セブンティーンの秘話
1老婆
2015年の10月。
紅葉がその手を広げ、黄緑、オレンジ、赤の色を澄んだブルーの空へと披露している。
山中 永久は自宅マンションから5分とかからない私立高校の2年生である。
父親はサラリーマンで、母はパートナースタッフとして勤務している。姉は短大の一回生である。
今日は日曜日だ。
永久はダイニングのテーブルに向かい、椅子に座ると言った。
「お母さん、私ご飯たべたら図書館に行ってくるわ」
朝食を食べ終え、部屋に戻ると、背中まで伸びた黒髪を、荒手に後ろでまとめて、淡いブルーのTシャツとジーンズを手速く履き、入り口のドアを開けた。
(わぁー良い天気だ!こんな日は何か良い事がありそうな気がする、、、)
図書館は駅の側にあった。
大通りの方が早道ではあったが、交通量が多いので、裏道を通る事にした。
目的地が見えて来た頃であった。
5メートル先程で、老婆が若い男に突飛ばされて
転んでしまっていた。
(かわいそうに、、、)
永久は早足で其処へ急いだ。
永久が着く前に何人かが老婆の前を通るが、誰も声を掛けない。
永久にはその理由が解かっていた。
その人の身なりが余りにみすぼらしかったからだ。
髪はバサバサで、くしやブラシは無用に思えた。
以前は白かったであろう服は、おそらく、汗や
埃でシミだらけであった。
ホームレスとはこんな人の事であろう。
しかし永久は手を差しだして、老婆をかかえ、起こした。
老婆は永久にしがみつき、よろつきながら立った。
(わ!汚ない)つい思ってしまった。
いけない。と思いかえし、尚更手に力を込めた。
老婆は
「お嬢ちゃん、優しいね。誰も私を助けてくれなかったのに、、、世の中薄情になったもんだ」
永久は苦笑いをするしかなかった。
(私だって、たいして変わらないわ、気持ちでは
通り過ぎた人達と同じなのだから)
老婆はお礼にと小箱を差しだした。
「いいです。大丈夫です。たいした事してないし」
断る永久の右手を取り、老婆は箱を押しやり言った
「いいんだよ。私ももう年だけんね、そろそろ
終活とかをしようと思って。
この箱は大事だったけんど、身寄りもおらんけん、あの公園のベンチにでも置いて行こうと思うちょったがね」
あの公園。と、老婆が指差す方をみれば、確かに小さいけれども公園がある。
永久は思っていた。
(あら、気づかなかった。ここに公園があったなんて。
この箱、拾う人、いるかな。余り綺麗な包みではないし)
永久は受け取った箱よりも、むしろ老婆がしゃべる言葉の方が気になっていた。
(おらんけん。思うちょったがね。何処の方言なのかしら? )
永久が考えている間に、老婆は箱の中身についての説明をしていた。
風鈴が入っている事。
風鈴には不思議な力がある事。
風鈴が鳴る時、行きたい場所があれば何処にでもワープして瞬間移動が出来る。
その時は透明人間のように、人からは姿が見えていない。
だだし、その場所や情景を眺めるだけで、何かをする事は出来ない。
例え、家族が困っていたとしても手出ししてはならない。
破れば所有者にとって、一大事となる事が起こる。
「これは大事な事だよ、分かったね」
老婆がそう言った時に、永久は我に帰った。
もう一度。と頼むのは悪いと思い
「分かりました。ありがとうございました」
と言った。
「あんた、本当にわかっちょるかいな、なんか上の空に見えたけんど。風鈴が鳴れば、好きなところにワープ出来る、優れものなんだよ、これは、、、なんか心配やね」
(きっとこの人、痴ほうが入っているのだわ。訳がわからない事を言っているし)永久は余り深入り出来ない気がして、お礼を言うと図書館へと向かった。
2予想外の出来事
永久が図書館に着き、3時間ほどした時であった。
辞書のコーナーで選別して、ふっと下を見たら
紺色のケースが落ちていた。
拾い、開いて見る。
(受付に届けないと)
そう思ったが、ケースの内側に挟んである物が、少しはみ出しているのに気がついて、引っ張り出してみた。
図書館の利用カードであった。氏名の欄には
山村 勇と書かれていた。
(山村 えっ、、、山村先輩の)
永久は持っていた辞書を落しそうになった。
山村は、永久の高校の3年生である。
そして、サッカー部で活躍中の、 女子が憧れる男子、ナンバー3に入る人である。
永久も例外ではなく片思い中である。
(このまま 届けたい。先輩に会いたい。会うのが駄目なら、せめて電話やメールで知ら
せたい!)
