表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異能の学徒  作者: こゆるぎ あたる
一章 舞坂前線基地 クニエダ班
6/15

新人

一九四三年、五月二九日。舞坂基地に異能の学徒一名が着任。“異能の学徒”計画にて適性確認後、異能が発現した為、実戦経験は無し。当分は班編成に組み入れず、後方支援を主とし異能の定着を図るとの事。以下、回想。


 この舞坂基地は大型の襲来は少ないものの、中から小型の害物が絶え間なく襲来する。日ノ国の丁度中心に位置している為と予想している研究者もいるが、害物とは口が聞けない以上、正否が分かる筈が無い。

 中型以下の襲来とはいえ、戦闘が全前線基地の中で群を抜いて多いのは紛れもない事実である。付け加えて、戦闘が多いという事は、没する者もまた多いという事である。

 舞坂基地には、現在異能の学徒が十二名在籍し、二つの班が存在する。ツジ班六名と、クニエダ班四名である。その他二名は後方支援を主とし、班編成に組み込まれる事なく活動している。異能の酷使による制御不可状態を防ぐため、おおよそ二班で交互に征伐に当る。


 いずれの班も舞坂基地の要であると同時に、同じ課題を抱えていた。それは班員の拡充である。

 交互に征伐に当ると先ほど述べた。それは概ねの事実であるが、最終の判断の所は舞坂基地統括のカナモト少尉の一任により決定されるというのが正である。


 ツジ、クニエダ両班に在籍するおおよその者は、“異能の学徒”計画以前より前線で害物と対峙した経験があった。通常の学徒動員により徴兵されたのだ。そこで再起不能となった折に害物の体液を注入されて異能の学徒と化した経緯の持ち主達だ。


 しかし現在、異能の学徒として前線に送られるものは、いずれも計画以後の者たちで、学業猶予を剥奪されて体液を打たれ、異能の発現と共に前線に送られている。

 そんな者達が、である。異能を宿して間もなく、自分自身に起こったその事実を飲み込む暇も無いまま、つい一月前まではラジオでしか存在を知ることは無かった害物と相対し、それ倒せと命じられるのである。

 無茶が過ぎる、と私は思う。実際、異能の学徒による前線維持の為と言い、幾人もの人間がこの舞坂基地に送られて来ているが、定着したものは極僅かだ。

 いずれも、多くは一回目の戦闘、殆どが三回目までの戦闘にて命を落としている。


 幾つ前の異能の学徒動員の際だろうか。害物との戦闘が始まる以前に、私が通っていた学び舎の同士がこの舞坂基地に動員されて来たことがあった。彼は学年こそ私の一つ下だったが、大いなる弁論家であり、学内では知らぬものは居なかったし、彼もまた、私の事を知っていた。

 ひと時咲いた思い出話。私はまるで学び舎に戻った如く、談議に花咲いたあの時間はどれだけ潰れそうだった私の心を解したものだったか。

 彼もまた、三回目の征伐の際に、異能の制御不能により命を落とした。

 

 トノサキが声を大にして言うように、カナモト少尉の采配に難がある事も事実かもしれないが、それだけ異能というものが御しがたいものであるという事もまた事実であった。

 その為いつしか、私とツジの間には、班を率いる者として、出来る限り新たに動員された異能の学徒を定着させ、戦線を強化せんという、無言の思いが芽生えていたように思う。


  そんな折、一名の異能の学徒が舞坂基地に着任した。

  陸軍の車から降りたその者は、異能の学徒の隊服である学帽を初々しく被り、埃一つ付いていないとんびコートと麗しい長髪を風になびかせながら口を開いた。


 「本日付けで舞坂前線基地、異能の学徒隊に所属になりましたオギウエです。日ノ国の為、粉骨砕身の思いで努めます。どうぞ、よしなにお願いします」


 新たな学徒が動員される際には、カナモト少尉、陸軍部の上官幾名が並び、その一番後ろに異能の学徒隊の班長である私とツジも加わり出迎えるのだか、前方の女学徒を一目見て、ツジが私の耳元で嬉しそうに言葉を発した。


 「おいクニ、見ろよ。あの儚げな目元に麗しい長髪。別嬪だ、たまらん。お前の隊のオミカワも中々だが、あれとはまた違う良さがあるな。嗚呼、今回こそ俺の隊に入らんかな。もう、むさ苦しい男所帯には飽き飽きだ」


 ツジは興味津々という表情で、動員されてきたオギウエから目線を逸らさずにいる。男の癖に睫毛が長く、隣で目を輝かせている今のこの状況だと、それが良く見えた。

 私の事を旧友と同じようにクニと呼ぶのは、舞坂前線基地に於いてツジしかいない。

 歳も同じ、専攻していた学問も同じ、班長という立場さえも。舞坂前線基地に異能の学徒隊が編成された時からの付き合いで、気の置けない仲であった。この厳しい状況下でもどこか飄々としているように見えるが、実の所、強靭かつしなやかな性格であり、気が沈んでいる所を見たことが無い。発する言葉には嫌みが無く、加えて中々の男前。しかし一度征伐に出れば鬼神のような働きで、班員からの信頼も厚い。一点、無類の助平という点が玉に瑕だが。

