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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界百合小説[短編集]

聖女召喚の罪と罰 ~願いの花束~

作者: 彩音

ノリと勢いで書きました!!

 現在私が本拠地としている王国・アルナディア王国が異世界より聖女様の召喚に成功したという一報はその日のうちに王国中に広まりました。

 これで王国は救われると無邪気に喜ぶ者、異世界という言葉に眉を顰める者。

 王国内の人々の反応は様々です。

 私は後者です。聖女様にとってはこちらが異世界。その異世界でたった一人。

 それはどれ程孤独に感じることでしょうか。

 聞くところによると聖女様は「帰りたい。家族に会いたい」と嘆いておられるそうです。

 ご自分の世界では家族仲が良かったのでしょう。

 それを私たちが本人に何の承諾も無しに引き裂いてしまった。

 胸が締め付けられる思いがします。

 そんな知らせから数日経って今度は聖女様が旅立ちを決意されたという一報が飛び込んできました。

 その時はなんらかの手段を用いて無理矢理言うことを聞かせたのかと憤りそうになりましたが、よく考えると聖女様と呼ばれるような方です。きっと、私たちの現状を知り、心を孤独に苛まれながらも私たちを助けたいと思ってくださったのでしょう。


 心清く優しき存在。それが聖女様。ご自分を犠牲にしても困っている人々をお救いくださる。


 巷では聖女様を持て囃し、偶像崇拝にも近いものを感じさせる行いがなされるようになりました。

 聖女様がおられる王城に向けて膝を折り祈りを捧げる者。笑顔を向けて意味ありげに頷く者。仲間同士、或いは家族、恋人同士で聖女様を称える者などなど。

 

 私はそれを見て心底気持ちが悪いと思いました。


 何故誰もこれがおかしいと思わないのでしょう。

 最初の頃は聖女様は異世界人ということに眉を顰めていた者まで聖女様は心優しい方だなどとのたまっている有様です。

 何故聖女様が事を成すことが当然のように思っているのでしょう。不思議で仕方ありません。


 更に数日後。ついにお披露目となった聖女様のお姿を見て大多数の人々が言葉を失いました。

 それは聖女様の容姿です。濃い紅茶色の双眸。これは問題ありません。

 人々が言葉を失った原因は肩まで伸びた聖女様の漆黒の髪のせいです。

 この世界にそんな髪色の者はいません。

 黒は不吉とされています。それを見て手の平を返す者が現れました。


「本当に聖女様なのか? 邪神の使いなんじゃないのか?」

「救いに来たんじゃなくて破滅を齎しに来たんじゃないかしら」


 勝手なものです。自分たちの理解の範囲外、姿形・思想など異質に映る存在はすべて悪。

 思えば私もこの国に来たばかりの頃はそうでした。

 丁寧にやさし~く肉体言語でお話した結果、今では市民権などを得ていますが。

.

.

.

 聖女様の出発の日がやってきました。

 聖女様の旅には第二王子と騎士が数名、それに侍女などが付き添うそうです。

 私もその同行者に選ばれました。

 ええ、そうなるだろうという気はしていました。

 何しろ私はこの国で「賢者」と呼ばれていますから。

 早朝。指定された待ち合わせ場所にいきます。

 聖女様の出立だというのに見送りに来ている方々が少ないです。

 王が来ていることだけは評価できるところでしょうか。


「では聖女よ。よろしく頼む」


 え? それだけですか? 言葉少なすぎではありませんか?

 唖然とする私を余所に王はさっさと聖女様の元から離れます。

 

 関わりたくない。

 

