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異能の学徒  作者: こゆるぎ あたる
一章 舞坂前線基地 クニエダ班
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クニエダ班

 一九四三年、五月十二日、十四時二十三分。龍眼偵察兵の報告にて、物襲来を確認。現在舞坂基地より八里の距離を進行中。目標、中型四体。同日十四時二十八分、反重力脚一名、龍眼一名、碧落射出一名、空間護壁一名にて征伐を開始。以下、戦闘記録。


 五月の舞坂海岸は風が温く、まどろみを誘う。私は、五月という季節が昔から好きだった。暖かくなり芽吹いた命が、無邪気にそこらを駆け巡り、散歩でもすると気分が良い。小さい時分に野原を駆け回って、父が拵えてくれた竹の虫篭一杯に、蝶々や飛蝗を捕まえた日々を思い出す。

 害物襲来の報は出ているが、まだ八里も先に居るため、鳥も喉かに囀っている。私が目を凝らしてもそれ程先の害物の姿形すら確認できないが、トノサキの龍眼にははっきりと映っているそうだ。


「前に襲撃してきたやつと同じ形をしているから、おそらく今回の害物も“雨車輪”だ。いや、こんな時にサクラダの異能があれば、雨に降られず済むから良いな」


 トノサキは、眼鏡をくいと上げると両手で太陽光を遮りながら、太平洋の遠く離れた害物に向けて視線をやっている。呑気に景色を見ているだけの様に見えるが、これで偵察をしていると言うのだから異能とは恐ろしい。


「雨車輪の〝雨〟は厄介ですからね。僕の異能は害物を攻撃するのには向かないですから、こういう時くらい役立ちますよ」


 その隣に立つサクラダも、緩やかな癖毛を掻き上げ、手を組んでゆったりと身体を伸ばしながら海岸線を見つめている。


 サクラダの異能は“空間護壁”。読んで字の如く、空間に突如として壁を生み出す。範囲も広く、恐らく囲おうと思えば、この舞坂基地全域を覆うことが出来ると聞いた。しかし、壁とは言っても木や土ではなく、何やら形容しがたい半透明の膜の様なものである。以前、蛙の卵を切って開いた様な見た目だと率直な感想をサクラダに述べた所、学徒なのだからもう少し素敵に形容して下さいと窘められてしまった事が記憶に新しい。

 しかしその防御力は折り紙付きで、以前、雨車輪の進行があった折にはその力を遺憾無く発揮し、前線基地を無傷で守り抜いた。


 “雨車輪”は、確認が比較的新しい害物であり、体躯は戦車程。魚の様な姿をしており、翅も無いのに宙に浮いている。所謂中型に分類される害物だ。その特徴は、大きな口から溶解性の水を飛ばしてくることである。害物の個体差もあるそうだが、五里程離れていてもその口から放たれる溶解液は、大粒の雨の様に降り注いでくる。それに触れたが最後、雨粒はその軌跡を残すように、一瞬で溶解させられる。

 そのため、今回のような遠距離からの攻撃を仕掛けてくる敵に対して、サクラダのような空間防護の異能は重宝される。


「それでトノサキ。私のビー玉は、後どれ位で害物にぶち込むことが出来るんだ?」

「時間にして三六十秒って所だな。近くなったら数え上げるよ」

「はぁ、三六十秒ね。長いな、寝ちまうよ」


 笹の葉を咥えながら砂浜に座り込み、気だるそうにトノサキと言葉を交わしているのは、同じく異能の学徒であるオミカワ。学帽を浅くかぶり、時折右目を隠す眼帯を気にしながら、切れ長の左目を細めながら蒼天を見つめている。肩程の長さに一本に束ねられた後ろ髪は緩やかに風に揺れる。


 舞坂基地の異能の学徒の中では、二人しかいない女学徒の内の一人である。“異能の学徒”作戦が実行された当初こそ珍しかったものの、今では各基地に数名、女学徒が在籍していると聞いている。割合で言えば、十人に一人くらいだろうか。