この半年間の事を思い出していた。
クラスメートで友人の原田 郁世と、3年1組の前を歩いてみたりした。
目を合わせる事なんか出来ないくせに。
校庭に勇が現れれば、瞳はいつも追っていた。
でも、それは私だけではなかった。
私は大勢の中の1人に過ぎない。永久は思っていた。
もしもアクションをお起こしたとしても、きっとその時ばかりであろう。いや、感謝されるどころか、もしかすると、携帯のロックがかかっていなかったら、内容を見たかも知れない。と疑われるやも知れぬ。
永久の悪い癖、マイナー思考がこの時にも頭をかすめていた。
「落とし物です」
受付にスマートホンを預けると
「お名前は?」
「大丈夫です」
永久は恥ずかしかった。先程の疑念もあったが
希望とは裏腹に、自分の名前が勇に伝わる事が、、、
受付の人は制服姿の永久を見て
「青蘭高校の生徒さんね」
と言った。
永久も
「はい」
と頷いた。
腕の時計を見ると14時を指していた。
受付の女性に丁重な挨拶をして、家路に向かった。
翌日、学校の休み時間。
郁世に昨日山村の携帯を拾い、図書館の受付に届けた事を話した。郁世は
「へぇー、凄いじゃん! 永久、チャンス到来か。いいなー、受付の人に名前聞かれた?」
「うーん、なんか、言いそびれちゃっんだ」
「うっそ❗️信じらんない。それって凄い事なんだよ、せっかくのチャンスを、、、ばっかだなー」
「いいのよ、なんか恥ずかしいし」
「あららん。私ならグイグイ行くのになー」
永久は、郁世のバイタリティーというか、押しの強さがいつもうらやましいと思っていた
しかも美人だ。
この人と思えば自分から告白出来る。
そして断られた経験などおそらくはないのだ。
私にこの人位のガッツがあったなら、、、
永久は小さなため息をついた
「ところでさぁ、今日の放課後、がってん。に行かない」
郁世が言った。
がってん。というのは、学校の裏手にあるお好み焼きの店であった。
電車通学の生徒達が、小腹を満たしに良く立ち寄っていた。
「ごめん、今日は部活なんだ。又誘って」
「あっそうか、そうだったね。じゃ又誘うね、頑張りんしゃい」
「ありがとう」
放課後。
永久は美術室に急いだ。
11月には市の展覧会がある。
美術教師の始動で、毎年生徒は出展する事になっている
永久は昨年の市展で賞をもらっていた。
今年の5月開催された、グループ展でも賞取りをして、美術教師の期待を集めていた。
永久もその期待になんとか答えたいと、頑張って来た。
永久が7色の絵の具をカンバスに描いた頃。
郁世はお好み焼き店に、クラスメートといた。
もんじゃのソースの香りを吸い込みながら
手早くヘラに絡め取り、フゥフゥしながら
口に運んだ。
「うっふん。最高」
郁世は全ての欲に弱いタイプの女子であった。
その時、ウィーンと入り口のドアが開いた。
その方に目をやって、郁世はまだ噛み砕いていない口の中の物をごっくんと飲み込んだ。
「山村先輩」
3人入って来た男子の1人を見て、呟いた。
その中の1人が、郁世に話しかけた。
「そこ空いてそうだね、いいかな?」
(やったー)
心の中でガッツポーズをする、郁世は
「ど、どうぞ」
そう言って頭を下げた。
1テーブルに5人が座り、郁世もさすがに緊張していた。
「君達、何年?」
1人の男子が聞いてきた。
クラスメートの女子が
「2年です」
と、答えると
「僕達は3年、僕は早川。こいつは山村。で、はじは飯田」
「は、はじめまして。私は、原田です」