 態度に明らかにそれが出ています。

 聖女様はそれに対して特に何も言いませんでしたし、態度に何かを現すこともありませんでした。

 お城でもそういう風に()()()()いたのでしょう。

 聖女様に同行する第二王子たちも嫌々だというのが丸分かりです。

 私はそんな彼らにうんざりしつつ聖女様に近づいていきます。

 年の頃は十二歳とかその辺りでしょうか。

 しかし昔読んだ書物の中に今からは遠い遠い過去、異世界より召喚された初代聖女様は幼く見えるだけで実は大人であったという記述があったように思います。

 二代目聖女様も幼く見えるだけで成人していたりするのかもしれません。

 聖女様が私に気づきました。その瞳は不安に揺れています。

 私は訳あってローブを身に着けていますからね。頭まですっぽり被るタイプの。聖女様が警戒するのも無理はありません。

 どうしようかと思考を巡らせた結果、早々と私の正体を明かすことにしました。

 ローブのフードに手を掛け、それを下ろします。

 露わになるのは私の亜麻色の髪とこの国に住まう人々ヒューエンスとは違う種族である証。

 長い耳と不老長寿が特徴の種族エルフェン。私はそのエルフェンです。

 かつてエルフェンは別名[森の民]と呼ばれ、その生涯を森で暮らすのが当たり前でした。

 それを壊したのは私のお母様です。彼女は自分が住まう森の統治者となった後、エルフェンも引き篭もりをやめて外に出ていくべきだと訴えました。

 最初は反発が多かったと聞いています。

 私は当時まだ生まれていなかったので詳しいことは知らないのですが、特に長老勢から激しい非難があったとかなんとか。

 お母様はそれまでの生活、エルフェンは木々に穴を開けるなどしてそれを家とする原始的な生活をしていたのですが、ヒューエンスのように森の中に木と石で[町]を作り、そこに住まわせることで長老たちを黙らせたそうです。

 快適を覚えてしまったらそこから抜け出せなくなるものですからね。

 やがてエルフェンたちはお母様を支持するようになりました。

 それをいいことにお母様はやりたい放題し始めたと聞いています。

 人類種の間でエルフェンと言えば弓と魔法が得意であるが体力面にやや難があり、肉体的に弱い存在。

 でしたが私たちの森の町に住むエルフェンは今ではそうではありません。

 お母様主導の指導により男性エルフェンはヒューエンスの軍勢百人程度なら一人で制圧できる武術派で脳筋となり、女性エルフェンは魔法をかつてより極めて男性エルフェンと同じくヒューエンスの軍勢百人程度なら魔法一発で撃沈させられる化け物種族となりました。

 この世界、男性は物理的に優れていて、女性は魔力的に優れているのです。

 しかしこうしてみると我が母親ながら恐ろしいですね。

 何者なのでしょうか、私のお母様……。

 話が逸れましたが私はそんなお母様の元で育ち、十五歳という成人を迎えたその日にお母様の「外の世界を見て来なさい」という言葉に従って生まれ育った森から出てきました。

 聖女様が私を見て目を見開いています。

 どうされたのでしょう? 大丈夫でしょうか。

 少しして聖女様から「エルフだ……」という言葉が聞こえてきました。

 この国は今のところ私の他にエルフェンはいないですからね。

 珍しいのでしょう。ですが私は勘違いしていたのです。聖女様の住んでいらっしゃった世界にはエルフェンという存在はいなかった。だから私を見て驚愕した。これを私は後に知りました。


「初めまして聖女様。私はエルフェンの賢者エリシア・ルクエルと申します。エリーとお呼びください。よろしければ聖女様のお名前をお聞きしても?」


 私の言葉で聖女様が固まりました。

 またですか? 一体どうされたのでしょう?

 暫くしたら聖女様の瞳から滴が零れ始めます。

 私は何かまずいことを言ってしまったのでしょうか。

 焦る私に聖女様が微笑みます。


「初めて名前を聞かれました」

「え?」

「ずっと聖女と呼ばれていたので」


 そういうことですか……。名前さえ必要とされなかったのですね。

 彼らが必要としているのは聖女という存在。それだけ。

 言わば聖女様の心や名前と言った聖女様を形作るものなど彼らには必要ないのです。

 必要なのは[器]だけ。

 お城の連中のあまりの在り方・やり方に呆れるやら怒りが湧くやら。

 我知らず拳を握り締めていたら聖女様がご自分の名前を教えてくださいます。


「天音莉子です。こっちではリコ・アマネかな」

「リコ・アマネ様」

「はい」

「では私はリコ様と呼ばせていただきますね」

「はい」


 名前でお呼びするだけ。たったそれだけなのに聖女様は嬉しそうにはにかみます。

 そのお顔を見た瞬間、私の心の中で何か良く分からない感情が芽生えました。

 もし世界が聖女様の敵に回っても私だけは聖女様の味方でいよう。聖女様と一緒に歩もう。

 私だけは聖女様でありリコ様として()()()()

 私はその感情をそういうことなのだろうと理解することにしました。

 聖女様との旅が始まります。

.