「前の雨車輪には一体落とすのに四発使ったからな。今回は三発で落としてやるぞ、くそったれの害物め」


 オミカワは粗暴な口ぶりで吐き捨てるように言うと、自身の帯革に付いた布の袋からビー玉幾つか取り出し、手の中で弄ぶ。


 バンカラ、とでも言うのだろうか。彼女の言動は端麗な顔に似合わず粗暴である。良く言えば男勝りともとれるかもしれない。


 配属初日から支給制服の学帽も浅く被るわ、外套を肩に掛けるわ、しまいにはその着こなしに対して指導を入れた上官に食って掛かり、着任から歴代最速で懲罰房に入れられた人物でもある。

 懲罰房から出て来てからも態度はあまり変わらなかったのだが、付き合っていく内に、竹を割ったような性格で実の所は素直である事、そして情に厚い一面も多くみられた。

 異能の学徒であることを卑下された者に代わって、心無い言葉をかけた陸軍兵士に喧嘩を吹っ掛けたり、基地をうろつく腹を空かせた犬猫には少ない自分の食事を分け与えたりと、態度とは裏腹に、行うことは気持ちの良い奴であった。

 そんなことで舞坂の学徒からの信頼も厚く、次第に良い姉貴分という立ち位置になっていった。

 

 龍眼のトノサキ、空間護壁のサクラダ、碧落射出のオミカワ、反重力脚のクニエダ。この四名が、舞坂前線基地所属、異能の学徒クニエダ班の総員である。


「オミカワ、一二十秒後に射程に入る。覗いておいて」

「あいよ」


トノサキの言葉に、オミカワは親指と人差し指で輪を作り、右目の眼帯をずらしてその穴から海岸線を見る。


「よし……今日も良く見える。トノサキ、方向合わせてくれ」

「はいはい」


 トノサキは、右目で指の輪を覗いたままのオミカワの頭を両手で掴むと、徐々に左に動かし始める。


「……まだだぞ……まだ見えない……見えた、止めろ!おう、今日も並んで呑気にお散歩してらぁ」


 トノサキに頭を動かしてもらったオミカワは、指の輪を覗き込んだまま、握っていたビー玉一つを掌に留め、残りを砂浜に落とした。


 オミカワの異能である“碧落射出”は仰々しい名前こそ付いているが、説明せよと言われれば単純で、手に持つ物を遠くまで飛ばすというものだ。しかし、射出された物も異能を纏い、計り知れない速度で、威力の減衰は殆ど無く飛んで行く。

 

 以前、害物の大掛かりな襲撃の際に、海上で敵味方入り乱れての大乱戦になった事があった。

 海岸にはオミカワも出撃しており、私は誤って援護射撃のビー玉を左足に喰らった事があるが、その威力は凄まじく、空中を錐揉み回転させられた。やっとの思いで体勢を立て直した頃には、戦闘中であった害物とは、かなり距離が開いていた。喰らった足が反重力脚を発現していたので良かったものの、恐らく胴体や腕に当たっていたら、いとも簡単に貫通し、失血の後絶命していた事だろう。


「オミカワ。もうすぐ射程圏内だ、数え上げるぞ。十、九、八……」


 トノサキが読み上げを始めた。オミカワのビー玉を握る手に力が入るのが見える。


 碧落射出には、対となる二つ目の異能が存在する。特定の眼の前に指で輪を作り、それを覗き込むと、トノサキの異能である龍眼よりも遥か彼方を覗くことが出来るという。しかし視野性は非常に狭く、少しでも動いてしまうと虚空を覗くことになるそうだ。普段から意識せずとも右目の視力が以上に上がった為、オミカワは常に右目に眼帯をしており、征伐の際のみ外している。

 

 今回の征伐の様に超遠距離攻撃を仕掛ける際には、全方位の探知が得意な異能の龍眼の発現者であるトノサキと組んで、その支援を受けながら作戦を行う事が多い。


「三、二、一。射程圏内」


 トノサキが読み終わると、オミカワは掌のビー玉を親指の爪の上に乗せ、残りの指を握り込む。丁度、爪で弾いて小石を飛ばして遊ぶ時の様な、そんな恰好だ。

 この場合の射程圏内とは、オミカワのビー玉で害物を貫ける距離の事を指す。班での連携の賜物で、トノサキはオミカワの碧落射出の威力を熟知している。

 次第にオミカワの周りに磁場が発生しているかの如く、辺りの砂が震えだした。握り込まれたビー玉を中心に、景色が歪む錯覚を覚える。

 トノサキが私を見て頷く。準備は整った。


「征伐開始」


 私の号令と同時に、オミカワの掌から小気味の良い風切り音が浜辺に響く。それに若干遅れて疾風が放たれ、砂浜に座り込むオミカワは、その衝撃で五寸程砂を引き摺りながら後退しており、異能の発射威力を物語っている。

