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異能の学徒  作者: こゆるぎ あたる
一章 舞坂前線基地 クニエダ班
4/15

龍眼の異能 トノサキ


「若造が知った風な口を!」


 頬を叩かれる乾いた音が部屋に響く。


 私の隣に立つトノサキは、我らが舞坂前線基地の上官であるカナモト少尉から放たれた平手により顔面から飛んだ眼鏡を拾い、息を吹きかけ埃を払うと、少々首を横に背け、やや反抗的な目線を返す。その一連の動作を黙って見ていたカナモト少尉は、再び口を開いた。


「もう一度聞くぞ、トノサキ。今何と言った」


 カナモト少尉は、平手を見舞った相手であるトノサキに問いかけた。


「先の戦闘、小型の害物八体の襲来に、異能の学徒四名にて迎撃。内三名は異能と化しての初めての戦闘です。こういった場合こそ歩兵隊の援護が必要なのでは無いのでしょうか、と進言したのです、カナモト少尉。舞坂前線基地の指令官であるのにも関わらず、些か用兵が下手糞過ぎる、とも申し上げました」

 

 トノサキは、平手を食らう直前に放った言葉をそのままカナモト少尉へと返す。眼鏡の奥の切れ目の瞳は、鋭くカナモト少尉に向けられている。

 顔色を変えず、突き刺すような視線をトノサキに向けているカナモト少尉であったが、振り抜いたまま宙を漂う掌は、怒りに小刻みに震えている。


 先の害物との戦闘報告の為、私は舞坂前線基地に帰投した後に指令室に足を運んだ。部屋の中には、龍眼の異能にて偵察任務にあたっていたトノサキと、舞坂基地司令のカナモト少尉が既に睨み合っており、隣に立って暫くトノサキの言葉を黙って聞いていたらこのありさまである。


「貴方達軍部は異能の学徒を本土防衛の要だと声高く叫ぶ割に、実際の扱いは、まるで意思の無い銃弾の様ではありませんか。誰かが死ぬ度、後方から新たな異能の学徒が送られて来て、舞坂前線基地という弾倉に込められ、敵に向かって放たれる。もちろん弾は帰りません。たまに戻れば儲けものだとでも思っているのでしょう」

「止めろトノサキ、少尉に何たる口の利き方だ。立場を弁えろ」


 矢継ぎ早に捲し立てるトノサキを、私は舞坂前線基地異能分隊長という仰々しい名前の立場にあるため形式的に嗜める。しかし、その気持ちは分からないでもない。


 先程の戦闘でナカネは死んだ。カゲヤマ、ササキ両名は意識不明。戦闘後、救護班の担架に乗せられた二人と連れ立って帰投した折に容体を聞いたが、治癒の異能を持つ者が救護に当るものの、今後どうなるかは分からないとの事だった。

 

「単なる学徒の分際で、軍の何が分かった気で居る。私はこの舞坂前線基地の統括を任され、害物からの防衛以外にも行わなければならない行動が山ほどある。その中で、戦闘しか能の無い、お前達異能の学徒のみを防衛に当たらせる事の何がおかしい。災害時の訓練すらまともに受けて無い、異能を振り回す事しか能がないお前達にこそ、防衛任務が相応しいと判断しているまでだ。次に口答えをしてみろ。前回の様に懲罰房へ入れても良いのだぞ」


 カナモト少尉は、顔こそ冷静を装っているが、息は荒く、目は血走っている。相当なお怒りに違い無かった。


 少尉のおっしゃる事も私は十分に理解出来る。兵士としての訓練を受けていない我々学徒は、害物の内地進行を許した折に受けた、生活基盤の立て直しの作業には疎い。瓦解した建物の撤去や、道路の補修等、有事の際に必要な行動は知らぬに等しい。そして、そちらに人員を割かねばならないのも紛れもない事実である。


 無論トノサキも無知ではない。そのことは十分理解しているはずだ。今回、食って掛かっているのは違う所に怒りを覚えての事だろう。


 害物の体液を注入され、異能と化した我々のような存在は、元々軍に在籍していた者達から気味悪がられ、疎まれ、人外の様に扱われる事が多分にあることは理解している。“異能の学徒”の計画が実行され、私は第五十三号として異能を発現したが、計画が実行された当時はそれが非常に顕著であったことを思い出す。


