愛しい人
ようやくメインキャラクターの登場です。
ノリ「ただいまぁ」
マロを庭に放し、ノリタケは家へ入って気の抜けたような声を出す。ノリタケの家は村からもかなり離れた山のふもとにあり、たまに危険な存在が家から見えることがある。しかし、家の中ではあまり危険な目にはあったことがない。それはマロのおかげでもあるが彼女の存在も大きい。
「あら、おかえりなさいノリタケ。遅かったわね」
アマリアだ。ノリタケを幼いころから育てている母のような存在である。しかし、ノリタケはあまりそう思ってはいないようだが。
ノリ「ごめんアマリア、カコと話していたら長くなっちゃって」
アマリア「この家にいるなら安全だけど、着くまでは危険なんだから気をつけなさいね」
彼女は優しく微笑みながらいう。ノリタケの頬に伸ばされた手はまるで人形のように小さい。そう、彼女は人間ではない。この世界では神話の世界にのみ現れるとされる妖精という存在だ。掌に載せられるような少女、しかし透き通るような白くて滑らかな肌、華奢ですぐに折れてしまいそうな、でも柔らかな手足、絹のように柔らかでいつも冷気を持っている黒髪、そして宝石のように赤く輝く瞳。ノリタケは母のような存在であると思いながらも同時に彼女に恋をしていた。アマリアはノリタケの視線に気づき、ずいっと顔を近づける。
アマリア「何眺めているの?私が美しすぎて見惚れてた?」
アマリアはいたずらっ子のように微笑みノリタケの顔を上目遣いで覗き込む。顔が近くなったと感じたのはどうやら体を大きくしただけらしい。彼女の体は基本魔素でできているそうで魔素が存在する限り大きさも形も変幻自在なようだ。
ノリ「うん、そうだよ?」
アマリア「……もー」
アマリアは頬を膨らまし、体を元の大きさに戻す。それをみてノリタケも微笑む。とても幸せな空間だ。
アマリア「今日は何したの?」
ノリ「村の手伝いだよ。山に行こうとしても村の人に止められちゃってさ」
ノリタケは苦笑しながらいうとアマリアはころころ笑い出す。
アマリア「それはそうでしょう。あんなひどい目にあっておきながらまた完治してすぐに入ろうなんて。こんな脳筋バカ止めてくれてうれしいわぁ」
こんな口をたたかれ、ムッとするが、怪我をしたノリタケの姿をみた際アマリアは顔を真っ青にして「ごめんね、痛いわよね、すぐ治してあげるからね」と泣きそうになりながら看病してくれたアマリアのあの表情を思い出してノリタケはまた微笑む。
アマリア「まあいいわ、晩ご飯にしましょう。もう出来てるから準備しなさい。」
アマリアの料理は絶品だ。それはもうどんな最高級レストランと比較しても哀れになるほど比べようにもならないとノリタケは述べる。まあノリタケは高級レストランどころか村の外の料理など堪能したことは1度もないのであるが。そんなことを考えながら張り裂けそうなほど満腹になったお腹をさすり、家の近くの高い木の上で夜空を眺める。満天の星の空、まるで宝石の海だ。そして視界を下にずらすと大きな町が見え、高い時計塔や建物が多く立ち並んでいる。人工物の塊に多くの光がちりばめられており、満天の星空にも負けず劣らず実に美しいが、実際あの地がどんな世界なのかノリタケにはわからない。
アマリア「人工の輝きだけど、これはこれで綺麗ね」
木の根元からアマリアが飛んでくる。彼女が羽ばたく翅からは輝く鱗粉が舞い、夜の暗い中でも薄く輝いている。
ノリ「こんな夜景より、君のほうが綺麗だよ?」
アマリア「あら、当然ね」
彼女の顔は暗くてわからないが、ふわっとほころんだのがわかる。
ノリ「町が輝いているよね、建物もそうだけど。」
アマリア「憧れているのよね?」
ノリ「少しね」
ノリタケは少し寂しげに笑う。ノリタケにとって町は未知ながらも夢の塊であった。夜が明けたら大勢の人々が姿を現して石畳の上を歩きだし、ある人は笑い、ある人は踊り、ある人は歌いだす、そんな想像を膨らましてはノリタケ自身の心も踊りだす。しかし、それはノリタケの想像上の物、実際はどんな内装なのか、どんな人々がどんな生活を送っているのか全く見たこともないし知りもしない。しかしだからこそ憧れてしまう、あの未知な世界を。
ノリ「でも、いかないよ」
ノリタケはまっすぐアマリアの目を見る。
ノリ「だってここには村のみんなや友達、マロ、そしてアマリア、君がいるしね」
アマリア「まあ、そうなの?」
アマリアの声は嬉しそうだ。
ノリ「うん、アマリアはここを離れることが出来ないんでしょう?」
そう、アマリアはノリタケが生まれる前からこの地に存在し、この地を守り続けるためにここから離れないと本人はノリタケが物心ついてからずっと言っている。ノリタケも昔は理解できず、ともに町へ行こうと幼いころよくぐずってはいたが、今ではそれも受け入れ、そして愛するアマリアが共にいけないのなら自分もいかないと心に決めていた。
アマリア「今はそうでも、いつかはいく事になるとはおもうけどね。人生は何があるかわからないから」
アマリアは母親のように慈愛に満ちた表情でノリタケの頬を撫でる。目は少し寂しげだ。ノリタケはその小さな手を取る。
ノリタケ「そうだね。でも…」
ノリタケはキザっぽく笑う。
ノリタケ「僕は君と一生を添い遂げるつもりだよ?」
アマリアは少し頬を染めて微笑む。それは淑やかに揺れる花よりも愛らしく、星降る夜空より、美しかった。