 オミカワは自分の指の輪を覗き込んだまま、砂浜に落としたビー玉を拾うと矢継ぎ早に次弾を発射する。

 発射する物は、もちろんビー玉以外でも掌に収まるなら小石や砂、何なら銃弾でも良い訳だが、本人曰く“丸い方が真っ直ぐ飛びそうな気がする”という事で、毎月舞坂基地には補給のビー玉が届く。

 丁度三回目の風切り音が舞坂の砂浜を駆けた後、オミカワは満足そうな表情を見せた。


「今日は調子が良いや。きっかり三発で落ちたぞ。次」


 そう言いながらも姿勢は先ほどと変わらず、視線は海岸線に向けたままだ。

 害物対策省の発表によれば、害物にも弱点と言う物が存在する。それは、人間でいえば脳に値する機関だ。

 姿形が様々なので一概には言えないが、二つ付いた目のちょうど真ん中に存在するらしく、オミカワもそこを狙って狙撃しているはずだ。


 射撃を続けるオミカワの隣では、トノサキも変わらず海岸線を眺めていたが、急に表情を変え、サクラダに視線をやった。


「“雨”が来るぞ。サクラダ、空間防護の展開準備。範囲はこの砂浜と舞坂基地」


 サクラダは慣れた様子で頷くと、蒼天を見上げて合図を待つ。


「今だ!」


 トノサキの号令と同時にサクラダの掌から薄い透明の幕が、真水に落とした絵の具の様に空中に人がる。丁度舞坂基地と私たちの居る砂浜を覆うような恰好であった。

 それが広がり切った後、晴天の空に夕立のような激しい“雨”が降り注いだ。トタン屋根を激しく激しく叩くような、騒々しい音が辺りを包む。

 サクラダの守護防壁に被っていない先に目をやると、地面に落ちた雨が砂浜を溶かし、煙を上げている。辺からは磯臭い匂いが立つ。時間にして十秒程経つと、雨車輪からの攻撃は止んだ。


「こんないい天気の日にこれだけの雨です。狐もさぞ沢山嫁入りするのでしょうね。幸せだろうなぁ」


 サクラダはそんな軽口を叩きながら、展開していた空間防護を解いた。先程までと同じように麗らかな日差しが辺りに差し込む。


「サクラダ、また頼むぞ。オミカワはどうだ。雨車輪は落とせたか?」


 私が問いかけると、オミカワは舌打ちをしながら首を横に振った。


「駄目だ。三体は落としたけど、一体どうにも固いのが混ざってやがる。何回打ち込んでも抜けやしない」


 オミカワは害物を覗いていた右目を手で抑えながら、吐き捨てる様に言う。碧落射出の異能で遠くを覗いた眼には大きな負担が掛かるそうだ。オミカワは辛そうに右目を瞑り、乱暴に眼帯を下した。

 一度の征伐でオミカワが狙撃できる球数はおよそ二十発で、それ以上は右目が痛んで遠くが見えなくなるそうだ。

 オミカワは雨が降っている間も絶えず攻撃を続けており、丁度二十発の手持を打ち尽くしていた。

 

「クニエダ、後は任せて良いか」

「ああ、助かった。後は任せてくれ」


 オミカワの問いかけに、私は反重力脚の発現で答える。


「雨車輪との距離はおよそ三里。クニエダ、気を付けて」


 トノサキの報告を背中で受けながら、私は空中を蹴り、海上へと飛び出す。 

 

 雨車輪とは情報が少なかった頃から合わせると、三度程対敵した事がある。複数体居る場合には、四方八方から飛んでくる溶解液の相手に苦労するが、残す所一体となれば話は別だ。害物の中では動きは緩慢、口から放たれる溶解液さえ躱せばどうという事は無い。


