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異能の学徒  作者: こゆるぎ あたる
二章 九州本土決戦
11/15

一九四三年、七月三日、曇り。九州の地に到着して三日が経つ。愛知の舞坂基地と比べると暑さが若干強いが、流石に慣れてきた。

 身一つで戦う異能の学徒はいいかもしれないが、戦車、軍艦、航空機に搭乗する兵士には辛いものなのだろうか。

 毎日の様に、負傷者がこの前線基地に運ばれてきているそうだ。


 今現在、戦況は膠着状態にある。


 本部の意向で、先ず陸軍の砲台、戦車。海軍の軍艦。空の航空機を用いた合同戦線により害物の征伐をするとの事で、九州前線基地に駆り出された異能の学徒達は後方支援、負傷者の手当の手伝いをしている。


 これほど大々的に現代兵器が用いられるのは、先の本土決戦以後では初めての事だと思う。

 今までの様な、小、中型の害物の征伐にまで戦闘兵器を用いていると莫大な資源がその度に必要になるため、目標が大きい方が戦闘兵器を動かしやすいのだと噂で聞いた。

 加えて、異能の学徒ばかりに戦果を挙げられることに不都合がある上層部の意向もあるとの事だ。全く、団体と言うものは大きくなればなるほどしがらみが増えるのだとつくづく実感した。


 かく言う僕は着任早々、各地から集められた異能の偵察兵と共に、前線基地に建てられた連絡基地に詰めている。

 連絡基地と言えば聞こえは良いが、言ってしまえば前線基地に程近い山の上に建てられた簡素なやぐらである。

 ここで、“健磐龍命(たけいわたつのみこと)”と陸海空軍の戦いの状況を九州前線基地に伝える役割をしているのだが、ここに集まる偵察異能兵とは、舞坂前線基地でも通信をしていた間柄なので、打ち解けるのは早かった。


 噂によると、今日の陸海空軍の攻撃で“健磐龍命(たけいわたつのみこと)”が退けられない場合、各地から集められた異能の学徒出陣となるらしい。

 本部の用意した“二の矢”である我々異能の学徒が、出陣しないのであればそれは願ったりかなったりである。願わくば、今日で無事に征伐されることを願い、筆を置くこととする。

 


 蒼空を行く航空機の編隊が、肉眼では遥か遠くに豆粒程の大きさに見える“健磐龍命(たけいわたつのみこと)”へと向かう。その姿も小さくなる頃、目標地点に閃光が走り、そして遠くから爆発音が響く。


「こちらハヤシ。航空機爆撃着弾を確認、“健磐龍命(たけいわたつのみこと)”の外皮に損傷軽微。依然目標に動きなし」

“了解。引き続き航空爆撃を行う為、経過を報告されたし。以上”


 無線機からのざらついた声はぷつりと切れ、隣で報告をしていたハヤシは溜息をついた。


「三日間丸々、現状最新鋭の現代兵器で叩いてもこれでは、最早異能の学徒が打って出た方が早く終わると思うのは私だけか?いや、無論素人考えの意見だけども、それが一番手っ取り早いのではないか?」


 ここは丘の上に建てられた櫓の上。

 男二人が一つの無線機の前に雁首揃えて座らされている。


 僕の隣に座る横須賀前線基地から馳せ参じたハヤシは、軍部の上官が居ないのを良いことに、櫓の上にわざわざ地上から桶を引っ張り上げ、そこに水を張り、足を付けて涼をとりながら呆れたような態度だ。

 

「まあ、これは軍部にとって必要な作戦というのは理解している。この後異能の学徒がアレを征伐にするにしても、“陸海空の戦団により害物を攻撃した”という事実が必要なんだ。すんなり倒せたら軍部の先行攻撃のおかげ、倒せなくとも異能の学徒でも太刀打ちできないのだからしょうがない、と。結局どちらに転んでも良い訳だ。面子を保つのも大変なんだろう」


 僕が返答をする前に、ハヤシはまるで独り言のように言葉を続けた。

 ハヤシの言う通り、この陸海空の共同戦線は、各軍部の面子を賭けた征伐でもあるのだ。

 異能の学徒計画発令後、各軍部は害物に対して大きな戦果を挙げていない。その為、今回の本土決戦において、先攻して攻撃を仕掛けているという恰好である。


「まあ、陸海空の面子を賭けた兵器の攻撃で倒せるのであれば、僕ら異能の学徒としては、それはそれで言う事は無いけれど。しかし、この暑い中に炎を操る害物と言うのは勘弁して欲しかったね。ただでさえ暑いこの季節に出て来るとは。やはり害物とは一生分かり合えないね」


 僕の嫌みを込めた言葉にハヤシは大いに納得してくれたようで、首を大きく縦に振っている。

 そして僕の足元にも、もはや外気温と同等になってしまってはいるものの、もちろん水桶がある。


 小高い丘の上に建てられた櫓に詰めているのは、僕を含めて偵察の任に適した異能の学徒だ。


 何というか、このハヤシとは初めて会った気がしなかった。いや、厳密には前線基地同士の無線でやり取りをしていたので完全に知らない仲でもないのだけれど、なんというか、会話の波長が合う。

