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囚われの二人

 餓死させろ、と王は言った。


 城の地下。

 堅牢な石造りの牢に閉じ込められ、固くドアが閉ざされる。どこもかしこも分厚い石の壁。

 辛うじて、ドアのやや高い位置に開いた穴から、わずかな光が差し込んでいる。それとともに、外の話し声まで聞こえてくる。

 兵士たちの噂話。聞かせるための。


「この間は、三歳になる子とその母親だった。そこに閉じ込めて死んだ頃に開いてみたら、寄り添って死んでいたよ。母親は子どもの頬にかぶりついた状態だった」


「若い恋人同士を閉じ込めたこともあったな。ちょうどあんた達みたいな二人さ。女の死体は手足がもがれて内臓もなかった。男は虫の息だが生きていたっけ。人間の言葉は忘れていたけどな」


 あまりのおぞましさに、アシュレイは歯を食いしばって耐える。

(耳をふさぐべきなのかもしれない。だけど聞いてしまう……!!)

 怖い。

 

 アシュレイが身に着けているのは豪奢な青のドレスに、網の目に細かな宝石の施された金銀細工のチェーンレックレス、栗色の髪にはティアラ。

 武器は何もない。


「しかし今日のはまた、良い女だったんだけどな、残念だ」

「どこがだ。あれはまだ子どもだよ。美貌で知れたレイナ姫が、あんな棒切れみたいな瘦せこけたガキとは」

 下卑た笑い声が遠ざかっていく。


 ドアの前で、アシュレイは拳を握りしめて立ち尽くしていた。

 耳を澄ませても、もはや何も聞こえない。

(行った……? 餓死させるということは、食事を差し入れる気も何もないということ。次に人が現れるのは何日後か……)

 先程の話が本当ならば、彼らは閉じ込められた囚人が「共食いし、人の言葉を忘れるまで」扉を固く閉ざして放置するに違いない。


 今宵この牢に閉じ込められたのは、一組の若い男女。

 弱り果てて死ぬには、相応の時間がかかるだろうに。


「さてさて。大変なことになったな」

 それまで一言も発していなかったもう一人に、暗がりから声をかけられる。

 アシュレイはびくっと肩を震わせた。

 いまだ耳慣れぬ、低い美声。

 振り返って、乏しい灯りの中、その姿を視界に収める。


 “明けの明星”


 異名を持つ黒髪の王子。

 すらりと背の高い美丈夫で、目元は涼しく顔立ちは彫りが深く端整である。

 身に着けているのは濃紺のジャケットにシルクのシャツ、ベストとズボン。

 ちょうどアシュレイのドレスと対を成すデザインとなっており、並んで映えるように計算し尽くされた姿だ。

「エグバート様……」

 アシュレイが名を呼ぶと、薄暗がりの中でにこりと微笑む気配があった。


「結婚したばかりだというのに、ついてないね。音に聞こえた美姫をお迎えしたというのに、俺と姫はまだ閨を共にしてすらいないどころか、口付けさえも」

「それは……」

 エグバードの軽い揶揄い口調に、アシュレイは目を伏せて、言葉を飲み込む。


(私が「レイナ姫」の身代わりだから)


 エグバードは、その美しさが近隣で取りざたされるほどの姫君であるレイナと婚姻を結んだばかり。

 第三王子という身分、かつレイナが小国の末姫とあって、結婚式は王族としては簡素に執り行われた。

 そして、ほぼ日を置かず、外遊のため慌ただしく本国を出発。

 隣国の王の招待に応じて晩餐会に出席。


 途中までは和やかに食事が進んでいたものの、食卓に異様なものが運ばれて、雰囲気は一変した。


 給仕がエグバードの前の卓に大きなお皿をのせ、銀色の蓋(クローシュ)を持ち上げる。

 そこには、切り口の血も生しい、馬の首がごろりと横たえられていた。

 栗毛の額には、白の五芒星模様。見間違えのない特徴。

 それはこの国に来る際に、二人が乗っていた馬車を率いていた馬のうちの一頭だった。


 逃げたり抵抗する間もなく、エグバードと「レイナ姫」に扮したアシュレイはその場で取り押さえられた。

 そして王は言ったのだ。「餓死させろ」と。


 石の牢に閉じ込められたエグバードは、さして慌てた様子もなく壁を見回している。


「しかし君はもう少し何かやれるのかと思っていたんだが。仮にも『レイナ姫』の……だろう?」

 周囲にひとの気配はないものの、さすがに核心に迫る部分に関しては、エグバードは口にしなかった。

 レイナ姫の、「身代わり」だろう? と。


 

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