「私は、田中です」
郁世とクラスメートはまるで転校生のようにガジガジになりながら告げた。
5人はその後意気投合して、2時間ほどの時間を過ごした。
会計もそろそろという時である
郁世は、山村に近寄りささやいた。
「先輩、スマホ、受け取りました?」
「え!君が拾ってくれたの」
郁世が否定をしようと言葉を発する前に。
飯田が勇の肩をつつきながら言った。
「山村、良かったじゃないか!こいつ拾った人、
探してたんだよ。なあ」
「うん、でも凄いなっ、こんな事もあるんだな、なんか胸の支えが取れた気がする。
よし❗️今日は俺のおごり!」
「おお!太っ腹‼️ごちになります❗️」
飯田が言うと他の者が拍手をした。
郁世は
「す、すみません。そんな積もりでは、、、」
そう言って勇に困ったような、はにかんだような視線を向けた。
「いいんだよ。君には改めてお礼がしたいから、後でライン教えて」
勇の申し出に、空から自分の前に、何百のバラが降って来たように、幸せな気分を味わった。郁世は
「そんな事 当たり前の事ですから。でも
先輩にそんなふうに言って貰えて、感激です」
と答えた。
回りの者達からはやされ、郁世は内心有頂天になった。
郁世と勇は帰り道、ライン交換をしてから、別れた。
(信じられない)
郁世は頬をつねってみたい気分であった。
もちろん、永久には悪いと思う気持ちはあった。
けれども、永久はせっかくのチャンスに背を向けたのだ。
私は、それを振り向かせただけ。そう自分に言い聞かせていた。
不思議な事
永久はクラブを終えて、帰りに近くのドラッグストアに寄った。
半年前から、青リンゴのサプリを飲んでいた。
よく、薔薇のサプリの事は聞くと思うが、ここでは、青リンゴも売っている。
3ヶ月前頃から少しづつ効力が出て、周りの人から(良い臭いね)と、言われるようになった。
永久にはそれが凄く嬉しかった。
自身の描く絵画を誉めてもらった時よりも。
永久は容姿に自信がなかったが
人から不細工コールを浴びせられた事はない。
だが、
特別美人でもない、平均値の自分に何かが欲しかったのかも知れない。
そんなささいな事でも自信に繋がるのだ。
改めて思っていた。
マンションに帰り、ベッドにはいる頃、考えていた。
勇は携帯を手にしているであろうか、、、
気になって仕方がなかった。
確かめたいがどうする事も出来ない。
思いをめぐらせていた。
その時、あの老婆が言っていた言葉を思いだした。
(まさかね)そう否定をしたが、やってみてもいいか。そんな気にもなっていた。
窓枠にあるカーテンレールに、箱から取り出した風鈴を吊るした。
10月の満月が開けた窓に神々しかった。
風はさやかに吹いていたが、風鈴が鳴る様子はない。
(うん?風、吹いているよね、、、なんで)
暫く見つめるが、一向に鳴る気配がない。
なんだ、やっぱりか。変だったものあのお婆さん、しかもこれ、壊れてるし)
そう思い取りはずそうとした時。
チャリーン。チャリリーン。と鳴り始めた。
(わっ❗️急に来た)
永久は慌てて、山村勇さんの家に行きたい‼️と両手を合わせて祈っていた。
一瞬の事に思えた。
くらっとして、、、気が付いた時には勇の家の前に立っていた。
勇の家は、永久のマンション最寄り駅から3つ先の駅で降りる。そして。その駅から、歩いて7分位の所にある。
(ほ、本当にワープしてしまった! )
信じがたかったが、事実なのだ。
そう思い、自分の姿を眺めて、はっ!っとした。