 異能にて偵察している学徒に共通しているのは、斜に構えた物言いなのだろうか。

 クニエダがおらず、強力な害物と相対するという恐怖があったのが、彼らとの軽快な会話により若干和らいでいるのを感じる。もとより、ハヤシも同じ恐怖を抱えているかもしれないという事は今は置いておくことにした。

 

 この九州前線基地に来てからの三日間は、戦車と航空機と軍艦からの攻撃を確認し、ひたすらその状況を前線基地に無線で伝えてきた。

 ハヤシの異能は“千里眼”である。目を凝らせば双眼鏡の様に遠方を見渡せるものだそうだ。僕の“龍眼”は害物の反応と状況を認識することが出来るので、攻撃により害物が弱ればそれも感知できる。そのため、表面的な確認をハヤシが行い、僕が害物の状態を確認しているという構図だ。


「しかし、聞いたぞトノサキ。舞坂基地のクニエダ、この戦線には参加していないようじゃないか。どうしたんだ?何かあったのか?」


 ハヤシは別段気にもしていない様子で、軽い口調でクニエダ不在の件を突いてきた。

 ただこの暑さを間際らせるせるための、話の一環として聞いて来ているようであった。

 おそらく、僕の返答などどうでも良いのだろう。この暑さの中の偵察任務の辛さを紛らわせる事が出来るのであれば、それこそ話の話題は何だって構わないのだ。

 それが分かっているので、僕も気軽に悪態を付くことが出来る。


「別働任務に就く、と上層部よりお達しがあってそれきりさ。全く、この前線をほっぽり出して何が別働だとも思うけれど、居ないものは仕方が無い。しかしハヤシ、お前は他の基地の学徒まで把握しているのか?舞坂基地の一班長であるトノサキの事など良く知っているな」

「まさか。知っているのは目立つ人だけだよ。舞坂基地のトノサキと言ったら、襲撃の多い舞坂基地の防衛に大抵参加していて、かつ未だ生き残っているんだ。各前線基地の定期報告を聞いていれば、何回でも聞く名前だ。嫌でも覚えるさ」


 成程、定期連絡か。

 確かに、各基地から征伐に出た異能の学徒班の班長の名前は、定期報告で良く耳にする。


「それを言えば、横須賀基地のカキクラの名前も良く耳にするよ。この征伐にも参加を?」

「ああ、もちろん。カキクラ班長の異能は大型害物の征伐に向いているからね。本人も喜び勇んで参戦している。というか、毎回の征伐を楽しんでいるかの様にも見えるから、今回のこの遠征にも、お国の為だとか何だと言って喜び勇んでいたよ」


 舞坂基地程襲撃の回数は多く無いが、大型害物の襲撃に見舞われるのが横須賀前線基地だ。その防衛を一手に引き受けているのがカキクラという人物だ。

 ハヤシの口ぶりを聞くに、舞坂基地のツジ班長に似た性格なのだろう。出会ったことが無いのにも関わらず、カキクラ班長という人物像がありありと浮かんできた。


「ああいう強力な異能を宿した人はいいけれどね。俺の様な戦闘に不向きな異能を宿した者にとっては普段の仕事から外れるだけで神経が磨り減る思いだよ。今回の征伐なんてたまったものじゃない。正直に言うのなら、無事に帰りたいという思いしか出てこない。おっと、口が滑ったようだ。上官にでも聞かれたら、懲罰房行きだな」


 ハヤシは困った様な笑みを浮かべる。

 今まで弱みの類を見せてこなかったハヤシであったが、僕の考えと全く同じであった。似た異能を持つ者同士、思う所は同じなのだろう。非戦闘系の異能を宿した者にとって、このような任務は本当に気が病む。連携の取れた同じ基地の人間と組むならともかくとして、各基地からの寄せ集めで任に当たるというのは相当に気を揉むのだ。 

 加えて、ここは前線から程近い観測地点だというのに戦闘や防衛系の異能を宿した者は一人も居ないのだ。櫓の下には、害物と相対するには余りに心細い、気持ち程度の銃を持った陸軍兵士が数名いるのみなのである。

 害物がその気になってこちらに攻撃を放てばこの丘一帯は焼け野原となり、僕達はその攻撃を防ぎ様も無く死ぬだろう。

 一瞬、この話題に乗って現状への不安を吐き出したい思いに駆られた。しかし、ハヤシも僕も、心の底ではそうすることを望んでいないことは分かっている。

 不安、死への恐怖、軍への不平。これを言い出したら、その話は泉に投げ込んだ小さな石の如く、底に着くまで止まる事は無いだろう。


「全く、何を言っているんだ。今までだって僕らは襲い来る害物を退けて来たじゃないか。今回だって大丈夫さ。なんせ、各前線の選りすぐりの異能の学徒が集まっているんだから」


 僕は不安をかき消すが如く、安直な、短絡的な慰めにも近い言葉を放つ。

 それを聞くと、ハヤシは一言そうだな、とだけ返し、そこからお互いにしばらく

口を閉ざした。

 周りの木々から、蝉のけたたましい鳴き声がいつも以上に耳に刺さった。

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