.

.

 旅はやはり一筋縄ではいきません。

 聖女様の旅の目的は瘴気溢れる場所に向かい女神様に祈りを捧げてその瘴気を浄化すること。

 瘴気とは元々魔力の元である魔素です。

 空気中に漂う魔素(エーテル)。それが私たちの体内に入れば魔力(マナ)となり、私たちはそれによって魔法(マギソーサリー)という力を世界に具現化させることができます。

 その魔素(エーテル)の淀みが瘴気(ミアズマ)です。

 何故魔素(エーテル)が淀むのか詳しい理由は明らかになっていません。

 ただ長くて千年、早くて四百年の間に少しずつ魔素(エーテル)が穢れていき瘴気(ミアズマ)になるのだそうです。

 これは放っておけばおく程この世界に生けとし生ける者にとって脅威に代わっていきます。

 何故なら魔素(エーテル)となった瘴気(ミアズマ)の袂に魔獣(デモンビースト)と呼ばれる存在が生まれるからです。

 これらには理性が殆どなく本能で動き回ります。

 大人しければいいのですが、残念ながらそうではなくこれらの存在は世界を蹂躙する者。

 ありとあらゆるものを破壊し、世界を滅亡させようとする言わば世界の殺戮者です。

 とは言え人類種も手をこまねているばかりではありません。

 魔獣退治を専門とするハンターと呼ばれる者が世界には存在しています。

 ですがそんなハンターでも瘴気を浄化しない限り無限に湧き続けて来る魔獣を相手にし続けるのは流石に無理です。

 その無限の連鎖を止めることができるのは聖女様だけなのです。



氷の千本槍フローズンサウザンドランス

「ぐももももぉぉぉぉぉ」


 飛び交う千本の氷の槍。奇襲先制攻撃成功ですね。

 さて、今回の相手は体は筋肉隆々のヒューエンスで頭は牛の魔獣ミノタウロスです。

 ヒューエンスと言っても身長は彼ら・彼女らとは比べ物になりません。

 それよりももっと巨大。そんな巨体の存在が両手斧を持ち私たちにそれを振るってきます。

 そうですね。斧がヒューエンスの成人男性の身長と同等の高さを持っていると言えばその恐ろしさが伝わるでしょうか。

 そんなものに万が一でも当たろうものなら私たちなど一溜りもありません。

 私たちは聖女様を守りながら必死に戦います。

 聖女様の浄化の魔法は発動までに時間がかかるのです。

 それまで聖女様を守り切るのが私たちの仕事ですね。

 第二王子ことカイン様が私の魔法で動きを止めたミノタウロスに突進していきます。

 王子ですが彼の剣の腕は確かです。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「んもぉぉぉぉおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

"ザンッ"カイン様の剣がミノタウロスの右腕を切断しました。

 さすが[黄金の獅子]の二つ名は伊達ではないですね。

 それを見て騎士団の長たるキース様が部下と共にカイン様の傍へ。

 騎士の役目は盾。ですのでカイン様を守りに行くのは正しい判断でしょう。

 カイン様は王族ですからね。守るべき存在なので当たり前です。

 しかしそちらは部下に任せてキース様自身は聖女様の傍にいるべきではないでしょうか。

 聖女様よりもカイン様の守りの方が手厚いってどういうことですか?