ランジェリー代りのTシャツと、スエットのパンツを履いていたからだ。
(あんまり急に鳴りだしたから、、、)
永久は当たりを見回し、山村家の門を静かに開けて、入って行った。
(嫌だ、私ったら、、、、。
だけど、大邸宅。確かお父様は商社マンと聞いていた)
3階建だが天上が高いのか、近隣の家より目立っていた。
目の前の窓が少し開いていた。
恐る恐る覗くと其処はリビングらしかった。
広い空間に、ブルーと茶の地に、花が咲き乱れた、お花畑のようなカーペット。
その上に木肌を残した。大きなダイニングセットがあった。
その時、頭上からカタッと音がした。
永久は慌てて木陰に隠れた。
そしてその方を見ると、外開きの小窓が開き、勇がその窓から顔を出した。どうやら満月を眺めているようであった。
(まずい。見られてしまったかしら)
永久は身を硬くしたが。
勇は、一瞬自分の方を見ると、又視線を空
に戻した。
私、本当に人からは見えないのだ。
(透明人間?、、、それとも、幽霊?)
(もしかしたら、夢の中)
いや何かの本で読んだ事がある。
人間を形成している粒子が、何かの条件と環境が整えば、1度チリのように空中に分散して、今居る場所から願った所で又元の形に形成される。
やがてそんな日が来るかも知れない。と、記されてあった。
まるで都市伝説。と思って読んでいたけれど、私はあの不思議な風鈴の力を借りて、今現実にここに居る。
永久はこの出来事を認めずにはいられなかった。
勇は何処からか、携帯を取り出して月を写していた。
(ああ良かった!携帯、先輩のところに戻ったんだ)
その事に安堵しながら、思っていた。
こんなに近くにいながら、私は先輩に声さえ掛けられない。
それを拾ったのは私です。と伝える事も出来ない。
切なさが目尻から光を放ち落ちて行った。
なんの曲であろうか。携帯の着信音が鳴り、勇は部屋に姿を消したが、声だけがわずかな賑わいとなって、外の空気を揺らしているように思えた。
「はい。あっ、君。さっきはどうも、まだ起きていたんだ」
君。誰なのだろうか?
永久の胸は騒いだ。
「うん、いいよ。携帯拾って貰って、本当、助かったからね。その位別にいいよ」
(え!携帯を拾ったのは私、だよね。いったい、どういう事)
訳がわからなかった。
頭の中に渦巻きが生じてしまったように、勇の会話も、もう入って来なかった。
永久はその場所に、崩れるように座り込んでいた。
(家に帰りたい、家に)
その思考と同時位に、体がクラッと揺れて、気付いた時には永久は自分の部屋にいた。
誰、誰がいったい❗️
両の手に力を込めて握っていた。
悲しみの淵
次の日。
学校での昼休みに、永久と郁世とがお弁当をたべながら話をしていた時の事であった。
「今週の日曜日、部活とかある?」
永久が聞くと郁世は
「ないんだけど、ちょっと用事。あるんだ」
「大山君とデートか。いいな」
郁世は1年前頃から同級生の男子と付き合っていた。
「違うの、、、彼はなんか、頼りなくて、、、この頃、会ってないのよ。どっかで区切らないとね」
「そうなんだ。いい人そうだけどね」
「まあね、でも。なんかね」
やっぱりか。やっぱり郁世なんだ。携帯を拾った話しは郁世にしかしていない。、、、でも、郁世には彼がいるし。そう思っていたから、、、ひどい郁世!心で叫んだ。
「トイレ、行ってくる」
永久は走っていた。
(ひどい❗️)
自分は憧れの人と友人を一度に失なうのか!