 私の班にオミカワが配属されることが決まった日など、子供の様に分かりやすく拗ねていた。そういう場合でも一晩寝たらすっきりしているので、そんな所も好かれる所以なのだろう。


 上官達の肩の隙間から、私とツジは前方の黒髪を靡かせる学徒兵を覗いている。

 ツジが興奮気味に言うのも分かる。成程、確かに美人であった。異能の学徒には無条件で厳しい態度を取ると思っていたカナモト少尉でさえ、普段より若干ではあるが柔らかな口調を取っているように見える。所詮、男とはそのようなものなのだろう。


「クニエダ、ツジ。両名前へ」


 そのような事を考えていると、カナモト少尉の半分怒鳴るような声が私達を呼んだ。先程までの態度とは打って変わって、姿勢を正した私とツジは短く返事をし、上官達の間を縫ってカナモト少尉の元へと進む。先頭まで出ると、カナモト少尉に敬礼をし、不動の姿勢を取った。

 そして、ちらとオギウエと名乗った学徒兵に視線を向ける。近くで見ると玉の様な白い肌が眩しい。背丈は私の肩程で、転んだら折れてしまいそうな華奢な体躯だった。深窓の令嬢という言葉が頭に浮かぶ。成程、ツジの好みであろうなと、一人納得した。

 しかし、長髪が矢鱈に目立つ。いくら美しいとはいえ、軍に配属された以上、短く切るか纏め髪にしていないのはどういう事なのだろか。あの跳ね返りのオミカワでさえ、渋々纏め髪をしているというのに。これが許されているという事は、オギウエの発現している異能と何か関係しているのであろうか。


「この両名が舞坂前線基地の異能の学徒隊を仕切っている。以後、両名の指導の下、いずれかの班に所属し害物征伐に当る事となる。これ以後、指示を受ける様に。本日は害物対策省から情報共有会議が学徒隊向けに行われる。害物についての不明点はそこで把握しおけ。以上。全員解散。持ち場に戻れ」


 カナモト少尉は短い説明の後に号令をかけ、陸軍の上官はそれぞれの持ち場に戻って行く。

 

 舞坂基地の入り口に残されたのは、異能の学徒三人のみとなった。上官方の後ろ姿を最後まで見送った後、それでは早速とツジは満面の笑みを浮かべてオギウエにずいと近付く。


 「煩いのが行った所で、改めて自己紹介と行こうか。俺はツジ。舞坂基地には異能の学徒班が二つあってね、その片方で班長をしている。こっちがクニエダ。もう片方の班長だ。今までの生活とは全く違うと思うから、あんまり無理せず気張らずにね」


 いつもの軽い調子でツジは握手を求めて右手を差し出す。それを受け、オギウエもまた手を差し伸べる。


「ツジ班長……で宜しいのでしょうか。どうぞよしなに。何分慣れない事ばかりでお手間を取らせる事となってしまう事と思いますが、クニエダ班長も宜しくお願いします」


 オギウエは私にも握手を求めたので、それに答える。

 触れ合う掌。およそ針仕事や家事など知らぬような、親という庇護下に置かれていたのがありありと分かる、柔らかい掌。白魚の様に伸びる指先。血色が良く、淡く紅色の滲む爪。そして、少し震えている、手。オギウエを良く見れば、緊張と不安が混じったような表情をしていた。無理も無い。ここは死地、害物防衛の最前線なのだから。

 

 私が初めて学徒動員令を受け、基地に着任した際、どんな気持ちだったであろうか。手は震えていただろうか。遠い昔の事の様で、もう覚えていない。


 異能計画前の単なる学徒動員で徴兵され、訳も分からぬまま銃を持たされ、征伐せよと命じられて迫りくる害物と対峙したあの日。結局瀕死の状態となり生死の淵を彷徨う最中、幸か不幸か“異能の学徒”計画が発令され、私を含む瀕死の兵士全員に打ち込まれる害物の体液。朦朧とする意識の中、焼けるような両足の痛みと、いつ命の火が消えるのかと思う恐怖は、今でも鮮明に覚えている。


 異能を宿す前に害物と対峙するのと、宿した後に対峙するのは、果たしてどちらが幸せなのだろうか。

 いや、違う。対峙しないのが一番の幸せだ。害物など、居ない世界が最良に決まっている。どちらが幸せ等と、思考が巡る事が既に狂っている。しかし、狂わなければ。まともなままだと頭が壊れる。害物と戦うという事が、平時の思考にも入り込んできたと思うと、自嘲の笑みが零れた。


「ああ、もちろん。これから宜しく」

 