 私は舌打ちしながらすぐに聖女様の元へ走ります。


「もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


 怒りに染まったミノタウロス。

 それまで白だった体がそれを体現するかのように紅に染まります。

 左腕一本で斧を振り上げ、カイン様たちにそれを振り下ろします。


"ガインガイン、ギィンギィン"

 ミノタウロスの猛攻。騎士たちが必死に盾でそれを防御しています。

 カイン様は隙を伺っているようですが動けない様子。

 苛立ったように聖女様に声を上げます。


「おい! まだか聖女。さっさとしろよ、この(グズ)

「す、すみません……」

 

 委縮する聖女様。彼女は何も悪くないのですけどね。

 瘴気を浄化する魔法に時間がかかるのは当たり前。

 これまでの旅で何度も私がそれについて説いた筈なんですが……。

 

(道理が分からないなんてボンクラですね……)


 事故に見せかけて魔法に巻き込んでやろうかと考えてしまいました。

 ………いえ、悪くないかもしれませんね。

 やってしまいましょう。私は口角を上げて魔法を脳内で作り上げていきます。

 多分、第三者から見たら相当悪い顔してると思います。


魔力障壁(マナシールド)


 まずは私と聖女様たちにこれから私が放つ魔法の被害が及ばないように私たちの周りを魔力の障壁で囲みます。

 

爆発魔法(エクスプロード)


 魔法発動。狙ったのはミノタウロスの足です。

 ですが少々位置が低すぎたみたいです。

 魔法はミノタウロスの右足の甲辺りに命中しました。

 ここは荒れ地。ですので魔法の衝撃で岩が破壊されて礫が飛びます。

 ミノタウロスとその傍にいるカイン様たちにもそれが降り注ぎます。

 あらら。まぁ()()()()()だから仕方ないですよね。

 カイン様たちは慌てていますが、私たちは障壁のおかげで無傷です。

 こんなこともあろうかと思って予め対策をしておいて良かったです。

 ええ、カイン様たちを巻き込んだのはあくまで事故ですよ。事故。


「貴様! 今のわざではないのかね」

「なんのことですか? それより来ますよ」

「くっ」


 キース様。失礼ですね。

 事故ですよ。そういうこともあります。

 爆発魔法(エクスプロード)により立ち込めていた砂埃と炎と煙が立ち消えます。

 ミノタウロスが魔法で消失(デリート)させたようですね。

 脳筋だとばかり思っていたのですが、魔法も使えるとは驚きです。


「ぐもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」


 ミノタウロスの突進。先程までよりも激しいものとなっています。

 狙いは私。爆発魔法(エクスプロード)を放ったことにより激怒させてしまったようです。


「ぐっ。このままではもたんぞ」

「くそっ。おい! 聖女。早くしないと殺すぞ」


 カイン様は本当に口が悪すぎですね。

 しかしこのままでは埒が明かないのも事実ですか。


氷の刃(アイスカッター)


 私が魔法を放った時、聖女様の凛とした声が響きます。


「お待たせしました」


 祈りのポーズで魔法を解き放つ聖女様。


魔素浄化魔法(エーテルリザレクト)


 それにより淀みが消えていきます。

 荒れ地だった場所が緑成す花地となり、瘴気により生まれたミノタウロスも浄化され消えていきます。

 後には魔獣ミノタウロスの心臓部である魔晶石と魔獣の証である額の黒水晶のみが残りました。

 

「ふぅ。疲れましたね」

「ああ、だが……」


 カイン様がニヤニヤしながらその魔晶石と黒水晶を拾います。

 これには魔力が充満していて例えば灯りの魔道具などの心臓部となるのです。

 魔獣は私たちの生活を脅かす存在ですが、逆にこういうことでは潤わす存在でもあるのです。

 カイン様がそれらを自らの腰に下げている道具袋の中に入れます。

 それが終わると険しい顔をして聖女様の元へ。

 手を振り上げるカイン様。聖女様に平手打ち。

 ……させるわけありません。私はその手が振り下ろされる前に掴みます。


「どういうつもりですか?」


 男性エルフェン程ではありませんが、私も物理的な力はあります。

 それに身体能力強化の魔法を併合させると少なくともヒューエンスに後れを取ることはありません。


"グリッ"と力を入れてやります。


「痛っ。貴様、俺を誰だと思っている。不敬だぞ」

「誰? ボンクラですよ。聖女様に手を上げようなど言語道断」

「こいつのせいで俺たちは全滅しかけたんだぞ」

「聖女様の魔法については何度も何度も説明しましたよね? 貴方はウマシカさんなんですか?」

「ウマシカ?」

「バカだということですよ」

「貴様!!」


 カイン様が腰の剣を抜く前にお腹に膝蹴りを入れました。


「ぐぼっ」

「おいっ!!」


 それを見て私に迫ろうとするキース様。

 私はそれを目で制し、次いで言葉を投げかけます。


「止まりなさい。この者は女神の愛し子である聖女様に手を掛けようとしたので制止させたのです。

 女神様の機嫌を損ねれば災いが降りかかるのですよ? 貴方はそれを受け止める自信があるのですか?

