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身代わりの少女騎士は、王子の愛に気付かない。  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ
第四話

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本当の結婚

 はあ、と悩まし気に大きく息を吐きだしながら、エグバードは椅子の肘掛に上半身をのせて往生際悪く言った。


「しかし、ここで手を出してはなんのために今まで……。アシュレイの気持ちを無視して結婚を強制したのは本当に悪いと思っているのに、体まで」


(まだ言ってる)


 アシュレイはその悩みの深さに慄きつつ、いい加減にしろという気持ちを込めて体を折り曲げているエグバードの上に飛び乗った。

 ぐえっという声を聞きながら、笑顔で告げる。


「エグバード様がレイナ様にふられてしまった件は本当にお気の毒だったと思いますが。レイナ様はすでにひとのものになってしまいました。絶対に手に入りません。諦めてください」


 もう一度、遠い祖国からこの地まで連れてくるのは難しいはず。であれば、祖国の王宮でもアシュレイがこのままレイナとして振る舞ってくれることを望んでいることだろう。

 それですべてが、丸くおさまる。


(しかも私は、この方のことが好きなのだ。たとえこの方の心がまだレイナ様のもとにあっても)


 アシュレイに下敷きにされながら、エグバードは切なげに息をもらした。


「違う、そこがそもそもの間違いなんだ。俺の結婚自体はそこまで国で重要視されていなくて、かなり自由だった。だから旅先で惚れ込んだ『レイナ姫様付き護衛のアシュレイ』に結婚を申し込んだ。だが、どこかで話が変わってレイナ姫の輿入れで話が進んでしまって……。俺が姫に求婚したという事実のほうが間違いで」


「……人違いで話が進んだものの、引き返すことができなくなったとでも?」


「姫とお会いしたときにはほとんど話していなかったし、人となりも知らない。俺が好きになったのは君なんだ。ただ、姫が輿入れしてきたと気づいた段階では『そちらの勘違いでは』と正面から言うのは難しく、一度受け入れて調整をしてから……という矢先の駆け落ち。国から無理やり連れ出したあげく、問題を起こさせたとあって、さらに話が難しくなってしまった。この上は、レイナ姫の無事を確認し、間違いを正してから君に全てを打ち明けるつもりでいた」


(それならそうと、もっと早く言ってくだされば、協力も惜しまなかったのに……という単純な話でもないんですよね)


 事情を知った後となっては、もっと信用してほしかったという気持ちになる。

 一方で、「惚れた」と言っても、結婚したばかりの段階では、エグバードはアシュレイがどのような人間であるかを本当に知る機会は少なかったとも言える。

 全部打ち明けた結果、アシュレイが協力できないと言えば、口封じなどの強硬手段を取らざるを得なかった恐れも十分に考えられた。

 そのため、アシュレイが一番納得しやすい「身代わり」という立場を確保した上で、裏でレイナを探すなどの打開策を練っていたに違いない。


「こうして腹を割って話せるようになったのは……、互いに死地を経験したからでしょうか」

「そうだな。あのとき、これほど信頼できる女性はいないと思った。話す機会があったらすぐにでも話したかったが、その……。怪我のこともあり、完全に元気になってから、と」


 エグバードの態度に再び悩ましげなものが混じる。

 その理由は、アシュレイにも思い当たるものがあった。


(ともに困難を乗り越えて、相手への気持ちが強くなったからこそ……。エグバード様も私も臆病になってしまった)


 すべてを打ち明けたときに、相手に受け入れられないのが怖くて。

 それならば、この偽りのままの関係で、互いに嘘と言い訳をたてに一緒にいられる方が。


「エグバード様。私はこうしてアリシア様や侍女の方に新婚初夜のような準備をされてここまで来ておりますが、怪我で抵抗できずされるがままだったわけではなく、私の意志がきちんとあってこそです。私はエグバード様のことを、お慕い申し上げております」


 押し倒した上で、背に馬乗りになりながら言うことではないかもしれないが。

 エグバードはそこでようやく、体勢を立て直そうとしたらしく、体を揺らして起き上がる。その背から滑り落ちかけてアシュレイは小さく悲鳴を上げたが、危なげなく抱き留められ、膝に抱え上げられた。


「こんな状況で本当に申し訳ないんだが、大切にしたいと思っている。俺も君が好きだ。これまでのところあまり良いところを見せられたような気はしていないが」

「大丈夫です。いろいろと『第三王子ともなれば、おおらかなお人柄ですね』と思うこともありましたが、そういう部分も含めて私はあなたのことが本当に好きです」

「アシュレイは正直で素直で、これ以上ないほど好ましい性格をしている」


 感極まった様子で言われて、潤む瞳に見つめられる。

 何やら途方もない話が始まりそうな予感に、アシュレイはひとまずその唇を唇で塞いだ。

 少しの時間の後、合わせた唇を離してお互いをその目に映しつつ。

 アシュレイは、明るい笑みを浮かべながらエグバードの首に腕を回して囁いた。


「わかりました。守りたい気持ちも大切にしたい気持ちも。私も同じです、いざとなったら同じくらいの強さであなたを守りますから、これにて」


 偽りの結婚生活は終わりにして。

 本当の夫婦をはじめませんか?


 顔を見合わせたまま、エグバードは承諾を伝えるとともに、何度目かの求婚の口上を告げる。

 二人は、不意に思い出したように声を上げて笑い始めた。



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