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再会と尋問

「おかえりなさい」


 天井の高い、アリシア姫の私室。

 部屋主である、緋色のドレスをまとった姫君に迎え入れられた。

 逃走するときに見かけた金糸のような髪をゆるやかに肩に流しており、際どいカッティングの意匠のドレスから白く豊かな胸がのぞいている。

 高貴な身の上を感じさせる整った容貌には幾分冷たい印象もあったが、顔立ちは文句なくうつくしい。

 二人の兵士に取り押さえられ、床に膝をつかされたアシュレイは脇腹の痛みに耐えながら顔を上げ、アリシアを見つめた。


 赤々と燃えていた暖炉で、火の爆ぜるぱちぱちとした音に、薪がはかなく崩れる音が重なった。


 石の壁は寒々しい印象ではあるものの、窓の両脇にはたっぷりとしたドレープカーテンがタッセルで留められている。部屋の中でひときわ目をひくのは、アリシアが背にしている優美な四柱式天蓋ベッド。うず高くマットレスが積み重ねられており、真っ赤なベルベッドのカバーリングがされている。


(マットレス積み重ねすぎて高い……。踏み台ないとのぼれないんじゃない? 落ちたら怪我するレベル)


 王族のすることはよくわからない、とアシュレイはベッドからアリシアに目を戻す。


「逃がしてあげようかと思ったけど、気が変わったの」


 記憶にある声より、涼やかにその声は響いた。


「逃がしても特に良いことないですからね」


(横から殴りつけられるかも)


 姫に向かって生意気な、と。そう思いつつも、アシュレイはそっけない態度を崩さない。

 アリシアは兵たちに視線を流して目を細め「席を外していいわ。二人で話したいの」と言い出した。


「しかし、姫の身に何かあっては」

「私がいいと言っているのよ。下がって」


 口答えを許さぬ厳しさで命令を下す。なおも食い下がろうとした兵たちに冷ややかな眼差しを向け、顎でドアを示した。

 これ以上は無理と判断したのか、兵たちは部屋を辞して行った。部屋の中には二人きりで残された形になる。


(もし、ここで私が本当にアリシア姫を討つなら、状況としてはかなり好都合だけど……。このお姫様、そこまで考え無しには見えない、かな)


 近づいてみてわかったが、妙な貫禄がある。

 しかも、戦闘訓練を受けていない相手であれば、素手でも殺せないことはないと思っていたが、どことなく隙が無い印象だ。

 甘く見てはいけない、と経験や本能が訴えかけて来る。


「怪我の具合はどうなの。椅子に座ったら」


 アリシアはごく何気ない調子で誘いかけてきた。

 窓際にソファとローテーブル。暖炉の近くには二客の肘掛椅子が、小テーブルを挟んで向かい合っている。どちらに座るべきだろうと思ったところで、アリシアが一歩近づいてきた。


「ベッドを使って横になってもいいわよ。普通にしているのも辛そう」


 手が届くすれすれのところで、にこりと微笑まれる。


(うわ……、印象が変わる……!!)


 春の雪解けのように、やわらかに表情がほころんでいた。元々目鼻立ちのくっきりとした美人であるところに愛想の良さが加わると、その可憐さが際立つ。

 とても恋敵を惨殺しようとしていた残虐性の持ち主には見えない。


「生憎と、ベッドは飛び上がらないと乗れなさそうなので……。ソファをお借りします」

「それもそうね。じゃあ、手をどうぞ」


 床に敷かれた絨毯の上に膝をついたまま、うずくまるような体勢になっていたアシュレイに、色白の繊手が差し伸べられる。

 思わずその手に両手ですがってしまってから、アシュレイは横を向いて噛みしめた。


(や……優しい……!)


 そもそもこの姫によって怪我をさせられ、追いかけ回された挙句「生かしておくといつまでも付け狙ってくるから、いっそ懐に入り込んで殺してしまってくれる?」と夫の配下に無茶ぶりされてここまで送り込まれてきたのであり。

 元凶であるのは間違いない。

 ここでほだされたらただの馬鹿だ、とは思うものの。

 姫君に対する心証がおよそ最低も最低、地を這うどころか地にもぐるレベルであったアシュレイからすると(この人そんなに悪くないひとなのでは……!?)と思っただけで評価が跳ね上がってしまった。


「先日は確実に私のことを殺そうとしていたと思うんですけど……。なんでまたこんなに優しくしてくれるんですか……?」


 アリシアに手を引かれながらソファまで(いざな)われ、さらには座るようにと促されて素直に従った。

 そこで、まだ手を握りしめたままだと気付いて慌てて離す。

 アリシアは悠然と微笑みながらアシュレイの隣に腰を下ろし、スカートの下で足を組んだ。


「ずっと何か違和感があったのよ。あなたとエグバード様の態度。うまく言えないけど、夫婦というよりも主従のような……。あなたが少し、へりくだっているというのかしら。最初は国同士の力関係で、エグバード様があなたを強引に娶ったせいなのかと思っていたのだけど……」


 そこでちらりと視線を流してくる。


「逃がすふりをして矢を射かけてみたけれど、わかった気がする。あなたの動き、なんというか、訓練された兵士のように俊敏だったわね。姫君……という感じではなかった」


(鋭い!)


 よもや晩餐会から投獄、および逃走劇の間にそこまで見られていたとは。言われてみれば、自分の態度は堂々とした姫君には見えなかったことだろう。注意して見ていれば、いかにも不審だったのはわかる。

 アリシアは、どう返事をすべきか迷っているアシュレイから目を逸らさず、ソファの上に投げ出されたアシュレイの手にそっと自分の手を重ねて続けた。


「事情が知りたいわ。あなた、レイナ姫ではないんじゃなくて? だとすれば、どうして姫のふりをしているの? 本当の姫はどこ? そもそもエグバード様とあなたの結婚は有効なものなの?」


 矢継ぎ早の問いかけに不穏なものを感じ、アシュレイは咄嗟に身を引こうとした。

 見透かしていたように、きゅっと手を握りしめられる。

 アリシアは嫣然と微笑みながら身を乗り出してきた。柔らかそうな胸が揺れる。

 目が合ったところで、アリシアの左目の下に泣き黒子があることに気付いた。妙に婀娜っぽく色気を醸し出すその雰囲気に、アシュレイは身の危険を感じてしまう。


(き、気のせいでなければ……、私……、誘惑されてませんかこの状況……!?)


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