クリームソーダ
クリームソーダ
シュワシュワはじけるクリームソーダには、宇宙から盗み出した星屑がおぼれているのね。
お姫様はそんなことを言って、クリームソーダの上に浮かぶバニラアイスをスプーンですくった。学校の帰り道にある喫茶店では五色のクリームソーダが売られていて、その中でもひときわ人気の高い青いものを彼女は注文した。俺は格好をつけて、飲めやしないブラックコーヒーを注文して、今は激しく後悔している。砂糖とミルクをぶち込むために、彼女が目を外すタイミングをうかがっているところだ。
「お前は本当にそういう表現が好きだな」
「どういうこと?」
「詩的というか、ロマンチストというか」
「そうかしら。世界がそう見えるのだから、しょうがないわ」
「将来は英国のお姫様にでもなるつもりかよ」
「あなたこそ、ロマンチックな表現を使うのね」
そう言って彼女はバニラアイスを口にした。氷の上に乗ったアイスクリームは溶けるのを待ちきれずに、青い海の中に迷い込んでいく。ステンドグラス越しに光がさして、俺らの時間を彩っていた。
マオは一言で言うならば、メルヘン少女であった。頭の中がお花畑で、性善説で脳が侵されている。俺が二時間も遅刻して学校に行き先生の雷を浴びた日は、「きっとショウさんのことだから、猫でも助けていたのよ」とか言い出すし、俺のガラの悪い金髪を「王子様みたいだわ」なんて言って笑うのだ。正直、調子が狂う。ほかの人間と同じように、かまわないでいてくれたらいい。
そんな彼女となぜ喫茶店にいるのかというと、まあ、なんというか、借りというやつがあるからだ。公園で幼稚園帰りの妹の相手をしていた時に、妹がけがをしたのだ。その時、たまたまマオが通りかかって、絆創膏を一つ貼ってくれた。「私は隣の国のお姫様よ。高貴なお姫様は泣かないのよ」とか言って妹の手当てをするから、あれ以降妹は姫になるといって聞かない。
とはいっても、非常に助かったのは事実だ。けがの手当てなんて俺にはわからない。周囲の人に助けを求めても、金髪ロリコンとして白い眼を向けるのが常であった。だから、あの時のマオはお姫様なんかではなく救いの女神だった。
というわけで今日は奢りである。…クリームソーダ、高いんだぞ。炭酸飲料とバニラアイスをコンビニで買えば半額で二倍の量を楽しめるのに、女子というものはわからない。
「クリームソーダって、恋みたいね」
お姫様は、またメルヘン節をかます。
「だってこんなにワクワクするもの。見た目はこんなに甘いのに、パチパチと二酸化炭素がはじけて、ひんやり冷たい」
「最後のほうは甘ったるくて、もういいってなるんだろ」
「それもまた、恋の醍醐味だわ」
得意げな笑み。長いまつげと亜麻色のセミロングが揺れる。クリームソーダの氷が崩れて、バニラアイスは二酸化炭素のあぶくを浮かべながら溺れていった。
「それに、甘ったるくなったら、あなたのコーヒーを飲めばいいの」
王子さまはブラックを飲めなくてもいいのよ。そう追加して、冷めたブラックを俺から華麗に奪われた。くそ、気様。
お姫様にはすべて、お見通しだった。
…こんなんじゃ、甘いソーダに溺れていくバニラアイスと一緒だ。