頭がくらくらとした。
トイレで声を殺して泣いた。
マンガなどではこんな場面を読んだ事があるが、自分の身に起こるなどと思いもしなかった。
涙が瞼を腫らした。
(ああ教室には帰りたくない)
永久はそのまま保健室に向かった。
郁世は永久の変化に戸惑っていた。
(もしかしたら、あの事かも知れない)
(永久が戻ってきたら、話さないとか)
頭がうずきだした。
放課後、荷物を取りに教室に戻った永久を、
郁世は待っていた。
「永久、ごめん、ごめんね。昨日、がってんで山村先輩と会ったんだ、偶然。それで。1人の先輩が、一緒にいいか?と聞かれて、、、
私、山村先輩に携帯が戻って良かったですね。って、、、永久の事を話したかったんだよ、本当だよ。でもタイミングを失なってしまって。なんか話しの流れで、私が拾ったみたいになってしまって、、、ごめん、でも今週の日曜日に会ったら、ちゃんと本当の事言うから、、、本当にごめん、許して」
郁世は両手で拝むように永久に伝えた。
永久は泣いていた。
郁世は自分の罪の深さを見せつけられたような気がした。
「でも、、、永久は先輩と付き合っている訳じゃないものね。私、あなたの彼氏を取りあげたのではないから、、、」
目では謝りながら、口は背いていた。
そうだ、私は確かに付き合ってはいない❗️
でも、日曜日に会う。なぜそこまで言うの。
永久の髪の毛に神経が流れているかのように、地肌がピリピリ痛んだ。
「私、帰る」
永久は手早くカバンに荷物を詰め、郁世を見ずに立ち去った。
それからの2人は、口を聞くどころか目さえ合わせなかった。
2人の周りにはオーラは消え。代わりにどんよりとした空気が行き交っていた。
その週の日曜日、今日は、勇と郁世が初デートの日だ。と思うと、永久はすっかり生気を失っていたが、朝からベッドに潜っているばかりでは、家族に何か聞かれそうで、思いきって外に出た。
いつかの公園に行くと、驚いた事にあの老婆が長椅子に腰掛けていた。
永久が近づいて行くと
「あら、お嬢ちゃんはいつかの子やね、どうしたねー、目が死んどるやないかいな」
永久は2度しか会っていないこの人が妙に懐かしく感じていた。側に座ると、自然に涙が落ちていた。
「おや、おや。なにがあったんかね。おばあちゃんに話さんかい。少しは気が晴れるかもわからん、、、」
永久は暫くは黙って、止まらない涙をハンカチで拭いていたが、勇と、郁世との事。
風鈴の事。全てを話し出した。
聞き終わり、老婆は言った。
「そうかい、そりゃ辛かったなぁ。世の中理不尽な事が沢山ある、、、まだ若いあんたなのに。かわいそうやな。
私も今年88歳になるけん、わんさか味わっちょる」
永久は少し黙っていたが。震える声で言った。
「私、郁世が先輩に本当の事を伝えてくれたら、許そうと思っているのです。郁世とは中学からの付き合いだし、、、
郁世も、はじめから嘘を付く積もりはなかった訳だし、、、」
永久はしゃくり泣きしながら思いを伝えた。
老婆は驚き、優しい目で永久を見ながら言った。「なんたは、本当に良い子やね。私が男なら惚れとる。
あんたみたいな子等が住みやすい世の中にならんといけんが、、、」
2人の間に透き通る、温かい時間が流れていった。
「お婆さんって、、、魔法使い?」永久が恐る恐る聞くと。
「いや、わしゃ違う。、、、けんど、若い頃におうた人がそうじゃったかも知れん。
その人からわしゃ、自分の中にある特別な力を引き出してもろうたようじゃ、、、あの風鈴も
その女からもろうたんじゃが」
「不思議な力って、どんな力ですか」
永久の問に、老婆は坦々と語り始めた。
老婆が19歳の頃にその不思議な女と出会った。
その女は、人間は小宇宙なのだ。
自分に向かい(信じられるか?)
