずなのに。笑顔で『うまく殺せ』だなんて。参ってしまうね」

「参らないでください。このまま二人で死ぬより、エグバード様に助かる方法があるなら、助かって欲しいだけです。それに、実はいま、この場にいたのが自分で良かった、と思っているんです」


 もしかしたら、ドアの向こうで誰かが聞いているかもしれないと、アシュレイはエグバードに身を寄せて、ごく小さな声で囁いた。


「もし姫がエグバード様と結婚していたら、ここで死んでしまったということですから。私が『身代わり』となったことで姫の命を守り、エグバード様のことも助けられるなら、護衛騎士としての務めを全うできたことになります。思い残すことはありません。さあ」


 エグバードの手を取り、ナイフを自分に向けさせる。


「ドアの外から私の死亡を確認できるようにする為に、派手に血が流れた方がいいかもしれませんね。エグバード様が汚れてしまうのは申し訳ないですが、狙うなら首あたり……」


 なるべく、死ぬのが怖いと命に未練を感じる前に、すべてを終わらせて欲しい。

 いま話している最中にでも、何気なく。

 恐怖にとらわれまいとしていたせいか、しぜんと早口になりながら言い募ってしまう。

 無言になっていたエグバードは、左手をアシュレイの手に重ねた。


「震えているよ。気付いていないのか」


 温かい手の感触。

 はっと息をのんだところで、強く抱き寄せられた。


「俺に罪悪感を抱かせまいとしてしているのかな。明るく振舞っているみたいだけど。……無理をさせたね。ごめん」


 逃げ出すこともできないほど、腕の力が強い。

 それだけでなく。

 とっさに抵抗する気も起きなかったことで、気付いてしまう。


(嫌じゃない……。このひとのことが)


 身体が触れ合うことに反発を覚えるどころか、安堵しそうになっている。膝から力が抜けかけた。

 アシュレイは、エグバードの胸に額を摺り寄せたまま、思わずきつく目を閉じる。

 そのとき、低い声が耳を掠った。


「君を殺したふりをして、牢番を呼び出そう。君はこのまま俺に身を預けて。出来る限り身動きはしないように。ドアが開けられたら二人で逃げるよ。『護衛騎士』としての君の動きに期待する。いいね」

「エグバードさま、ですが」

「反論は許さない。一人が確実に助かる方法より、二人で生き延びる方法を俺は選択する。協力してくれ」


 強い口調で言われて、アシュレイは言葉を飲み込んだ。

 ごく小さな声で、とどめのように囁かれる。


「いまここにいたのが姫ではなく、君で良かったと俺も思っている。ともに戦おう」


 答える代わりに、エグバードの背中に腕を回し、一度強く抱きしめ返してから手を離す。

 だらり、と腕が垂れ下がった。


(死んだふりを……)


 アシュレイが体重のすべてを預けるつもりで寄りかかると、しっかりと抱き直される。

 エグバードは、すうっと息を吸い込んで声を張り上げた。


「誰か! 誰かいないか! 約束は果たした! ドアを開けろ!」



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