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異能の学徒  作者: こゆるぎ あたる
一章 舞坂前線基地 クニエダ班
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大型害物

一九四三年、六月十五日。本月十三度目の害物襲来。龍眼偵察により、大型一体、中型二体を確認。重なる戦闘による異能暴走を考慮し、ツジ班より二名、クニエダ班より二名選出での混合班にて迎撃に当る。空中戦闘可能隊員が二名のみの為、接敵に“潮騒丸”を使用し征伐に当る。以下、回想。


「全く、ここの所毎日毎日害物の相手だ。嫌になるな、クニ」


 ツジは青白い顔で、私に向かってうんざりした表情で話しかける。それには同意見であるが、出現した物はどうしようもない。征伐する他無いのだ。とんびコートが海風になびく。


 度重なる戦闘により班員の疲れは目に見えて明らかであった。先日まではサクラダの空間防壁で害物の攻撃を防いでいたが、ついに異能が制御不能になり、医務室送りとなった。その為、ツジ班からはツジとオギウエ、私の班からは私とオミカワの混合班の編成となった。しかし、オミカワも異能の酷使により右目の異能が使えず狙撃が出来ない為、害物を視認してからの攻撃となる。遠距離の理は無い。辛うじて戦闘回数が少ないのは、入隊したばかりのオギウエのみという状況であった。


 「今回は遠距離での攻撃手段が無い。接敵次第、ツジと私で中型二体を即座に落としてから大型征伐だ。オギウエ、オミカワは援護。行けるか?」


 甲板中腹に座る二人は力なく頷くと、再び進行方向を向いて押し黙った。

 

 舞坂前線での害物の征伐では、多くの場合は空中戦闘が行える者が先行して撃破、撃ち漏らした害物を浜辺で戦線を張り殲滅するのが常であるのだが、今回の様に空中戦闘が行えないものが多く出撃する場合などは海軍との連携が採られる。つまりは船に乗り、全員が打ち出て害物を征伐に向かうのだ。

 船舶の事にはあまり詳しくないのだが、波と風を切り裂き進むこの船は、いわゆる魚雷艇と言うもので、異能の学徒の海上戦闘の足場となるのは、殆どの場合、この“潮騒丸”であった。

 今回の様に、飛行をしない大型の害物には魚雷を撃ち込んだ後、その機動力で甲板に乗る異能の学徒の足となってくれる。中型以上の殆どの害物は動きに敏捷性が無く、この潮騒丸の機動力には付いて行くことが出来ない為、有効な手段と言えるだろう。

 しかし心配事と言えば、オミカワ、オギウエ両名が船に弱いという事だ。今も青い顔をして手すりにしがみ付いている。

 

「おいクニ、見えたぞ。ありゃあ結構な大きさな“大王烏賊”だ。オギウエとオミカワに触手を抑えてもらわにゃ近付けなさそうだ」


 ツジが目を細めて太平洋を眺めている。私もそれに倣って目線を同じ方向にやった。

 遠くの地平線に乳白色の塊が見えた。目を凝らすと、その周りに絡みつくように、細い紐のようなものが蠢いているのが分かる。トノサキの報告通り、“大王烏賊”であることは間違いないだろう。


 大王烏賊と呼ばれる害物は、その名の通り極く巨大な烏賊の姿をした害物である。確認されたのは凡そ二年前で、大型害物の進行と言えばこれであることが多い。八本の触手を自在に操り、周りを蹂躙して進む。これが本土に上陸した日には、辺りは言葉通り壊滅的な被害に遭う事だろう。

 害物はその大きさを増すにつれ、海中生物の姿に酷似した形になることが多い傾向にあるような気がする。国の研究機関も海中と害物の関係の研究をしているとの事であるが、一学徒である私の知る所では無い。侵攻あらば征伐する。以上であり、以下でもない。


「各自、戦闘準備。ツジは右の中型、左は私が行く。その際、大王烏賊から触手の攻撃が予想される。オミカワ、オギウエ両名で触手を攻撃を防ぎ、援護を頼む。時間は掛けず、手早く大型の征伐へと移る。ツジの異能で大王烏賊を攻撃、撃ち漏れた場合は私も追撃する。作戦は以上。質問は?」