と、問うたから、自分はその事を前にどこかで聞いた事があるから(信じる)と言った。
その女は
(ならば、良い事を教えよう)と言い。
語り始めたとの事だ
この地球には、宇宙からのエネルギーが降りて来ていて、それは例えば、電波のようなものか、波長のようなものか、もっと良い例があるかも知れないが、、、そんなようなものだ。それはもちろん目には見えない。しかし確実にある
それは、良いものも。悪いものもある。プラス思考で生きるが良い。
プラス思考で生きれば、良いものを吸収する事が出来る。
そして、その恵みに感謝をしながら、意識を集中すれば、自分が求めた事の答えを知る事が出来る。
誰でもその能力は備えているが、大、小がある。
そしてその事を自らが求めるかどうかにより、力は育てられる。そう説明してから
お前は少しばかりその備えが大きいようだ。とも言われ、風鈴の箱を手渡してくれた。
自分はそれから後に、占いを始めた事により、尚その力が大きなものになったと、老婆は説明した。
「それは、どんな力なのですか」
永久は更に問うた。
老婆は。
「人の過去の大きな出来事や、最近は未來も、ぼんやり見える時もあるんじゃけ。ただ今は占いも止めたからの、だんだんに力も弱くなりよる
しかし、分かる。とは時に残酷や、、、怖い事に自分の未来も見えてな。
わしゃ、後、生きて半年じゃ、、、」
「え。そんな、、、」
「いいんじゃよ。まぁずいぶん生きて来たけん、、、
そうじゃ、あんた話は変わるけん。
あの風鈴、使っている時、相手になにがあろうが、あんたは手助けしたらあかんよ。
たとえ、それが家族でもや。破れば。あんたは
この世界にはおれんようになるけんね‼️」
「は、はい」
永久は、もう使う事はないであろ。そう思っていた。
憧れの続き
それから、半月の時がながれた。
教室に着いた永久に、少しのオーラが戻りかけていた。郁世を正視も出来た。
すると休み時間に郁世が近ずいて来て言った。
「話し掛けてもいい?」
「う、うん」
郁世は勇に、携帯を拾ったのは本当は永久だ。と話したら、永久にお礼がしたい。と勇が言ったので、今週の日曜日。11時から15時の間、少し時間をさいて貰えないか。
自分はバレーの試合だから、行けないけれど宜しく。と伝えて来た。
「いいのよ。もう」
永久が返すと
「お願い。行って欲しいの、身勝手なのは分かります。でも、彼の気持ち、察して欲しいの」
まったく、、、。永久は思っていたが、もうどうでも良い気持ちになっていた。流れに任せるしかないような。
「いいよ。13時なら」
「ありがとう。永久、、、本当にありがとう」
心なしか、郁世の目に光る物を見た気がした。
そんなに好きになってしまったのか、、、
「私と2人でいいの、誰か呼んでもいいよ」
「大丈夫だよ。夕方約束してるし、、、ありがとう」
「そう、、、」
永久はまるで第3者が自分を演じるかのように、思いを封じ込んだ。
日曜日は10月後半で、暦では初冬なのだが、良く晴れた、俗に言う秋晴れであった。最寄り駅のカフェ、花の香。で、勇と永久は待合せをしていた。
永久は、ふられた訳ではないが、その渦中の人が元彼の前でいちばいおしゃれをして、現れる時のように、日頃は行かないデパートでチョイスをした、薄いピンクのブラウスにチョコレート色のベストスーツを着ていた。
孫にも衣装。と昔から言うけれど、今日の私はイケている。町のショーウインドに映る自分を見て、思った。
入り口のドアが開くと、左手にあるソファーに勇は座っていて、永久を見て手招きをした。
(え。私の事知っている?ああ、郁世か。写メでも見せたのだわ)
永久が近寄ると
