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異能の学徒  作者: こゆるぎ あたる
二章 九州本土決戦
12/15

決戦直前

 一九四三年、七月四日、晴天。九州の地に到着して四日目。

 昨日までのけたたましい現代兵器の騒音は全く聞こえて来ず、静かな朝であった。昨日まで行われていた陸海空の連合軍の総力を賭けた攻撃は、いよいよ“健磐龍命(たけいわたつのみこと)”の侵攻を止める事は無かった。


 それが意味するのは、本日から“異能の学徒”による特攻が行われるという事だった。偵察の任についている僕は、同じくハヤシと共に早朝から偵察に駆り出され、ついに舞坂基地の異能の学徒と出会うこと叶わず、間もなく決戦の時間となる。



「トノサキ、お前はここに来てから欠かさずに手帳になにやら書き込んでいるな。戦況でも残しているのか?まさか遺書じゃないだろうな」


 日記を書いている途中、ハヤシは訝しげな表情で僕の手帳を覗こうとしたので、音を立てて閉じる。


「まさか、単なる日記さ。小さい頃からの習慣でね、日中に必ず付けているんだ」

「日中に?夜ではなく?」

「夜は色々な考え事が頭を巡って気持ちが落ち込むからね。昼間の方が前向きな事が書けそうじゃないか」

「ふぅん、そういう物か」


 ハヤシは急に興味を無くしたように呟き、視線を遠方に向ける。その方角には、“健磐龍命(たけいわたつのみこと)”が居る。


 その姿を、僕はまだ間近で確認していない。無論、龍眼でその強大な存在を常に感じてはいるが、遠くを望遠鏡のように見通す能力では無いからだ。


 僕が偵察任務に着任した時から観測していた通り、三日間の最新兵器での攻撃が行われていた。攻撃が致命的な効果を与えた様子では無かったものの、表皮にひび割れが確認され始め、全くの効果が無い訳では無かったと推察された。

 

「……風が強くなってきたな」


 ハヤシは独り言のように呟いた。


「台風が来るって話だからね」

「害物に台風に……九州戦線は大忙しだ」



───異能の学徒特別編成班、第一般が戦闘を開始する。ハヤシ、トノサキの第二偵察異能班は随時本部に状況を報告されたし。


 正気を保つための下らない会話をしていると、本部から無線が入る。


「了解。引き続き偵察を行います」


 ざらついた無線機からの言葉を受けハヤシが返答を返すと、本部の無線はぷつと途切れた。

 ハヤシは溜息に似た深呼吸をすると、遠い前方に居る“健磐龍命(たけいわたつのみこと)”をじっと見つめる。


「トノサキ。この戦い、勝てると思うか?」


ハヤシは、若干震えた声色で僕に問いかける。


「分かる訳が無いだろう。今は前線の学徒達に任せるしかない」

「……そうだな」


 ハヤシが何が言いたいのか分かったが、僕はそれに乗らない事にした。

 

 死への恐怖。同郷の仲間の身の安否。未確認の害物の強さはどれほどのものなのか。

 そんなことが、頭の中をぐるぐると巡る。それは僕も同じである。しかし、ひとたび“それ”を口に出せば、心が折れる。逃げだしたくなる。

 恐らくハヤシもその事は理解しているのだろう。僕の返答には口を真一文字に噤み、じっと遠くを見つめて居る。


「……“健磐龍命(たけいわたつのみこと)”との初めての戦闘である第一班、これにどんな意味を持たせているとトノサキは考える?」


 かと思えば、ハヤシはそんなことを聞いてきた。口調は昨日までと同じく軽薄で斜に構えた様子であったが、声は震えている。

 僕の考えを正直に吐露してもいいものだろうか。しかし、ハヤシもこの害物との戦線を生き抜いて来た“異能の学徒”の一人なのだ。慰めの様な言葉を言った所で仕方が無い。

 僕は敢えて、誠に正直で素直な意見を言う事にした。


「本土での初めての戦闘だ。すぐにやられては話に成らない。恐らく、継続戦闘能力の長けている者が中心となっているはずだ。無論、第一班のみで撃退する事も念頭に置いているだろうから、下手な異能の使い手は一班には組み込まれないだろう。ここでの戦闘で敵の攻勢を計測して次に繋げることも、本部、いや、日ノ国にとって重要な事だろうからね」

「うん、本命は……そうだな、第四班から五班と言ったとことか。集められた異能の学徒の人数から考えるとそれくらいが妥当だ。差し詰め第一班は様子見の意味合いが強いだろう。大半は帰ってこないかもしれない」


 ハヤシは感情の読み取れない、抑揚の無い声で言い放った。 

 第一班に危険が多いとはいえ、日ノ国を背負って戦闘に挑む者達に“帰ってこない”などとは。その口ぶりは、僕が知るハヤシのものでは無かった。


「どうしたハヤシ、帰ってこないなんて言うなよ。異能の学徒の継続戦闘時間を考慮して撤退命令も出るだろう」

「世話になった、自身の半身とも言える人間が今死地に向かうのだ。捨て鉢な言い草にもなるさ」

「どういうことだ?」

「同じ横浜基地のカキクラが、第一班を率いるそうだ」


 その言葉に僕は言葉を失った。

 ハヤシは深くため息をつく。


「異能の学徒と言えば、軍部、いや、普通の人間からしたら気味悪がられる存在だ。しかし、カキクラは誰からも好かれていた。人懐っこい奴なんだ。横須賀前線は、カキクラで保っていたと言っても過言ではない」


ハヤシの言葉に、僕は無言で返す他無かった。


「随分助けられた。辛い戦闘が続く中、カキクラだけはいつでも明るく、横須賀前線の異能の学徒、陸軍兵士をどれだけ力を貰っただろうか」

「ハヤシ……」

「俺は偵察の任を受け持っている。もしカキクラが危険な目に合っていようと、それをこの場から本部に報告するのみなんだ。駆けつけてやれもしない。この気持ち、分かるだろう?」


 ハヤシの気持ちは痛い程理解できた。もし第一班の班長がクニエダだったら、ツジだったら、オミカワだったら、サクライだったら、オギウエだったら。そう考えるだけで正気を失いそうな思いに駆られた。


───第二異能偵察班。第一班が戦闘を開始する。随時報告を行う様に。


 ざらついた無線の音が、ささくれた心を逆なでる。



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