 世界中の人にどう説明するつもりですか? それでも道理が分からぬというのならば……」


 私は脅しのため魔力を具現化させて体に纏います。

 一部を剥離させて作り出すは幻獣フェンリル。

 幻獣とは女神様の使いとされている獣のことです。

 そしてフェンリル様は私たちの森の守護者です。

 本物の能力には遠く及びませんが、それでもここにいるヒューエンス程度なら虐殺できます。

 それが分かったのでしょう。額から冷や汗を流しつつ後退するキース様。

 

「王都に戻ったらその時は……」


 捨てセリフを残してカイン様のところへ歩み寄ります。

 地面に倒れているカイン様の体を支えつつ起こすキース様。

 二人が私を睨んでいたような気がしますが無視しました。

.

.

.

 その日の夜。

 宿で聖女様と私は同じ部屋です。

 旅が始まってすぐのうちは聖女様はお付きの侍女と共に過ごされていたのですが、聖女様の黒髪が不吉で怖いなどとその侍女が私に訴えて来たので私と聖女様で一部屋、侍女たちで一部屋、カイン様とキース様で一部屋、騎士たちで一部屋という部屋割りになったのです。

 侍女ってなんのためにいるのでしょうね? 侍女ってなんなんでしょうか?

 今となっては彼女たちはただ着いて来ているだけ。

 聖女様のお世話は私がしています。


「迷惑かけてごめんなさい」


 木のベッドに腰かけ聖女様が力なく呟きます。

 それを受けて聖女様の隣に私は座ります。

 聖女様の横顔は悲しみに溢れています。

 気配は今にも消えそうな程に弱くて私は聖女様という存在に対する周りの態度に憤ってしまいます。

 聖女様があの人たちに何をしたというのでしょうか。

 聖女様はあの人たちが不快になるようなことは何一つしていません。

 むしろどれだけ嫌われようとも懸命に旅を続けていらっしゃる。

 その意味がどうしてあの人たちには伝わらないのでしょう。

 心底腹が立ちます。腸が煮えくり返って私が魔獣になってしまいそうです。


「リコ様」


 多少失礼かなと思いつつ私は聖女様に手を伸ばします。

 聖女様は強張りながらも抵抗する素振りは見せません。

 胸に聖女様の頭を抱き締めながら私は聖女様に魔法を掛けます。

 いいえ、魔法であって魔法ではありません。

 言霊です。今の聖女様に一番必要なのはこの魔法だと思うから私はそれを選択しました。


「リコ様、私はリコ様のことを迷惑だなんて思っていません。

 むしろ謝らないといけないのは私の……。いいえ、私()()の方です。

 こちらの都合で貴女をこの世界に()んでしまいました。

 たった一人。それはどれ程孤独であることでしょうか。

 それなのに……。リコ様、申し訳ありません。

 もしお辛ければこの旅を今すぐ中止致しましょう。

 例えそれで世界中が敵に回ろうとも私はリコ様のお傍にいます」

「エリー……さん」

「………。防音の魔法を部屋にかけました。リコ様、泣いても大丈夫ですよ」

「うっ……、エリーさん、エリーさん。私、私……」


 聖女様はそれから嗚咽を上げながら泣き続け、私に本音を零してくださいました。


「もう嫌だ……。こんな世界大嫌い。どうして?

 ねぇ、どうして私だけがこんな目に遭わないといけないの?

 全部全部嫌い。私に何もかも押し付けるな!! こんな世界壊れちゃえばいい。

 私を気持ち悪がる奴も私を利用しようとする奴も女神も!!

