ワンちゃんです
少女は一人で森の中を歩いてた。
周りからは時折、魔獣たちの不気味な鳴き声が聞こえてくる。
空は生い茂った木によって隠され、太陽の光はほとんど入ってこない。
森の中には大型のモノから小型のモノ、有害なモノから無害なモノまで多種多様な魔獣が生息していた。
ここは森の近くの町からは「魔獣の森」と呼ばれ恐れられていた。特に捻りの無い名前なのは、変に捻った名前にして、ここをあまり知らない者、特に戦うことができない者が捻った名前の意味を分からず、興味本位で入ってしまうのを防ぐためである。
そんな森で少女は歩いていたのである。その表情からはどこか楽しそうな感情が見て取れる。
そこへ少女を狙い、一匹の魔獣が近づいていた。それは気配を完全に殺しており、少女は気がついていなかった。
それはサイレントウルフと呼ばれ、その名の通り決して音を立てないことで有名な魔獣だった。
サイレントウルフは一切の油断なく近づいていく。
そして少女に一息で致命傷となる攻撃を与えられる距離となったとき、一瞬で少女の首元へ目がけ移動し、噛みつこうとした。
だがその攻撃は通らなかった。
サイレントウルフの牙は少女の肉を貫かず、首に噛みついただけで終わってしまっていた。
なぜこの人間から血が噴き出していない。なぜ己の牙はこんな矮小な人間を貫いていない。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ! 想定外のことが起こりサイレントウルフの動きは止まってしまっていた。そのせいで、すぐに距離を取らないというミスを起こしていた。
「おいしそうなワンちゃんですね」
少女の発した声はこの森とひどく不釣り合いなほど明るい声だった。
サイレントウルフは危険を感じすぐに逃げようとするも、少女の右手で頭をがっしりと掴まれて固定されており、逃げることができなかった。
少女のパワーは、その小柄な体からは想像もできないほど強く、魔獣の魔法で強化されたパワーをも上回っていた。
口が使えれば仲間にだけ聞こえる音で遠吠えを上げ、助けを呼ぶことができたかもしれないが、口は首へ噛みついたまま固定されていたためできなかった。
「ワンちゃんは初めて食べますね。あっ、死体を持って行ってお金にするのもいいですね。うーん、どうしますかね……」
サイレントウルフが必死にあがいてる中、少女はサイレントウルフを殺したらどうするかを考えていた。
この考え事が終わった瞬間、己は殺される。サイレントウルフは人間の言葉が分からなくても、今の状況からそのことを正しく理解していた。だからこそ必死になっていた。
爪で少女を切り裂く。牙で貫くことができないのに、それができるわけがない。
無理やり振り払う。それができれば今のようなことにはなっていない。
サイレントウルフは必死に考え、暴れるが、終わりの時はすぐに訪れてしまった。
「決めました! 丸焼きにしましょう。ワンちゃんの丸焼き、どんな味がするんでしょうかね?」
少女はそう言いながらサイレントウルフを宙に放り投げた。
サイレントウルフが一瞬浮遊感を感じ、そのまま落ちようとしたとき、少女は拳を魔獣に向けて放った。
拳はきれいに腹を突き破り、サイレントウルフの命を奪った。
「では早速火を準備しましょうか」
少女は顔や服に付いた血など気にせず、楽しそうに火おこしの準備を始めた。