表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異能の学徒  作者: こゆるぎ あたる
一章 舞坂前線基地 クニエダ班
2/15

舞坂前線

異能の学徒



 一九四三年、三時二十四分。舞坂前線基地の海岸先六里地点に害物の出現を確認。同日三時二十九分、異能の学徒出陣。反重力脚一名。弩級腕二名。念力一名にて征伐を開始。以下、戦闘記録。


 見慣れた舞坂の海岸に生温い風がそよぐ。明け方近く、普段は吸い込まれそうに暗闇に染まる海は、前線拠点からの強力な電光に照らされちらちらと輝いている。

 この場には自分の他に三人の学徒が居り、いずれも舞坂前線所属の学徒である。

 

 私はちらと三人の表情を覗く。恐怖とも興奮とも取れぬ、作り物の様な表情をそれぞれに張り付けていた。あるものは歯を鳴らし、あるものは血が滲むほど拳を握り、海の先の巨大な影を眺めている。


 彼らは“異能“と化して初めての戦闘である。無理は無い。


「皆、初めての害物との戦闘にさぞ鬼胎を抱いている事かと思う。龍眼偵察によると小型の害物が八体との事だ。まず私が海上へ打って出て数を減らし上陸阻止を試みる。しかし八体全ての撃破は難しい。撃ち漏らした害物はこの舞坂基地へ向かう筈だ。弩級腕のササキ、ナカネは上陸直前の害物を叩け。カゲヤマはその援護を。知っての通りここ、舞坂前線基地は害物との戦いにおける、日ノ国屈指の防衛拠点である。一匹たりとも海岸を抜けさせるな。それは日ノ国瓦解を意味する。心して掛かる様に」


 三名の学徒は震えた声で返事をするが、波の音に掻き消され、霧散する。


 私は学帽を深くかぶり直し、奥歯を強く噛み締める。実の所と言ってしまえば、私とてこの三人と同じなのである。叶う事ならこの場から逃げ出し、故郷の母の胸に飛び込みたい。体の弱い父と熱い抱擁を交わしたい。


 しかし私は、縁あって再びこの戦場に、前線に帰って来た。一度は害獣に屈したこの身であるが、異能を宿しここに帰ることが出来たのだ。もう、自分の身体ではない。家族の為、そして何より日ノ国の為、その名の通り粉骨砕身の覚悟で挑まなければならない。


「クニエダ班長……正直に申し上げて良いでしょうか」


 新人学徒の内の一人、弩級腕の異能を持つナカネが恐る恐る口を開いた。


「どうしたナカネ。言ってみろ」

「はい……私は、恐ろしくてしょうがありません。今も足が震えて居ます。訓練所で一通りの異能についての講義は受けましたが、こんなにも早く、害物と戦う事となるなんて」


 そう言うと、ナカネは絶句して項を垂れる。まだ幼さの残るその顔には、目に見えて恐怖の表情が浮かんでいた。無理も無いだろう。数か月前まで学生だった人間が、人知を超えた怪物と命を懸けて戦えと言われるのだ。 


「その気持ちは痛いほど分かる」


 私から出た言葉が意外だったのか、三人はふと顔を上げた。


「クニエダ班長程の方でもそう思うのですか?舞坂前線基地で受けた講義の中で聞きました。最初期の戦いから参加されており、ほとんどすべての防衛戦いに参加されて、数々の戦果を挙げ、かつ今なお生き残っておられるクニエダ班長でも、そう思うのですか?」

「無論だ。班長などと肩書こそついているが、私も君たちと同じ異能の学徒である事は変わりないんだ。勿論怖いさ」


 三人は驚きに似た表情で私を見つめる。


「我らの敗北は舞坂前線基地の敗北、ついては日ノ国の敗北と心得よ。これは害物征伐前の日ノ国軍隊の口上であるが、こんなことを口にしたところで根底の思いは変わらない。私だって君たちと同じなんだ。怖いものは怖い。親兄弟の元へ今すぐにでも飛んで帰りたい。だが、ここで私達が奮い立たねば、舞坂は、日ノ国は、郷里に残した家族はどうなる」


 少々表情を和らげ、三人に向かって声を掛ける。


「付け加えて言うのであれば、君たちの発現している異能は実に強力だ。私の反重力脚と比べるとナカネ、ササキの異能である弩級腕など、比べ物に成らぬ程力強い。磨けば一撃の威力はどの異能にも引けを取らない」


 これは実際の所、そうだ。自信の膂力が人ならざるところまで引き上げられる弩級腕の異能は、各地の前線基地で多大な成果を上げている。


「それに比べて私の異能の反重力脚など、宙に浮く事は出来るが、この重たい鉄靴を履いて、勢いを付けて蹴りつけないと害物を屠ることは叶わない。加えて言えば、この鉄靴のおかげで、異能を発現させなければまともに歩く事さえままならないんだ」


 私は、履いている鉄靴を大袈裟に、そして重たそうに動かしてみせた。


「害物の動きを制限するという事に関して言えば、カゲヤマの念力など一等の効果がある。各々、強力な異能を宿しているんだ。その恐怖を忘れる事は難しいかもしれないが、そのような力を宿していることは事実なのだ。日ノ国の為、その力を貸して欲しい」


 私の言葉を聞いて、先程までの張りつめた三人の表情が、ふと和らいだのを感じた。 

 同時に、私は私が恐ろしくもあった。歳も同じ頃の、つい最近まで単なる学生であった人間に、命を賭して戦えと言ったのだ。舞坂前線基地、異能の学徒班班長の仕事とはいえ、只、ここにいる三人より少し早く異能を発現し、少しばかり多く戦闘に生き残っただけの私が。


 私が所属する舞坂基地の学徒が死に、新人が入れ替わる度、私は少しおどけながら同じ言葉を吐き続けている。私も怖い、一緒だと同情を誘い、宿した異能は強力だと付け加え、そして日ノ国の為に戦おう、と。

 

 害物との戦闘は恐ろしい。しかし、このような言葉が平気で口をついて出てくるようになって来ている自分の事もまた恐ろしかった。最近、自分の本心がどこにあるのか分からなくなってきている。願わくば、三人に掛けた言葉が、私の本心から出て来ている、三人を案ずる言葉でありますように。


「さて、戦闘前の話はここまでにしようか。害物は今なお舞坂基地に向かって来ている」


 三人は力強く頷いた。


「では始めようか。いざ、征伐」


 私は、自身の異能である、“反重力脚”を発現させ、浮き上がる。

 そして、脚と地面との反発を利用し、電光に輝く海上へ蹴りだした。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