 その頃の日ノ国の戦局は、今の様に海岸沿いに前線があった訳では無く、もっと内陸まで害物に侵攻されていた。これ以上の進行を許すと、都市は壊滅し、立て直しが効かなくなる所まで押し込まれていた。決死の軍部の交戦も空しく害物の進行は止まらず、戦線は次第に押され、負傷兵も増えていく。

 元々私も単なる学徒動員にて歩兵として戦闘に参加していたのだが、その戦闘の際に小型害物の自爆を受け両足を負傷し、野戦病院へと収容されていた。


 呻き声と腐り行く血肉の匂いが充満し、昼間であってもどこか薄暗く、地獄が顕現したかのような光景だった。私も、腐り行く両足の激痛に耐えながら、日ノ国の行く先を憂いていた。


 そんな時、白衣と面を被った集団が連れ立って入ってきて、負傷兵全員に謎の注射を打って回った。それが日ノ本各地で行われていた、害物の体液を学徒へ注入し、異能を発現が見られた者を前線に立たせて本土防衛を行わせるという“異能の学徒”計画だった。


 私は運良く異能を発現し、腐りかけていた足も治り一命を取り留めたのだが、その時から〝害物の体液を注入された不気味な人間〟という扱いを数多く受けてきた。

 

 正直な意見を言えば、異能の学徒は戦力の増強、戦線維持に一役買っているのは紛れもない事実の為、感謝こそすれ、疎まれる扱いを受けるのは些か納得出来ないのだが、逆の立場でも迷いなくそう考えることが出来るかと言えば違うだろう。

 害物にはこれまで、大事な土地を、人を無慈悲に蹂躙されているのだ。いわば、そんな敵の体液を注入されている人間とあれば、多少の嫌悪感はついて回って当然とも言える。


 しかし、我武者羅に害物との幾多の戦闘を乗り越え、異能の発現から一年程経った現在は、その頃に比べればではあるが、表立って疎まれる事は少なくなった。皆、自分に代わって矢面に立ち害物を征伐する、〝異能の学徒〟という異質な存在にも慣れてきたのであろう。


 もちろん、未だにそのような事を正面切って言う者も居る。カナモト少尉は、些かそれが顕著だ。

 

「使い捨てのような采配を止めて戴きたいのです、カナモト少尉殿。異能を宿してはいますが、我々も日ノ国を案ずる気持ちは同じであります。またお言葉ですが、前回私を懲罰房に入れた時の事はお忘れでは無いですね。現在、舞坂基地に所属する異能の学徒は十三名のみ、この人数で舞坂戦線を維持出来ているのは、私の偵察に秀でた異能があればこそ。私の龍眼が無ければ、次こそ舞坂基地が失われる事となるでしょう」


 トノサキは眼鏡を中指で押し上げながら冷静な口調で言い放つ。


 カナモト少尉とトノサキの衝突は今に始まった事では無い。襲撃がある度、大なり小なりこのようなやり取りを繰り返している。上官にこのような口を聞けばどのような罰が下ってもおかしく無いのだが、トノサキの〝龍眼〟無くしては襲撃の絶えない舞坂前線の維持が困難という事は、異能の学徒以外の兵を含む舞坂基地に所属する全員の総意である。そのため、カナモト少尉にとっては扱いづらくてしょうがない事だろうと思う。


 カナモト少尉は大きくため息をつくと、後ろで腕を組み、私達に背を向ける。


「もう良い、下がれ。クニエダ、トノサキによく言い聞かせておくように」


 私は短い返事と共に一礼し、指令室を後にした。その後ろにトノサキも続く。

 カナモト少尉の異能軽視は、トノサキの態度にも一因があるのではないかと私は思っているが、余計な事には口を出すまい。


 指令室を出て、別棟の宿舎へ掛かる廊下に差し掛かる頃、トノサキが口を開いた。


「全く、あの石頭の異能嫌いにはほとほと呆れる。弩級腕と念力、育て上げれば強力な異能にも関わらず、捨て駒のようなこの采配だ。本当の意味で舞坂を防衛をしようという気があるのか疑問だね。クニエダもそう思わないか」