「はじめまして。村山勇です。携帯、ありが
とう。お礼、遅くなってごめんね」
「いいえ、当たり前の事ですから、お礼なんて
悪いです」
「いや、本当に助かったんだ、座って」
「ありがとうございます」
2人はホットコーヒーを注文して、それをまちながら話を続けた。
「私の事は郁世から聞いたのですか」
「いきさつは、彼女からだけど、君の事は前から知っているよ。君、油絵描いてるでしょう。
市の展覧会とか、高校の文化祭でも見かけて。
俺、君のかくれフアンなんだよ。
山中 永久さんだよね」
永久は多分顔を赤く染めている。
体中の毛細血管が顔に集中してしまったみたいだ。もう恥ずかしいやら、嬉しいやらだ。
「ありがとうございます」
ありきたりのお礼を言うのが精一杯である。
「君の絵。ほんと色彩豊かだし、それでいて上品だし、あんな絵を描けたらって、いつも思うけれどね」
「描けます、誰でも」
「ありがとう。だけど、俺、ねっからのスポ男だしね」
「スポ男?」
「あっ❗️ごめん、ごめん。スポーツ男子の略だね。なんでも略しちゃたら駄目だよね 」
「いいえ、いいと思います」
2人は声を出して笑った。
2時間の間に2人は1度も時を確かめはしなかった。
勇は思っていた。
はじめから出会っていたら、、、先週の日曜日、郁世との事が なければ。
後悔に似た感慨が頭をよぎっていた。
そして又、会計をしている勇の横を、お礼をしながら横切る永久の爽やかな香りにも誘われていた。
別れる時。
「これ、ほんのお礼だから」
勇はブルーの小箱を永久のベストに付いたポケットに滑らせて押込んだ。
「いえ、そんな 、そんな。困ります」
「いや、俺の気持ちが済まないから、、、受け付けて下さい」
「受け付けるって、、、」
勇ははっはっは。と笑い、手を振り去って行った。
家へ帰り、箱を開けると、ティファニーの銀のネックレスが入っていた。
高校生には高級であろうに。
なにか、自分にお礼以上の気持ちが動いているのであろうか?そんな事を思っては、
首を横にふる永久であった。
秘話
それから3ヵ月が経った。
永久と郁世は少しずつ以前の仲に戻りつつあった。
ただ勇の事は話題にはならなかった。
永久は2人の事を応援しなければ、そう心に決めて、思慕を封印していた。
郁世の方はそんな永久の気持ちが分かり、口に出す事が出来なかった。
放課後、窓から永久が、少し先の渡り廊下に目をやると勇と郁世を見つけて、思わず後退りをしようとしたが、何か様子が変な事に気が付き。
ふただび目を向けた。
声は聞こえないが、2人共に厳しい顔をしていた。
勇が先に去ろうとして、郁世は後を追っているように見えた。
余計な詮索は止めよう
郁世が何か言って来るまでは、私には関係無い事なのだから。
永久はゆっくりと近くの椅子に腰掛けた。
教室に戻って来た郁世は、永久を見て何か言いかけたが、口を告ぐんだ。
(恐らく勇の事であろう )
私に遠慮して、郁世は打ち明け話も出来ないのだと、永久は思った。
その日の夜
永久は考えていた。
私が勇先輩への思いを断ち切らないと、郁世とは本当の意味で元へは戻れない。
永久は、一度しまった風鈴を箱から出して、呟いた。
「もう一度だけ、、、もう一度会えたら、本当に諦める」
風鈴が鳴って、すぐに勇の家の前にいた。
当然ここでは勇の顔さえ見えない。
それでもそばにいるだけで、嬉しく思えた。
暫くボーッと2階の方を眺めていると、
ガシッ。と音がして玄関が開いた。
背が高く細身の体が、紺色のダウンを羽織り、ゆっくりと身をのり出した。
(先輩 、、、)
この偶然は、風鈴によるものなのだろうか?