「無い。ただ一つ、俺の異能は大振りだから、中型撃破後は勢いそのまま烏賊に仕掛ける。良いか?」

「分かった。では、オミカワ、オギウエはツジの援護に全力で当たれ。私は身軽だから余程問題無いだろう」


 私がそう言い終えると、先程まで豆の様に小さかった害物の姿が大きく映った。戦闘は近い。


「では、各自戦闘準備。ツジ、お前の異能の攻撃範囲に入ったら合図を頼む。私も合わせて叩く」


 ツジは私を一瞥すると、力強く頷く。ツジの異能も空中戦闘は可能であるが、私の“反重力脚”に比べれば、その滞空時間は短い。今回の大型害物征伐はツジの異能が向いている為、瞬間を合わせて攻撃を行う。


「おい、クニエダ」


 顔面蒼白のオミカワがふらついた身体を甲板から持ち上げ、やや慎重な足取りで私に向かって来た。私のとんびコートの襟を掴むと、ぐいと自身の顔近くまで近付ける。


「怪我すんなよ」


 その一言だけ言うと、オミカワは船の揺れに抵抗しながら先程の位置に戻って行った。それを見たツジはにやついた視線をこちらに寄越すが、素知らぬ顔をしておいた。


 潮騒丸は風を切り裂く速さで、刻一刻と害物に近づいている。次第に各員は緊張の面持ちになる。先程まで軽薄な笑みを携えていたツジでさえ、緊迫した表情を見せる。


「クニ、そろそろ行けそうだ。良いか?」


 ツジは目線だけこちらに向けた。私は頷いてそれに答える。


「よし。オギウエ、オミカワも頼んだぞ。俺の異能はクニの様にすばしっこく動けない。触手の一撃を喰らったらお仕舞いだからな、くれぐれも俺を殺さないでくれよ。みんなで早いとこメシが食べたい」


 並の人間が言えば、戦闘前に何を気弱な事を言っているのかと叱咤を受けそうな発言であるが、この舞坂前線基地に於ける一番の征伐数を持つツジが言うとその意味合いが違ってくる。

 “俺を殺させなければ勝てる”。そう言っているのである。他の者もそれを分かっているので、深い頷きを返すのみであった。


「じゃあ行こうか、クニ。一、二の、三!」


 ツジの合図と共に、私達は船外へ飛び出した。


 私の反重力脚での空中飛行は、両足を交互に蹴り出す事で、地面との反発により推進力を得る。空中戦闘には向いている異能なので、二、三回空を蹴ると、それなりの高度を得ることが出来る。

 後ろを振り向くと、ツジも同じく船から飛び降りており、あわや海面という所で自身の異能で海を叩き、その勢いで飛翔する。


 ツジはその両手に、二十尺はくだらない巨大な反半透明の薄紅色の斧を持っており、高度が落ちてくるとそれを力強く海面に叩きつけ、巨大な水柱を作りながら,さながら棒高跳びの様に害物に接近していく。いつ見ても豪快である。


 “大戦斧”。ツジの発現した異能である。それが何なのかと問われれば、大きな斧だと返す他無い。

 丁度、サクラダの異能である“空間護壁”のような、薄紅色の半透明の物質を、戦斧の形で扱う事が出来る、というのを把握しているのみだ。国の情報局でも、異能の能力は全て解明されているわけでは無いので、この目で見て、本人の口から聞いたことまでしか分からないというのが正しいだろうか。

 

 異能は、大きく分けて三つの能力に分けられる。まず、自身に異能が宿るもの。私の“反重力脚”がそれにあたる。飛行できる異能はここに分類されることが多い。


 次に、物に異能を宿せるもの。これは、オミカワの“碧落射出”があたる。もっとも、オミカワは右目が遠距離を覗けるようになっているので、純然にそれとは言えないかもしれないが。

 

 最後に、害物も使用する、半透明の膜を操れるもの。違いと言えばその色だろう。害物が扱う膜は薄い青だが、異能の学徒が使う膜は薄紅色をしている。害物に使われるのは非常に厄介であるが、味方に居るとこれほど心強いものなのだと、一緒に征伐に出る度思わせられる。


