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逃げている場合ではなく

 アシュレイによる前回までの振り返り:アホの子呼ばわりされました。


(アリシア姫にはブスって言われて、カイルにはアホって言われているんですけど……!)


 エグバード様は? エグバード様は何か言っていたっけ? と記憶をさらってみようとするが、正直それどころではない。


「いっ……痛い……っ」


 俊足のカイルは、宿の裏手の畑を走り抜けて木立の間に飛び込む。

 道なき道を駆ける振動がびしびしと脇腹に伝わってきて、アシュレイは呻き声を上げた。


「うう、カイル……!」


 怪我ごときでぴーぴー言うのは我ながら情けないとは思うものの、数日生死を彷徨ったという認識がカイルにもあるなら、もう少し遠慮して欲しい。

 その気持ちが通じたわけではないだろうが、一瞬速度を落としたカイルに、ごく優しい口調で囁かれた。


「舌噛むから、喋らない方が良いよ」


 騎士団仕込みの優しさは、「いのちだいじに」だった。


(舌噛んだら死んじゃうもんね! だけど、追手がエグバード様だったらしい件は話し合いたいな!)


 アシュレイはなんとか「カイル」と声に出してみる。


「なに?」


 聞く耳持ってた。良かった。


「なん、で、逃げて、んの?」


 揺れと痛みに耐えながら尋ねる。

 梢からの陽の光と葉の影をまだらに少年めいた面差しに受けつつ、カイルはこともなく答えた。


「追いかけてきたから」


 無力感に襲われて、アシュレイは瞑目する。


(カイルもよっぽどアホの子だと思うんですけど……!!)


 エグバードは敵ではないはずだし、彼はアシュレイを庇護対象として考えているはずなので、誘拐に気付いたら追ってくるのはごく自然な成り行きだ。

 アシュレイとしても、エグバードのことを敵だとは思っていない。それどころか、名目上とはいえ夫だ。ここまで問答無用に拒否するのはさすがに気が引ける。


「逃げるから、追いかけて、くると、おもう!」


 舌を噛まないように注意して訴える。

 飛び出てきていた枝をけるため、身をかがめたカイルはその隙に口を開いた。


「そもそもなんで追いかけてくるんだ」

「私が妻だからです」


 森の深いところへ入り込んでしまったらしく、さすがに走ることはできなくなったカイルが、片手で枝葉をよけながら答える。


「アシュレイは姫様の身代わりだよな? アシュレイを追いかけるくらいなら、姫様が逃げたときに本気を出して『姫様を』追いかければ良かったんじゃないか? 本気出すの遅すぎないか?」


 ……ド正論!!


(たしかに、本気を出すタイミング、間違えている。あの時きちんと姫様を追いかけていれば……。だけどそうすると、姫様の不貞の責任を問わなければならなくて、国際問題的にも面倒だし。その上、せっかくの一目ぼれで、一度は恋愛成就したかのように見えたのに、実際は「ふられていた」わけだから、直視すると傷つくだろうし)


 そういった諸事情を鑑みて、残された面々には「駆け落ちされた」ことを隠すべくアシュレイを身代わりにたてたわけだが。

 文武両道の王子様なのに、結構不憫だな……とアシュレイは同情をしてしまった。


「だけどカイル。逃げてどうするの? 何かあてがあるの?」


(そもそもどうしてここに来たの?)


 聞きたいことはたくさんあったが、カイルの空気が変わったのを感じてアシュレイは口をつぐんだ。  

 アシュレイを抱え直して、カイルは振り返る。


「お前、足早いな」


 そこには、苦み走った笑みを浮かべたエグバードが、息を切らせて追いついてきていた。



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