 皆、皆……。エリーさんも………」

「はい………」


 そうですよね。聖女様にとってこの世界の皆、敵ですよね。

 そう思っていたら聖女様が私の首に手を回してきつく抱き着いてきました。


「やっぱりエリーさんは消えないで。お願い、私と一緒にいて」

「ですが私もこの世界の【人】なのですよ?」

「エリーさんだけ。貴女だけ私を聖女の前に【人】として見てくれた。

 名前を聞いてくれた。私を助けてくれた。エリーさんだけ……」

「リコ様」


 私は聖女様の頭を撫でます。

 やはり聖女様は少女です。

 どれだけ普段頑張っていたって。


 ……本当に少女、なのでしょうか?

 私はずっと胸に抱いていた疑問を聖女様にお尋ねしてみることにしました。


「あの……、リコ……様」

「ひっく……。ん?」

「ぶしつけな質問を申し訳ないのですが、リコ様って何歳なんですか?」

「すん……、私……? 十六、だよ……。どうして?……ぐすっ」

「え?」

「え……?」


 成人済? やはり異世界人は若く見えるものなんですね。

 驚きました。私は聖女様を私の体から放してその顔をまじまじと見つめます。


「十二歳くらいだと思っていました」

「こっちの人から見たらそう見えるかも、ね」

「驚きましたよ。まさか成人済だったとは……」

「成人? そっか……。こっちでは、十五で成人なんだっけ」

「はい」

「エリーさんは……何歳なの? エルフだから実は……すごい年上だったり?」

「いえ、私はリコ様の一つ下ですね」

「え!」

「すみません。リコ様と比べると老けて見えますよね」

「ううん、全然全然。そんなことないよ。でも一つ下だとは思わなかった」

「え?」

「え?」


 私たちはお互い口を開けて呆けつつ見つめ合います。

 聖女様ももう涙は止まったようでそのお顔は……。


「「ふふっ」」


 笑い出したのは果たしてどちらが先だったのでしょうか。

 へらへらとひとしきり笑い、ベッドに倒れて私たちはまた見つめ合います。


「エリーさん」

「はい、リコ様」

「リコって呼んで」

「それは……」

「私もエリーって呼びたい。だから……」


 聖女様のお名前を敬称無しで呼ぶ。それはどうなんでしょうか。

 悩みましたが、最初に決めたことを思い出して私は聖女様のお願いを聞くことにしました。


「分かりました。それではリ……リコ……様」

「様って言ってるよ?」

「うっ……。やっぱり急には……。すみません、もう少し時間をください」

「エリー……さん、ちゃん? 可愛い」

「ちゃ、ちゃん? ちゃんはやめてください」

「あははっ。エリー、本当に可愛い」

「もう、リ、リコ……さ…」


 私は聖女様を抱き締めます。照れ隠しです。こうすれば私の顔を見られなくて済みますしね。

 聖女様が苦しがっているけど知りません。恥ずかしいんです。


「エリー、息が……」

「知りません! それよりそろそろ寝ましょう。明日も……。あ!!」

「ん?」

「旅はおやめになるのでしたっけ? それなら夜更かしも関係ありませんね」

「ううん、続けるよ。他の人はどうでもいいけど、エリーがいる世界を守りたいから」

「リコ……」


 私は聖女様のお言葉に嬉しくなり、気持ちのまま聖女様の額にキスなどしてしまいました。


「エ……、エリー……。今……」

「うっ……。申し訳ありません。すぐに洗浄魔法(クリーン)を……」

「待って。やめて。私、嬉しかったから」

「え……?」

「だ、だからもう一回……」

「うっ……」


 私の胸の間からこちらを見上げる聖女様。

 反則ではないでしょうか。いえ、そういう形になるようにしたのは私ですけどもね。


「エリー……」

「わ、分かりました……。分かりましたからそのお顔はやめてください」


 捨てられた子犬みたいな。私は頬の熱さと心臓の煩さに耐えながら聖女様の額に今再びキスしました。


「ありがとう」

「い、いえ……」

「じゃあ私も」

「え?」


 聖女様が私の首筋に噛み、吸いつきます。

 まさか痕を残されるとは思いませんでした。

 

「リ…リコ……?」

「おやすみなさい」


 恥ずかしかったのでしょう。

 私に背中を向けて寝に入る聖女様。

 取り残された私は………。


(寝れるわけないですよね……)


 私は一晩中キスのことを考えてしまい、結局徹夜してしまいました。

 寝た筈の聖女様にも目の下に隈があるのはどうしてでしょうか?