 急に零れた私の笑みが不思議だったのか、オギウエは気を使って愛想笑いを返してくれた。


「さあ、今日は丁度良く、月に一回の“害物勉強会”だ。オギウエ、良かったな。」

「ツジ班長、害物勉強会とは、先程カナモト少尉の仰っていた情報共有会議というものですか?」


 オギウエが質問を返すと、ツジは頷き“勉強会”について説明を始める。


「ああ、そうだ。定期的に害物対策省の役人が、日ノ国全土、そして海外含めて出現した害物の情報共有をするために前線基地を回って説明をしてくれるのだ。“害物勉強会”なんて呼んでいる。俺達も、新たな害物に関する情報があれば報告する」

「成程、害物の情報は一度害物対策省に集約されるという事ですね」


オギウエの質問に、ツジは頷きを返す。


「そういう事。で、そこでまとめられた情報が軍部に集約されて、各国とも情報共有をしているって寸法さ。噂によると害物が現れる様になってからの方が、各国の連携が強まってきているらしいぞ。皮肉なものだね、害物が現れる前までは開戦間近と言われていたのに。害物の情報に関しては、知っていると知らないとじゃ生存率も撃破率も段違いだし、しっかり聞いておくことに損は無いよ。基地の会議室でやるのだ。そろそろ始まるから、案内がてら向かおう」


 ツジはそう言いオギウエの肩を気軽に叩くと、私達は連れ立って会議室へと向かった。

 案内が必要なほど大きな基地では無いが、新人にはこのような機会があった方が良いだろうという判断で、新たな学徒が動員されるたび、私とツジでこのように施設の紹介を行うこととしている。一日でもこの場に早く慣れて貰う為に。


「まず、入り口を入ってすぐの所にあるのが食堂。淡泊な味わいが自慢だね。朝晩のみで、時間は六時と十七時。とはいっても、異能の学徒は陸軍兵士さんが食べ終わってからになるから、その三十分後を目安に覚えておくと良いよ」

「同じ基地に居るのに一緒に食べないのですか?」

「オギウエは知らないかもしれないけど、異能を宿しているとなんだかんだ不気味がられるものなのだ。そういうものだと割り切れば、暫くしたら気にならなくなるよ」


 ツジはまるで当然の事の様に言った。これは彼なりの優しさだろう。あらかじめそういう状況に居るという事を知っているのと知らないとでは、実際に目の当たりにした時の心の持ち様は大きく違ってくる。


「ツジ、そんなに脅かすな。どちらかと言えばそうかもしれないが、もちろんそんな人達ばかりでは無いよ」


 しかし、陸軍兵士とはこれから一緒に害物から日ノ国を守る仲間となるのだからあまり毛嫌いされても困る。あまり偏屈に成らないよう、一応釘を刺しておく事にした。


「ええ、それは勿論です。人間ですもの、異能の有る無しに関わらず、必ず矜持の違いがあるのは理解しているつもりです」


 オギウエは春風の様な爽やかな笑みと共に返答を返した。

 どうやら私の心配は杞憂だったようだ。儚げな見た目とは裏腹に、理解のある回答だ。これであれば、この狂った戦闘続きの前線にも、すぐに慣れるかもしれない。


「お、大人の回答だねオギウエ。クニよ、こりゃオミカワにも見習わせた方が良いんじゃないか?」


 ツジもオギウエの物言いに感心したようだ。しかし、それを茶化すようにオミカワを引き合いに出して来た。ツジはオミカワにちょっかいを出すのが好きなようで、事あるごとにこのような事を言ってはオミカワの反応を楽しんでいる節がある。


「あまり本人の前では言うなよ。ああ見えて案外打たれ弱い所があるんだ」


 しかしその後、興奮気味の彼女を落ち着かせるのは案外骨が折れるのだ。ツジの言う事は下手に的を射ている場合があるので、数回に一度は本人の気にしている所に踏み込んで余計な怒りを買っていることは間違いない。


「はいはい、分かってますよ。さ、食堂の次は風呂場だ。男女は分かれてないから覗かれたく無きゃ気を付けろよ。陸軍兵、学徒の男が入ってからになるから。ま、その辺はオミカワと一緒に行動すると良い」

「お話に出ていたオミカワさんも女性なのですね。良かった、女性が私一人だったらどうしようと思っていたのですが安心しました」


 オギウエは、ほっと安堵の表情を浮かべた。確かに、男所帯の中に一人だけうら若き女性というのは何とも心細い事だろう。しかし、男勝りのオミカワが居ればその辺りは確かに安心かもしれない。


「残りの部屋は陸軍兵士の寝所と通信室くらいかな。一階で俺たちが使うのはこの二カ所くらいかな。二階は作戦説明の会議室がいくつかと、上官殿の部屋。そろそろ勉強会の時間も近いから、残りは終わってから案内するよ。勉強会は二階の会議室。さ、行こうか。他の隊員にもオギウエを紹介しなきゃならないしな」


 二階への折り返し階段を上ると、一番近くにある部屋が第二会議室だ。害物勉強会は毎回ここで行っている。

 扉を開くツジに続いて、私とオギウエも中に入る。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