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異能の学徒  作者: こゆるぎ あたる
一章 舞坂前線基地 クニエダ班
9/15

重複異能実験

一九四三年、六月二十日。舞坂基地所属クニエダの“重複異能”の試験を開始。丙の異能である反重力脚の為、新たな異能への適応の可能性も高いが現在異能の暴走下に或る為“害物化”の危険性も同じく高い。拘束を解かず行う事とする。以下、回想。


 混濁する意識の中、自身が煌々と輝く電光に当てられているという事を唐突に理解した。閉じている瞼を通して、太陽の下で瞼を閉じた時の様に白い靄が見えたからだ。しかしそれに温かみは無く、無機質に感じられる事と、まるで医務室に居るような鼻につく薬品の匂いを鼻に感じるので、室内では無いかと予測を立てた。一定間隔で緩やかに脳が揺れている感覚もある。


 ここは何処なのだ。直前の記憶と言えば、イナリ特務官と舞坂基地の医務室で会話をした所までの記憶しかない。そこで首に刺激を感じたと思った瞬間、意識が遠のいたのは覚えている。


 まるで自分の意識下に無いかの様な重さの四肢を動かそうと試みるが、何かに拘束されているのか、動かす度に革の擦れる様な音が微かに耳に届く。

 しかし意識が戻ったためか、着実に五感が戻って来ている。現在の状況が段々と把握出来てきた。


 先程から、一定間隔で脳が揺れているように感じていたこの感覚があったのだが、何者かに思い切り両頬を一定間隔で叩かれていた為に感じているものであった。聴力も次第に戻り、鋭く自分の頬の肉を弾く平手の音が鮮明に感じられ、次に痛みがゆっくりと両頬に伝わる。

 声を上げようとも喉が上手く機能していないのか、自身の喉からはくぐもった呻き声のみが漏れた。


「……識が……た…イナリ……」


 私の呻き声を聞いてか往復の平手打ちが止み、ぼんやりと何者かの声が耳に伝わる。イナリという単語も聞き取れた。その後、何者かの足音が私に近付き、両肩を揺すられていることは分かるのだが、どうしても瞼が開かない。声を出そうにも呻き声が漏れるばかりだ。

 しばらく肩が揺すられていたのだが、急にそれが止まったかと思えば、急に目が覚めるような刺激を感じた。それと同時に意識も覚醒する。


 目を見開くと幾つもの電球がついた電灯が私に向けられており、余りの眩しさに目を背ける。


「おいイナリ、目を覚ましたぞこいつ。喋れるか?おい、返事が無いぞ」


 同じ学徒だろうか、学帽ととんびコートを羽織った体躯の良い男が私の頬に平手打ちを入れる。鋭い痛みと肉を叩く音が機械の駆動音のみに支配された部屋に響いた。先程までも平手を打ち込んでいたのはこの男だろう。

 私は体を動かそうとしたが、やはり何かに緊縛されているようで動かない。首を動かし自分の身体を見ると、白い布がかぶされているものの衣服は脱がされ、台の上に大の字の格好で固定されていた。

 その布、そして私からは水が滴っていた。先程感じた刺激は、どうやら水をかけられていたのだという事は想像に易い。


「おお、クニエダ君。起きたかい」


 動く範囲で声のする方に顔を向けると、そこにはイナリ特務官の姿があった。


「悪いねそんな恰好にしちゃって。声は出せるかい?」


 意識は戻ったが、声はまだ戻らない。呻き声にも似た声を絞り出して答える。


「当然ながらまだ出ないよね、大丈夫大丈夫。色々と説明しなきゃいけない事があってね、色々と事後報告になってしまうから返答を貰ってもどうしようも無いから良いんだけれど」


 イナリ特務官はわざとらしく肩を落とした。


「先ずこの場所の事から説明しようか。ここは異能特別作戦班の基地だ。異能の研究、実験施設もあるし、前線基地に所属していない特務班員の寝所もある。正確な位置はまだ教えられないけど、太平洋に浮かぶ害物の島に程近い無人島に作られているんだ。異能によって隠されているから害物や人間には通常探知されることも無い。その異能を発現してくれているのがこのカトウだ。趣味は見かけによらず縫物なんだ、意外だろう?カトウ、クニエダ君に挨拶しなさい」