 私たちはこの日の旅は散々だったとだけ言っておきます。

.

.

.

 それから数ヶ月。ついに聖女様の旅も終わりました。

 アルナディア王国王都へ帰還し、全員で王に旅の終わりを告げた後、労いの言葉を受けます。


「聖女よ。再びこうして相まみえることができたこと嬉しく思うぞ」

「はい、ありがとうございます」

「うむ。此度の行い大義であった。さて褒美であるが……」


 王がチラリと玉座の間に並ぶ大臣たちを見ます。

 まさかとは思いますが、聖女様と彼らのうちの誰かを結婚させようなどとでも言うのでしょうか。

 そこまで愚かではないですよね。そうですよね? 王。

 私は心の中で王が愚王でないことを願いますが、その願いは女神様に届かず裏切られてしまいます。


「ボターメ・リック・シンドローム伯爵ここへ」

「は!」


 ボターメと呼ばれた伯爵が王の前へ出てきます。

 彼は魔獣トロールでしょうか? 全体的に体が丸く、脂ぎっていて少々体臭がキツいです。

 お腹の出っ張りが凄いです。首が肉に埋まっていて見えません。

 服もサイズがあってないのでしょう。今にも張り裂けて破れてしまいそうです。

 ハム……みたいですね。糸で縛られたハム。ああいうの肉屋さんで見たことありますよ。


「聖女にはこのボターメ伯爵と夫婦(めおと)となることで、我が国の国民となる権利を与えよう」


 聖女様が王のその言葉で眉を顰めます。

 旅の間で聞いたことも無いような低い声で聖女様は王に問いかけます。


「恐れながら申し上げます」

「許そう」

「この旅が終われば私を日本に帰してくれるという約束でしたが、それはどうなったのでしょうか」

「うむ」


 王が顎髭を触ります。

 右斜めを意味なく見ながら言うのは聖女様にとって裏切りの言葉です。


「済まぬ。召喚は一方通行でな、帰るすべは無いのだ」

「つまり……。つまり最初から騙していたということですね?」


 それまで膝をついて王に(こうべ)を垂れていた聖女様が立ち上がります。

 その目に宿っているのは侮蔑の色。

 近衛兵や大臣たちから「無礼な」などと言葉が零されますが聖女様は意にも介しません。


愚王(クズ)が」

「貴様」


 王を蔑む聖女様の言葉で近衛兵、カイン様、キース様が剣を抜きます。

 聖女様は微動だにしません。ただ一言だけ愚か者たちに告げます。


「動くな!!」


 聖女様の足元に紅色に光る魔方陣が出現します。

 浄化の際は魔方陣は青白い発光です。

 それが今回は紅色。その理由は……。

 ふわりと宙に軽く浮かぶ聖女様の絹糸のような美しい髪。

 次の瞬間、聖女様の体から濃い瘴気が発生します。

 それはこれまで聖女様が浄化してきたものです。

 光と闇は表裏一体。聖女様は瘴気を浄化することで元の魔素に戻し、その魔素をご自分の体に吸収していたのです。

 ()()()()()()()()()()()()聖女様の髪が召喚された頃と同じ色合いとなっていきます。

 聖女様の体の変化に私以外の者は誰も気が付いていなかったでしょうね。

 魔法の逆流。聖女様を中心として玉座の間に漂う闇。

 それはまるで煙のようです。広がる闇の煙。

 その闇の中から"じゅるり、ボタリ"零れ落ちてくるのは魔獣たち。


「ひっ」


 この場に集う者たちの悲鳴の中、魔獣たちに囲まれながら聖女様は薄く笑います


「ふふっ」


 それを見て気が触れた。そう思ったのでしょう。

 キース様が聖女様に斬りかかります。


「魔に捉われたか。哀れなる者よ。せめてこの剣で死の慈悲を与えよう」


 聖女様に振り下ろされる剣。

 しかしそれは聖女様には届きません。

 闇がその剣に纏わりつき、剣を黒に侵食した後、次はキース様の腕を侵食しにかかります。


「ひっっっっ」


 キース様が慌てて剣を離しますがもう遅いです。

 彼の腕は文字通りこの世から消滅します。


「ぐっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ」


 この闇の恐ろしいところは消滅させながら痛みはしっかり残るところです。 

 あまりの激痛に床を転がりまわるキース様。

 闇はそんなキース様を蝕んでいきます。

 

