舞坂基地、陥落
一九四五年、七月二日。
どうしてこうなったのだろうか。
食糧倉庫に飛び込み、扉を閉めた後、荒れた息を整わせる。
舞坂前線基地の敷地の一番隅にあり、現在起こっている惨劇からは一番遠いと思われる場所だ。しかし、安全とは言い難い。むしろ無駄な抵抗とは自分でも分かっている。ただ、今起こっているこの状況の整理をする時間が少しでも欲しかったのだ。
こんな状況だからなのか、思い出されるのはこの基地に配属されてからの記憶だ。
日ノ国を襲い来る謎の生命体“害物”の力を、“異能の学徒計画”により自身に宿され、この身に宿った“異能”。
そしてこの舞坂前線基地に配属され、異能を用いて仲間と共に戦い続けた二年と半年。
時には衝突し、時には手を取り合い、数え切れない程の苦難を共に乗り越えてきた。
死んだ仲間も大勢居る。害物に食われ、弾け、四散し、没した。
それらを共に生き残った異能の学徒とは、家族にも似た、最早それ以上とも言える絆を僕は感じていた。少なくとも僕は。
現在、舞坂前線基地は炎に包まれている。
これは害物の襲撃によるものではない。
信頼していた仲間の一人が、基地を燃やし、仲間を殺して回っている。
現在の状況を端的に頭に巡らせるだけの事でも、脳がこの現状の理解を拒む。
こんな事件を起こす人間ではないのだ。
仲間思いであり、優しく、強かった男。
だからこそ頼り、今まで疑う事無く信頼を寄せてきた。
不意に食糧庫の扉が軋みを上げる。視線をやった次の瞬間、扉は丁番ごと外れ、僕に向かって勢いよく飛んできた。
「トノサキ、ここに居たのか。探したぞ」
燃え盛る炎を背景に、“彼”はゆらりと現れた。
見慣れたその笑顔が僕に向けられる。
時には励まされ、助けられ、心強かったその笑顔。
しかし今は恐怖しか感じない。舞坂基地の仲間の血を浴び、殆ど真っ赤に染まったその顔に。
僕が疑う事無く信頼してきた彼が、舞坂基地を壊し、火にかけ、かつての仲間を手にかけている。
悪夢の様であった。夢であれば醒めてくれ。
しかし、燃え盛る炎の煌々とした光が目の前に広がる惨状を照らし、現実なのだと思い知らされる。
「クニエダ。お前、どうしてこんな事を」
絞り出すように発した言葉。
彼、クニエダから帰って来た返答は、鮮血に染まっている以外何ら変わりのない、慣れ親しんだその笑顔だった。
そして間髪を入れずに、彼の持つ“異能”である反重力脚から繰り出された、重力の反発を利用した蹴りが僕の鳩尾に鋭く突き刺さる。
「こうするしかないんだ。トノサキ、分かってくれ」
聞きなれた声色の筈なのに、今は誰の声なのか分からない。
どうして。言葉にしようにも、衝撃を受けた肺が機能をしていない。僕から漏れたのは、吐息にも似た声のみであった。
この日、舞坂前線基地は全壊した。舞坂前線基地所属、異能の学徒隊第二班班長“クニエダ”によって。