 トノサキは眼鏡を指で押し上げながら、大きなため息をついて吐き捨てる様に問いかけてきた。


「お前の話に思う所はあるが、毎回少尉に向かってあんな態度を取っていては、いつかはその異能を宿した目玉をくりぬかれて罰されても文句は言えないぞ」

「はは、くりぬいた目玉で索敵が出来るなら、今すぐにでもカナモトの奴は俺を殺しているだろうね。もっとも、僕の異能の〝龍眼〟が無ければこの戦線が維持できないことを身をもって知っているからこそ、僕に処分は下すまい。いやそれにしても、あの石頭の怒りっぷり、毎度見るたび胸がすくようだ。それに、誰かが言ってやらねば、他の異能の学徒の留飲も下がらないだろう」


 トノサキは、先程とは打って変わって調子良く、楽しそうに言葉を続けた。


 トノサキの宿している〝龍眼〟は、敵の探知に優れた異能だ。自分に発現していないのでどのように害物を感知するのか感覚は分からないが、トノサキの言葉を借りるのであれば“目を閉じていようと寝ていようと、十里先の害物の大きさ、数まで、目で見たように頭に浮かぶ”との事だ。初めて聞いた時は眉唾であったが、いざトノサキが偵察任務に就くと、その正確さに舌を巻いた。

 おまけに状況把握能力も優れており、害物の移動速度から舞坂基地への到達時間を算出して、ピタリと報告が来る。時間のゆとりは心のゆとりとは良く言ったもので、急な襲撃と、あらかじめ分かっている襲撃とでは防衛の行いやすさは段違いだ。加えて、トノサキの龍眼の異能は、同じ異能を宿している者と比べて、探知能力に於いて大きく優れている。


 以前、今回の様に作戦に苦言を呈したトノサキが、カナモト少尉の逆鱗に触れ、ついに懲罰房へ入れられた時の話だ。


 龍眼の異能を持つ者はトノサキだけでは無い。丁度その頃、舞坂基地に龍眼持ちの新たな学徒が配属になっていた為、トノサキの代わりに偵察を行わせていた事があった。同じ龍眼の異能持ちなら問題あるまい、というカナモト少尉の判断だった。


 トノサキが懲罰房に入った二日後の深夜、龍眼の学徒が敵を察知し報告が上がってきたのだが、この報告には悪い意味で驚かされた。

 害物の正確な数は不明、種類も不明、おまけに距離は二里先と、もはや舞坂基地の目と鼻の先であった。

 その龍眼の学徒は異能と化したばかりで練度が低かったのも相まってこのような報告となったのだが、決してその龍眼の学徒の異能の力が特出して弱かったという訳ではない。通常、龍眼で探知できるのは現実的に三里先が精々だという。


 この時、舞坂基地内に置いて認識が不足していたのは“龍眼”という異能はトノサキの宿しているものであり、同じ龍眼を持つ学徒であればトノサキの偵察と同じほどの働きをする、という考えがあったことだろう。恥ずかしながら、私もそう思っていた内の一人である。

 舞坂基地の誰一人として、着任してからトノサキが行ってきた龍眼偵察が異常な検知能力を誇るという事を認識していなかったのだ。


 そのトノサキの偵察能力に知らずの内に頼っていた舞坂基地は、火にかけられたような大騒ぎになった。いつもはしっかりと戦線を張ったのち迎撃出来ていたのが、その時は眼前に迫る害物に、装備を整える暇さえ無いのだ。当然である。

 その戦闘では異能の学徒四名、歩兵十余名戦死という大きな打撃を受けることとなった。後から聞いたところによると、トノサキは懲罰房の中から敵の襲来を叫んでいたという。


 その頃から、トノサキの龍眼の有用性というのが舞坂基地全体に知れ渡る様になり、いくら上官に口答えをしても、カナモト少尉から煮え切らない叱咤を受ける程度となっている。無二の偵察力なのだからそうもなろう。


 私とトノサキは長い渡り廊下を抜け、ようやく目的地である、舞坂前線基地の別館へと到着した。

 舞坂前線基地は、本館、別館と別れている。本館には、指令室、救護室、食堂、風呂場、休憩室、寝所と、一通りの設備が整っており、施設として十分な機能を持っている。しかし別館はと言えば、舞坂所属の兵士から“掘っ立て小屋”などと呼ばれており、平屋で間取りは大広間のみ。ここは、異能の学徒の寝所である。

