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誘拐でした

 木立の間を、カイルはすいすいと目覚ましい速さで走り抜けて行く。

 あらかじめ、経路は把握していたのだろう。迷いがない。


(いたたたたたた、かなり傷に響いてる……! 傷開く! ふさがっているかもわからないのに!)


 カイルは騎士団所属だけあり、鍛え抜かれた肉体をしている。アシュレイの体を支えている腕ももちろん抜群の安定感。それでも、遠慮のない無い走りと足元の悪い道のりによる振動が、鈍く伝わってくるのはどうしようもない。

 傷口からびりびりとした痛みが走り、涙が滲んできた。


(完全な誤解……! どうにか状況の説明をしないと……!)


 少し開けた場所にたどり着いた。カイルは歩調をゆるめて、木に繋いでいた馬の元へと歩み寄る。アシュレイを片腕に抱き直すと、ロープを外してひらりと鞍に跨ってしまった。


「近くの町に宿を取っている。そこで医者に見せる」


 ぴたりと身を寄せたまま囁かれる。アシュレイは力の入らない腕をなんとか持ち上げて、カイルの胸に指の先で触れた。


「んん……んん!」


 口の中の詰め物を取って欲しい。その思いから呻き声を上げる。

 気付いただろうに、カイルは何故かとても爽やかな笑みを浮かべて見下してきた。


「もう少し我慢しろ。舌を噛まないように、そのまま布を噛んでいた方がいい。早駆けする」

「……っ」


 その一言だけで、すでに傷が痛い。

 できればやめて欲しいし、今すぐ引き返して欲しい。

 しかし、いくら願っても、気持ちが通じないことはよくわかっている。


(カイルとはそこまで良好な関係じゃなかったし……。以心伝心なんて期待もできないというか)

 

 故国でのアシュレイは、姫付きということで、騎士団の中でも特殊な位置付けではあった。鍛錬の時間は一緒に過ごし、他の者たちと剣を交えることもあるが、王宮警護などの任務を担うことはない。大隊長になるといった出世とは無縁であったものの、常に王族の側にいる時点で上級の扱い。温度差とは言わないものの、他の騎士団員達とは若干距離があった。

 カイルとは顔見知りであり、会えば言葉を交わすことはあったが、親しい間柄との認識はない。

 それこそ、故国を離れたときには二度と会うこともないと思っていた。

 今なぜここまで来ているのか、見当もつかない。


 馬の上でアシュレイを抱き直したカイルは、鞍に乗せてあった外套をアシュレイの上から被せてきた。

 視界が暗くなる。全身を覆われてしまえば、たとえこの先街道に出て誰かとすれ違っても、そこにいるのがアシュレイだとは気付かれないだろう。

 もしエグバードが追ってきたとしても、カイルが白を切ってしまえばそこまでだ。


(カイル、どうして……)


 これではまるで、誘拐と変わらない。

 助けに来たと言っていたからには、彼の中ではエグバードは悪者になっているに違いない。

 次に落ち着いて話す機会があったら、まずそこについて伝えねば。

 その決意を固めるアシュレイの耳に、カイルの呟き声が届いた。


「君をこんな目に遭わせる男なんか絶対に許さない」



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