 強力な害物はこの膜を自在に操る。時には槍に、時には弾に、時には壁になり、日ノ国に襲撃してくる。

 この能力の一部を扱えるのが、舞坂基地で言えばツジやクニエダ達だ。クニエダはその壁を作り出す能力を、そしてツジは斧を作り出す能力を宿した。正確に言うのであれば、“斧の様な形をした、害物の膜”を発現できる能力と言えるだろうか。


 大戦斧の海面への一撃により、あっという間に前方に躍り出たツジは私を一瞥し、悪戯な笑みを零したと思えば、再び前を向いて勢いよく海面に大戦斧を叩きつける。大きく上がる水しぶきをまともに受ける私をよそに、ツジは海面を飛翔していく。わざと海水を掛けたな、奴は。


 ツジは害物征伐を遊びの様に捉えている節がある。無論、日ノ国を防衛する矜持や、仲間を思いやる気持ちは大いに持ち合わせてはいるものの、なまじ発現した異能が強力なためそのように見えるのだろうか。

 しかし、いかなる時でも嬉々として向かうその姿に、心強さを感じているのもまた事実である。舞坂基地の害物撃破数において、ツジの右に出るものは居ない。かつ、作戦時間も短時間であるのだ。


 距離もかなり接近し、間も無く射程に入る。私は後方を確認すると、潮騒丸も波を切り裂きながら進んできている。甲板にはオミカワ、オギウエも臨戦態勢だ。援護には絶好の位置である。


「クニ!そろそろ仕掛ける!」


 ツジの鋭い叫び声が飛んできた。これは私の返事を聞いているのではなく、自分に合わせろという合図である。


「見敵必殺、まずは中型!同時に行くぞ!」


 ツジは大戦斧で力強く海面を叩くと、その反動で斧を振り上げ、速度を上げて害物に接近する。私もそれに合わせて左側の中型へ向かう。


 ツジが大きく叫んだので、ついに害物は我々の動きを捉えたようだ。中型からは体液の弾丸、大王烏賊は無数の触手を鞭の様にしならせる。

 幾重にも重なる大王烏賊の触手を攻撃を躱す度、その風切り音が後からついてくる。これをまともに受けたら無事では済むまい。しかし、こういった攻撃であれば、反重力脚は小回りが利くので躱すことは容易い。私は四方から襲い来る触手を躱しながら、目的である中型へと進む。

 途中、中型と大王烏賊の波状攻撃により喰らいそうになる場面もあったが、振り下ろされた触手は後方から飛翔するビー玉によって弾かれる。オミカワの援護は実に的確であった。

 私は中型の上空へと飛翔する。この位置まで到達すればもう問題無い。反重力脚にて勢いを付けた後、鉄靴の踵を中型の頭部へと叩きつける。肉片と体液を飛び散らせ、中型の害物は海面へと落ちていく。


 数多の方向から飛んでくる触手を躱しながらツジの様子を伺うと、あちらも丁度中型を一刀両断したところであった。オギウエもつつがなく援護をこなしている。


 残るは大王烏賊のみ。さて、ここからが本番である。


 ツジは、中型を両断した大戦斧をその勢いのまま角度を付けて海面に叩きつける。大きい推進力を得た後、その勢いのまま大戦斧を横に凪いだ。ツジを落とそうとした大王烏賊の触手の数本が弾ける様に切断され、力なく宙を舞った。


 私は戦果と言うものを特段気にしたことは無く、出撃した班員たちが無事に基地に戻れる事を至上としているつもりであるが、ツジの見事な戦っぷりを間近で見せられると、やはりどこか胸がすく思いに駆られる。圧倒的な強さへの憧れ。いくら歳を重ね、勉学に励んだとしても、私も所詮、ちゃんばらに興じていた頃の過去の自分を心のどこかに飼っているのだとつくづく思い知る。


 大型の害物を征伐するのには大きな力が必要であり、現在の戦場に於いて、それはツジの異能である。触手を切断された大王烏賊は攻撃目標をツジに定めたようだ。私はすぐさま援護に向かう。