 イナリ特務官に肩を叩かれたのは、私に平手を喰らわせた男であった。胸板は厚く、服の上からでもがたいの良さが分かる。


「カトウだ。“雲隠”の異能で基地を隠している。お前の様にこの基地に来た者の処置もしている。おい、人が挨拶したのに返事も返さんのかお前は」


 カトウと呼ばれた男は威圧的な物言いで、手足を拘束された私にまたも平手打ちを行う。


「カトウ、クニエダ君はまだ喋れないんだ、乱暴は止せ。悪いねクニエダ君、カトウはこういう事をしたがるんだ。意地が悪いだろう?」


 イナリ特務官は呆れた様子を見せるものの、別段カトウの行動を止める訳では無かった。


「次に、異能特別任務班の事について。長いから“特班”と呼ばせてもらうよ。特班の主な任務は二つあり、一つは前線基地所属の異能の学徒で対応が難しいような害物の出現時の征伐。三年前に出現した“巣”の事は勿論知っているね」


 勿論である。三年前に突如として太平洋の中心に現れた巨大な建造物、もしくは島。所謂“巣”と呼ばれる、害物の住処であるとされている物体の事である。幾度となく各国の調査隊が派遣されたが、一度として正確な情報を持ち帰ることは出来ていない、現在でも謎が多いものだ。

 正確な大きさも分かっていないが、日ノ国で言う所の四国程の大きさはあるらしい。ここから害物が生み出され、各地に侵攻しているという。


「そこから時折特段強力な個体が出てくる事があるのでそれを征伐している。余りに強力な個体は神の名を冠する観測名が付けられて、特班が処理する。各前線基地に近付く前にね。単なる異能の学徒では歯が立たないから。そんな害物の姿を見せてしまったら恐怖で士気が下がるだろう?しかし、強力な害物に神の名を付けるなんて皮肉だよね。笑えない冗談のようだ」


 さも簡単にイナリ特務官は笑いながら言うが、私は愕然とした。今まで我々が命を賭して戦っていた害物は、既に特班により間引かれたものだったとは。


「これを聞いた者の反応には二種類ある。安心する者と、その逆の思いを抱く者。その表情を見るに、どうやらクニエダ君は後者らしいが気にすることは無い。そんな害物を相手に出来る異能を持つ物が“特班”なのだから。異能の学徒だって命を張って本土防衛に努めているという事は良く分かっているよ」


 イナリ特務官は私の肩に手を置きながら語りかけてくる。


「二つ目の任務は異能の研究。むしろこちらに力を入れていると言っても過言ではない。現状、各国の異能の研究進度は中、米、独が一歩進んでおり、その他の国は横ばいの状況にある。言い方は乱暴だが、異能の発現実験には人を使うしかないのでどうしても人口の差が研究の差になる傾向がある。害物が襲来する状況で、いくら各国が協定により結ばれていようと研究成果を先んじたいのはどの国も同じというのは理解できるね」


 成程。異能の研究の進捗など知る機会は無かったが、言わんとする事は理解できる。流石は大国といった所であろうか。


「害物の体液を人間に注入することで異能は発現する。若ければその確率が高まるので学徒に協力して貰っている事はクニエダ君も知っているね。その異能は発現の希少度によって甲、乙、丙と分けられる。クニエダ君の異能の反重力脚は丙の異能だ。全異能発現者の内の二割に当たる、異能の中では普遍的なものだ。空中浮遊する害物全てに共通している異能だからね。君の班員で言えば、トノサキ君の龍眼が乙、オミカワ君の碧落射出は甲にあたる珍しい異能だね」


 確かに、反重力脚や龍眼を用いる学徒は私の他にも見たことがあるが、オミカワの碧落射出は見たことが無い。


「現在、人体に異能を宿す実験はどの国でも普遍的に行われている。しかし、昨年五月、米国で新たに研究が進んだ。異能を一人の人間に重複して持たせる事に成功したんだ。これは“重複異能”という名義で呼ばれる。方法は確定していないからと確立した方法の公表は無かったがね。それで日ノ国も一歩遅れながらではあるものの研究を開始して現在に至るのだけど、まだ手探り状態なのは否めない」


 イナリ特務官が合図をすると、カトウは薄ら笑顔を浮かべ、私の顔に平手を一発打った後、体に掛かっていた布を取り払った。


「すでに異能の発現がある者に、さらに害物体液を打ち込んでみたり、害物の肉を摂取させたりね。しかし効果はまちまちだった。しかし判明したこともあるんだ。異能の練達者に見られる“膜の発現”をした者に処置をすると、およそ三割の成功率で“重複異能”の発現に成功した。これはかなりの高確率。だから丁度クニエダ君がその実験にぴったりだったって訳。首は動かせるかい?自分の腕を見てくれたたまえ。カトウの裁縫の腕前はどうだ?」


