小型害物、襲来
しかし僕のその予感とは裏腹に、第一班の戦闘は見事なものであった。
“健磐龍命”の緩慢な動きを完全に見切り、つい数日前に寄せ集められたとは思えない程の連携で攻撃を加えている。
「目標、大きく咆哮。前脚にて異能の学徒へ攻撃を試みています……第一班総員、それを回避。激蹄の異能にて反撃」
隣で報告を入れているハヤシの声も先程と比べて落ち着いたものになっている。僕の千里眼で見ても、各班員の攻撃は僅かずつではあるものの、目標の膜、いわば体力を着実に削っている。このままいけば、撃破が可能なのではないであろうか。今の状況を見れば、そのように感じられる。
激蹄の異能が目標の両脚部を攻撃し、体勢を崩した所に弩級腕が頭部を中心に連打を加え、波動砲、念力が追撃を加えている。膜の発現をしている異能の学徒の動きは以上だが、視界の遠くに粒の様に映るその他の班員も攻撃を加えているようだ。
そこから数十分、第一班の絶え間ない猛攻が、“健磐龍命”を叩く。
正直その戦闘の様子を見て、先程渦巻いていた不安は大いに和らいでいた。ハヤシも同様の様子である。
本部でさえ、第一班の猛攻の様子を定期報告すると、了解、の一言の返事が返って来るのみである。
「なあトノサキ。目標の様子はどうだ?俺の千里眼には、かなり派手な外傷が見られるぞ」
「僅かずつではあったが、戦闘開始時と比べたらかなり“膜”が薄くなって来ている。目標からの反撃が無いから一方的だな。やはり水を使って攻撃をしているという本部の見立ては正しかったらしい」
「全くだ。今の進行方向にはせき止められて干上がった川しかないし、心配することもあるまい。はは、戦闘が始まる前はどうなる事かと思ったが、始まってしまえばどうという事は無い。いつもの前線での戦闘と変わらなかった」
ハヤシはそう言い、ほっとした様子で固い椅子に座り直す。
そういう僕も、拳に握りしめて恐怖と不安でじっとりと濡れた無線機を、ようやく机に置いた。
「そうだね。強力な害物と言っても攻撃の元を断つことが出来れば、案外このような結果になるのかもな」
「いやはや、流石は各地の選りすぐりの部隊の第一班。あの戦っぷりを見れば各前線の安定も頷ける。これからの日ノ国の防衛線も安泰だな」
ハヤシは調子が戻ったように饒舌に話し出す。
確かに、それは尤もであった。
まるでこの編成で長年害物を征伐してきたかのような連携により、“健磐龍命”の足を止め、反撃を見事に避け、強力な一撃を加え続けている様子を見れば、そう思うのも当然である。
僕も同意を示そうとしたその時。
龍眼の反応区域に、現在戦闘を繰り広げている遥か後方で害物反応があった。
大きさとしては小型で、数は一体。
通常の小型種の飛行速度と比べると半分ほどの速度であった。
ただ、この手練れたちの戦闘に小型の害物が一体加わったところで、言葉通り瞬間的に屠る事は出来るだろうが、報告をしない訳にはいかない。無線機を再度握り締める。
「こちら第二偵察班トノサキ、本部へ」
“こちら本部、どうぞ”
「現在の戦闘区域よりおよそ二里(約8KM)後方、海岸より小型害物一体接近中。進行速度から予想すると、およそ九分後に接敵となります」
“小型一体のみ?問題無かろう。念のため、部隊に共有しよう”
無線はぶつ、と乱暴に切られた。
「なんだ、新手が小型一体とは。やはり相手さんも超大型一体を出したから景気が悪いようだな」
ハヤシは余裕綽々といった様子で言う。
害物の島からの出現には“限界”がある、という研究結果があるとの予想も立てられているので、その影響の事を言っているのだろう。
各前線基地に現れた害物を対策本部がまとめた結果生まれた仮説。
ある場所で大型が出現した日は、その他の場所には殆ど大型が出現しないのだ。
つまり、日ノ国に侵攻してくる害物には“限度”というものがあり、小型が全ての前線基地を侵攻してくる日はあれど、大型が各前線基地に一斉に出現する日は無い、というものである。現在も観測中であるという事だが、その仮説から大きく外れた日は無いと記憶している。
現在進行してきているのは、超大型に分類される“健磐龍命”。そのため、害物の出現に“限度”があるというその仮説が正しいとするのであれば、現在、各前線基地に襲来する害物の数は極端に少ないと言う訳だ。
小型の害物一体。確かに、脅威にはなりえないだろう。
しかし、龍眼でその姿を捉えると、何かが引っかかる。
大抵の小型の害物は球体をしており、高い飛行能力を備え、死の間際に爆発するものが殆どである。それにも関わらず、観測した小型の害物の形状は細い三角錐のような形状をしており、その体を揺らしながら、いや、回転させながら侵攻している。しかも、通常個体と比べれば、それほど早くは無い速度で。
しかし、考えたところで状況は変わらないだろう。
接敵が近くなったら再度報告を流し、処理して貰う他無い。
戦闘中の第一班に視線を戻すと、先程と同じく無難に戦闘が進んでいた。しばらく戦闘を見ていたが、やはり危なげは無かった。
そして、一、二分後には小型の害物が戦場に現れるという頃合いに成ったので、第一班の戦闘を観測しているハヤシにその姿の目視を依頼することにした。
「ハヤシ、そろそろお前の千里眼で小型害物が目視できるだろう。通常の小型と形が違うんだ、報告の為に見てくれないか?」
「現在の方角は?」
「十一時の方角だ」
ハヤシはじっと目を凝らすように、小型害物の向かって来る方向を見据える。
しばらく無言のハヤシであったが、唐突に口を開いた。
「……いないぞトノサキ」
「まさか、僕の龍眼は間違いなく感知しているぞ。この方向の直線状だ」
僕は小型害物の方向を指さした。
再びその方向に目をやるハヤシだったが、その表情が曇る。
「いや、本当に見当たらない。お前の異能の感知が間違っているのではないか?」
そんなはずは無い。確かに害物を感知しているのだ。僕は焦り、再び小型害物を龍眼にて補足する。
やはり、そこに反応がある。居る。先程までと変わらぬ速さでこちらに向かって来ている。
しかし、ふと違和感を覚える。何かが、何かがおかしい。
瞬間、唐突に理解した。冷汗が顔を伝う。
同時に悟ったのだ。
異能第一班に、危機が迫っているという事を。
「地中だ……」
「何?」
「地中を向かって来ている……!!」
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