 わざわざ丁寧に建てられたそこは、一切の仕切り等は無く、只眠るだけの場所だ。異能の学徒を気味悪がる兵士の為に作られた、いわば隔離棟である。しかし、戦時中である事を考えれば、寝床があるだけで上等である。それに、同じ境遇の者たちが集まっているためか、皆仲が良く、毎晩騒がしくない程度に賑やかだ。

 立て付けの悪い引き戸を苦労して開けると、布団に入っている者、隠して持ち込んだ花札に興じている者、学んでいた勉学について議論を交わす者、各々の視線が一斉にこちらを向いた。

 その中の一人、サクラダが駆け寄って来る。


 「クニエダ班長、トノサキさん、ご苦労様であります」

 

 サクラダは、見た目からして温和だと分かるような目尻の下がった瞳で私とトノサキを交互に見た後、姿勢良く敬礼をする。

 寝所ですらこのように礼儀正しく、口調にも嫌みが無いので、異能の学徒の中でも弟の様に可愛がられている人物だ。

 しかし、寝所でゆっくり休んでいる中、サクラダのみがこのような対応だと、それを見ただけで気を使ってしまい気疲れする者もいるだろう。事実、他の学徒の何人かが布団から出て、姿勢を正して私とトノサキに一礼をしていた。


 「サクラダ、寝所では班長も敬礼もいらないと言っているだろう。ほら、布団に戻ってゆっくり休め」


 私はあえて皆に聞こえる様に、サクラダに声を掛けた。


 「すみませんクニエダさん。つい癖で。それで、カゲヤマとナカネ、ササキとは一緒ではないのですか?出撃前、ひどく取り乱していたので心配で。作戦会議の時も、なんだか虚ろでしたから」


 サクラダは私から見ても良く気が付く青年で、このような状況下でも人を思いやることが出来る数少ない人間だ。加えて、舞坂基地に新たに入る異能の学徒の世話係をしているので、今回戦闘に出た三人にも、基地での規律等を教えていた。そして今回の出撃人数の少なさに腹を立てていた一人であった。


 言いにくいが、隠してもすぐに分かる事だ。私は今回の戦果を隠さず答える。


「ササキとカゲヤマは害物の特攻を受けて現在治療を受けている。ナカネは……それをまともに受けて戦死した」


それを聞くと、サクラダの目は曇り、悲し気にうなだれた。


「そう……ですか。やっぱり、無理やりにでも援護に行っていれば良かった。新人三名をいきなり前線に出すなんて。カナモト少尉は何を考えていらっしゃるのか」


 サクラダは、握りこぶしを自分の太腿に打ち付けて悔しそうに吐き捨てた。


「すまない、私の力不足でもある。海上で害物を落とせなかった為にあの三人にも戦闘をさせることになってしまった」

「あ……いえ、決してクニエダさんの事をどうこう言った訳では……」


 サクラダがそう言いかけ口を噤み、神妙な雰囲気になったのだが、それを見かねてかトノサキが口を開いた。


「ああ、何だよ二人とも押し黙って。今回の事はクニエダのせいでもサクラダのせいでも無いよ。ここは戦場、しかも最前線だ。起こった事はしょうがない。あの石頭のカナモトには、今日も啖呵を切ってやったよ。こんなやり方、いずれ上層部の目にも止まるさ。ほら、明日も早い、皆、そろそろ寝よう」


 唇を噛みしめ、怒りと悲しみを堪えるサクラダの肩を軽く叩いた後、トノサキは手を鳴らして消灯を促す。それを受けて、周りの者ものそのそと自分の布団の中に帰って行く。


 死ぬときはあっけなく死ぬ。同じ境遇の学徒と言えど、いちいち感傷に浸っていては明日が乗り切れない。冷たく感じるが、明日は我が身と割り切るしかないのだ。

 私も、とんびコートを枕元に畳み、布団の中に入った。トノサキの消すぞ、という声と共に、ランプの灯が落とされる。


 隣の布団のサクラダから、何か呟く声と、押し殺した啜り泣きが微かに聞こえたが、私は聞こえないふりをして目を閉じた。



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