 私は首を動かし自分の腕を見る。自分の腕の中心が抉り取られ血が滴っており、赤黒い肉がその部位を覆う様に縫い付けられている。その不気味な色には見覚えがあった。


 害物のそれであった。害物の肉が、自分の腕に縫い付けられている。


 余りの事に一瞬頭が真っ白になり思わず絶叫したのだが、くぐもった声が喉より漏れるのみであった。


「落ち着いてクニエダ君、まだ説明は終わっていないよ。因みに舞坂基地で君の首に打ち込んだのはこの肉と同じ害物の体液だ。因みに昨年十二月に太平洋沖に出現した例の強力な個体のものだ。観測名“建御御雷(たけみかづち)”。君とトノサキ君が本部の命令を無視して観測していた害物だよ。思えているかい?」


 覚えている、覚えているが、このような実験が行われているとは。害物の肉片が埋まっていると分かった途端、焼けつくような痛みが腕に走る。


「カトウ、建御御雷(たけみかづち)の肉を縫い付けてからどれだけ経った?」

「間もなく一時間。そろそろだろう」

「ああ、そうだな。さてクニエダ君。ここから大事な事を言うよ。神の名を持つ害物の異能を宿す実験はこれまで何度か行ってきたんだけど、成功すればもちろん強力な異能を宿すことが出来る。この私も、カトウもこれを行った。しかしだね、失敗すると錯乱状態になってしまって、その強力な異能の発現が止まらなくなるんだ。一度、この基地も錯乱状態の異能の学徒によって半壊させられてね。だから君を拘束させてもらっている。因みに錯乱状態に陥ると二度と正気に戻らないから、そうなってしまったら後のことは私に任せなさい」


 イナリ特務官は力強く胸を叩く。


 こんな事が許されるのか。人道を無視した過激な人体実験では無いか。私はあまりの恐怖に四肢を動かし抵抗をするが、革の手枷が軋むのみで逃げ出すことは叶わない。


「おいおいクニエダ君、いつもの冷静さを取り戻しておくれよ。これは名誉な事なんだ。“膜”の発現まで行える学徒は非常に稀だ。だからこそ君が選ばれたんだよ。日ノ国の異能研究に手を貸してくれ」


 途端に私の心臓が体が仰け反る程大きく脈打つ。身体は燃える様に熱いようで、凍える程寒い。鼓膜が破れそうなほど耳鳴りが聞こえてきた。


「やはり一時間で始まるようだ。クニエダ君の身体の細胞と“建御御雷(たけみかづち)”の肉が同化を始めたようだね。ここで意識を失うと錯乱状態になってしまうから、苦しかろうが意識を強く持っておくれよ。先程も言ったけれど、この実験で錯乱状態に陥った者が正気に戻った事例は無い。万一暴れだしたらカトウが楽にしてくれるから安心したまえ。さあ、君はどちらだ?」


 イナリ特務官のいつもと変わらぬ物言いを聞きながら、堪えがたい苦痛に悶絶し、途切れそうな意識を辛うじて保つ事に集中した。


 こんな所で死んでたまるか。郷里で私の事を待つ両親に会いたい。害物の脅威に曝られている国民を守りたい。舞坂基地の学徒の仲間、オミカワの乱暴な言葉、トノサキの下らない冗談、サクラダの優しさにもう一度触れたい。


 無駄に私に平手打ちを喰らわせたカトウ。こいつは後で一発お礼をしてやらないと気が済まない。説明も無くこんな実験を行ったイナリにもだ。聞きたい事も大いにある。


 そして何より。“先輩”にもう一度会いたい。私は、そのために今日まで戦い抜いてきた。


 私は頭が狂いそうになる激痛と苦痛に唇を血が出る程嚙みしめ、声に成らない叫びを持って抵抗した。



 その同日、十六時三十二分。異能情報局本部に、九州宮崎前線基地より一本の報告が入る。


“未確認の害物を確認。海上に征伐に向かった異能の学徒八名の生死不明。依然本土へ進行中。至急援軍を求む”


 十七時三分。“特班”二名により海上を進行中の未確認害物征伐開始。


 十七時十八分。特班二名敗走。本部に緊急事態を報告と共に、九州宮崎前線基地に緊急防衛線を敷く事を提案。


 十八時四十二分。緊急招集により、特班二名を含む宮崎、四国前線の異能の学徒を緊急配備。


 十八時五十三分。未確認害物が宮崎前線基地に到達。戦闘報告無し。龍眼偵察によると、害物の放出した炎により宮崎に張られた防衛線諸共、一面が焦土と化す。加えて未確認の害物の進行が一旦停止。至急征伐の必要有。


 観測名“健磐龍命(たけいわたつのみこと)”。

 神の名を冠した害物が、初めて特班の征伐を逃れ、その姿を顕現させる。


 二日後にあたる六月二十二日。害物情報局主導の元、陸海空軍、加えて異能の学徒による緊急防衛戦線を九州熊本、大分に置き、害物の動きを封じる事と決定。


 日ノ国二度目の本土決戦が始まろうとしていた。


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