 風を切り、青々とした海上を進む。太陽の光を受け、海面は万華鏡のように輝いている。

 接敵する前の海上を自由に駆けるこの時間が、私は好きだった。あるのは私と海と地平線のみで、何も邪魔するものは無い。何やら解き放たれた様な気分を覚える。子供の時分、空を舞う鳥のなんと羨ましかった事か。それが現実に、私の身に起こっているのだ。


 郷里の、自宅から程近い小高い丘の上を駆けるのが好きだった。辺りを見渡せば、視界を遮る木々は無く、本当に空を駆けている気分になった。そんな幸せな記憶が過る。


 しかしそれが至福の時間である程、次に起こる出来事への落差は大きい。

 害物の姿をしっかりとこの目に捉えた。口からは青色掛かった溶解液が、沸騰した鍋の中身の様に飛び跳ねている。粘度の高いその液体が、害物の口の中で膨らみ半球になったのを見届けた後、先行して回避行動を取る。害物はそれに遅れて溶解液を射出。反重力脚は小回りが利くため避けるのは容易い。海に落ちた溶解液の弾ける音を聞きながら雨車輪との距離を瞬時に詰める。

  

 反重力脚を操作し空中で数回転し、勢いを付け害物の左顔面を踵で抉る。人で言う骨に当る、外骨格の砕ける鈍い音と、肉が裂ける感触が踵から私の全身に伝わる。


 一撃目を喰らった害物は奇声を上げ、踵で抉った箇所からは体液が噴水の様に噴き出している。自身の口から垂れる溶解液は、自身の皮膚さえ溶かしている。嫌な臭いがした。

 オミカワが言った通り、この害物は通常より外皮が固い。しかし、反重力脚にて、鋼鉄で覆われた“鉄靴”操ることの出来る私にとって、その他の害物より踵の振り抜きが若干遅れる程度でどうという事は無かった。


 私は体勢を崩した害物の上部に飛び上がり、思い切り回転を付けてその頭部の正中線目掛けて思い切り踵を落とした。鈍い感触が足から順に半身に伝わる。私の鉄靴は、害物の頭から首先までを勢い良く裂いた。

 頭が割れた害物は、飛行能力を失って緩やかに水面に吸い込まれていく。そして海面に付いた箇所から泡の様に溶けていった。


 私の全身からは、害物の体液が滴っている。

 人知を超えた異能をこの身に宿し、理由はあれど命を奪い合う。最早どちらが害物なのか分かったものではない。


 早く、誰でも良い。人と会話がしたい。これは、海上に出て害物と相対し、屠った後に顕著に浮かぶ感覚だった。

 害物を屠る度感じるのだ。自分の中の歯車の様な何かが、少しずつ嚙み合わなくなっていくような、奇妙な感覚を。

 国防の為、舞坂基地の同期の為、郷里の為と、私が幾つ理由を背負おうが、命を奪うという行為そのものはいつまで経っても慣れない。

 

 私は害物が水面に溶けきるのを見届けた後、害物の体液の滴る顔を拭って舞浜基地へと帰投した。

 

 風を裂きながら砂浜近くまで進むと、残った三人が元気良く手を振っているのが見え、同時に心に安寧が戻るのを感じた。

 ゆっくりと異能を解いて砂浜に降り立つと、三人は騒がしく私を迎えてくれた。


 「クニエダさん、流石です!いつも頼りになります」

 「ま、班長なんだから、これくらいして貰わにゃ右目を痛めて敵の数を減らした甲斐が無いってもんだけどな」

 「こちらクニエダ隊。害物の征伐を完了。班員損失無し。これより帰投します……よし、報告も完了。クニエダ、お疲れさん。最後の指示を」


 三者三様の暖かい出迎えの言葉。ささくれ立った心になんと響く事だろうか。しかし、班長という立場上、甘えた発言は控えておこう。


 「皆ご苦労、良くやった。クニエダ班、帰投する」


 私は背中に三人の返事を受けながら、重たい鉄靴を脱いで背負い込み、足の裏から伝わる砂浜の暖かさを踏みしめながら、ゆっくりと舞坂基地へ歩を進めた。



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