いずれにしても私は幸運だ。
永久は勇の後を、惹き付けられるように、着いて行った。
少し強く吹く風が、勇の髪を通り抜け、整髪料のミントが香った。
(この臭いが、、、好き)
永久は、勇の横に並んでいた。
(郁世。今だけ。ごめん!)
5、6歩、歩いた時。ふいに勇が立ち止まった。
「あれ、この香り。、、、あの人のと同じ、、、」一人ごとのように呟いた。
永久は瞬間座り込んだ。
勇はキョロキョロと周りを見回していたが、
又、歩き出した。
永久は強く瞑った目を再び開け、勇の後に続いた。
(いったい何処にいくのであろうか?)
永久はたまに吹きつける2月の風に身を硬くした。
勇が小川に架かる橋を渡り、十字路にさしかかった。
それから、手押し信号の横断歩道を渡ろうとした時であった。
グレーの自家用車が突っ込んで来た❗️
「あっ‼️」
勇が叫び、永久は(危ない‼️)と叫んだ。
それと同時に永久の両手が勇の背中を突飛ばした。
勇の体は反対側の家の門へとぶつかり、倒れた。
勇の代わりに永久の体は車の正面へと飛び出していた。
(ああ もう駄目だ‼️、、、お母さんごめん、ごめんなさい)
車が永久と接触したかのように見えた、その時であった!
自分の体が何か強い力で持ち上げられているのを永久は感じていた。
(私、このまま天国に行くの?)
自分の体がまるでストップモーションのように、小刻みに、反対側に落ちて行くように思えた。
大木が目の前に迫って来た。
ガツン‼️鈍い音がして
永久の右肩に激痛が走った。
(い、痛い‼️
私、生きているの?いったい何があったの)
激痛の中、永久が見たものは。
急ブレーキを踏んだ車の前に、まるで渦巻きのように黒い布の塊が、凄いスピードでグルグル回りながら空へと上がって行く様であった。
その渦巻きの中で、、、回りながら、、、黒い布の持ち主は思っていた。
(馬鹿だね。本当に、、、やったらアカンと言うたがね。、、、
あんたを助けたんはわしだがね。けんど
あのイケメン男子を助けたんは、間違いなく
あんただけんね、、、
今度こそは、自分が助けた事を告げなあかんよ。
あんたは人魚姫じゃないのやからな、、、
永久がまだ車の方を眺めていると、
勇が話しかけて来た。
「大丈夫? 誰かが俺の背中を押してくれた。
そのおかげで助かった、、、 助けてくれたの。
君だよね、、、いつかの香りがした、、、
青リンゴの香り」
永久は、(私、見えているのだ、もしかしたら、あの車に衝突しそうになった時、元に戻ったのかしら。でも、あの時、私は、、、)
永久は思い出していた。あの老婆の言葉を、、、
誰の手助けもしてはならない。破ればこの世界には居られなくなる。と。私は死ぬはずだったのかしら、、、)
背筋に冷たいものが走った。
しかし、私はこうして生きている。いったいどうしてであろうか?
あの黒いものは、、、
まだ朦朧としていた脳裏は何も理解が出来なかった。
「大丈夫。いま救急車、呼んだからね
2度も助けて貰った。本当にありがとう」
勇はもう一度言った。
永久はゆっくりと、、、頷いた。
先輩を助けたのは確かに私。
でも私はだれか?なにか?に助けて貰った。
けれど、これを誰かに話しても。きっと
信じては貰えないであろう
永久は17歳の幻想のように起こったこの出来事を、秘話として、大切に、大切に、心に留める事にした。
やがて、永久の手には勇の手が重なり、近寄った勇の首筋からは、ほのかに、ミントが香っていた。
end