 ツジは大戦斧を出鱈目に振り回し、次々に触手を切断していく。海面に落ちるかと思えばすぐさま大戦斧を叩き付け、再び大王烏賊に向かう。ぶつかっては離れ、ぶつかっては離れ、まるで喧嘩独楽である。しかし、大戦斧を振り抜いた後、敵に背中を晒すのだ。幾度となく行っていれば、ツジにも必ず隙が出来る。それを見逃す程害物は甘くは無い。

 ツジの背面へとに触手が鞭の様に襲い掛かるがしかし、どこが狙われるのかが分かれば防ぐ事は出来る。私は触手をかいくぐりながら、ツジの背後に迫る触手の一撃を間一髪で蹴り上げた。


 「クニ!助かる!」


 ツジは自重で落下しながら叫ぶと、再び海面を叩きつけて大王烏賊へと向かった。


 大戦斧で大王烏賊の本体を両断せんと振りかぶるが、幾多の触手がそれを阻む。切ったところでたちどころに生えてくる。私はツジを躱し損ねた触手から守り、援護に徹してしていたのだが、攻勢激しく本体まで辿り着くことが出来ないでいた。最早何回目か分からぬ触手を蹴り上げると、ツジが堪らず声を上げた。


「こりゃジリ貧だ!そろそろ異能の発現させるのが限界に近い、まずいぞ!」


 大戦斧で触手を切り落とすツジであったが、動きに精細を欠いているのは目に見えて明らかであった。潮騒丸からの二人の援護も、精度が落ち始めている。

 やはり、皆万全の状態では無いのだ。このままだと確実に異能の制御不能に陥る。この人数が戦闘不能になると、舞坂基地の防衛線は確実に崩れるだろう。特に、大型を撃滅できる異能を持つツジの戦線離脱。それだけは避けなければならない。


 遠距離援護を行う潮騒丸を見る。オギウエは、やはり慣れていない戦闘により青白い顔をしながら異能を発現させている。こちらも限界は近いだろう。オミカワも同じくだ。

 隙を作らなければ。それも大きな。ツジの大戦斧の大振りが刺さる程の。私がやるしかない。


 ツジに襲い掛かる触手の数本を蹴り上げた後、私は空を蹴りつけ高度を上げる。勝負は一瞬だ。ツジの言う通り、私の異能も限界が近い。

 上空から見ると、ツジの異能の暴れっぷりが良く分かる。薄紅色の大戦斧は海と大王烏賊に当る度薄く剥がれ、まるで舞い散る桜の様に美しかった。


 私は右足の反重力脚の力を最大まで高めた。いつもは滞空の為反発の力を重力と反発させているが、今度はその逆に。自重の落下速度を超えて、右足が海上に引き寄せられる。千切れような痛みが走る。しかし、まだ足りない。残す左足のみ、滞空する為空中を蹴り続ける。


 高まり続ける異能の力を纏った両足に、薄紅色の“膜”が発現を始めた。異能が自身に宿る者でも、精一杯発現を掛ければこのように“膜”を纏う事が出来るのだ。威力を高める為に鉄靴を履いてはいるが、それと比べても、膜を纏った際の威力は桁違いとなる。

 反重力脚の力が最大まで高まった頃、猛烈な風切り音が耳元を掠めた。恐らく、オミカワが私のやることに気が付いての警告だろう。危険なのは承知しているが、この切迫した状況だ。他に道は無いだろう。


 ツジ、これで決めてくれ。私は心の中で呟くと、左足の異能の発現を止めた。景色は一瞬にして流れ、高めた右足の異能に引かれて大王烏賊へと一直線に向かう。まるで自身が流星になったが如く。


 時間にしたら刹那であろうが、不思議な事に何が起こっているかは把握が出来た。思えば、これが走馬灯と言うものなのだろうか。

 大王烏賊の腹部にめり込む右足、ゴムの様に伸びる表皮、つんざくような断末魔の声、自分に降り注ぐ体液。そして、自分の異能の暴走。大王烏賊に一撃を加えた後、すぐさま反重力脚によって空中に離脱をする予定であったが、異能の発現が止まらない。大王烏賊を突き破り、一瞬の内に海中へと沈んだ。


 私の記憶は、ここで途切れた。




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