「あっ……ああっ……。赦し……て」


 キース様は聖女様に苦悶の表情を向けつつ赦しを乞いますが聖女様はそれをただじっと見つめ続けるだけです。


 やがてキース様は全身を闇に喰われてこの世界から完全に消失しました。

 重い沈黙の帳が落ちる玉座の間。最初にその沈黙を破ったのはカイン様です。


「悪魔……。やはり貴様は聖女などではなかった。この黒髪女。貴様は魔女の手先だったんだ!」


 今度はカイン様が聖女様に斬りかかります。

 本当にどうしようもないウマシカさんでボンクラさんですね。

 先程キース様がどうなったのかもう忘れたのでしょうか。

 

「貴様など。貴様など()ぶべきではなかった。死ね、魔女め」


 勝手な言い草ですね。私が殺したいです。

 聖女様がカイン様を見ます。今度は一切の表情が抜け落ちて能面のようです。

 

「勝手に()んでおいて……。私の人生を奪っておいて……お前は……お前たちは……」


 聖女様から闇が一欠片カイン様に解き放たれます。

 それは彼の右目に喰らいつき、それを破って体内(なか)へと入っていきます。


「いっ、ぎゃぁっっっ」


 体内(なか)から喰われる。

 ある意味外から喰われるよりも余程恐ろしく悍ましいでしょうね。

 キース様の方が幸せに死ねたのかもしれません。

 さて、こうしている間にも闇はどんどん広がり、窓の隙間から溢れて外へと出ていっています。

 聞こえてくるこの国の人々の悲鳴。

 聖女様はそれを一瞥した後、情けなくも下半身が濡れている王の傍に歩いていきます。


「ひっ、ひっ!」

「私を騙してくれたお礼に貴方には不死をあげる。

 貴方は何をされても死なない。死ぬ程の拷問を受けても死の間際に心も体も回復するわ。

 でも不老じゃない。この意味分かるよね?」


 聖女様が王の頭を掴みます。その腕から放たれる幾らかの闇。

 絶望する王。彼はこれから未来永劫体内(なか)を喰われながら生き続けることになります。


「さて、後は魔獣がやってくれるよね。お待たせエリー」

「少しは気が済みましたか? リコ」

「うん。少しね」

「ふふ。それでも少しですか」

「だって、ね」

「そうですね」

「ねぇ、エリー」

「ええ、リコ」


 聖女様から伸ばされた手。私はその手を取り微笑みます。


「行きましょうか」

「うん!」


 二人で窓へ駆けていき蹴破ります。

 ここは地上数十メートル。

 幾ら身体能力強化の魔法をかけているとはいえ落ちたらそこそこダメージを負うでしょう。

 しかし……。


『待たせたな、小さき者よ』


 落下する私たちを空中で受け止めてくれる者。

 彼女は旅の中で出会った幻獣エンシャントホワイトドラゴンです。

 普通ドラゴンと言えばその体は鱗で覆われていますが彼女は違います。

 大型犬を巨大にして頭にユニコーンの角、背中に四対の天使の翼をつけたら彼女になります。


『もう良いのか』

「うん、お願い」

『了解した』


 エンシャントホワイトドラゴンが翼をはためかせて大空へ。

 私は風の魔法を使い、空気抵抗などを抑え込みます。


「エリー」


 私の肩に頭を乗せる聖女様。

 

「あいつらやっぱり騙してたよ」


 その声には当然ですが元気がありません。


「私……ではダメでしょうか?」


 聖女様の手に手を重ねて私は聖女様に問いかけます。

 こうなるだろうと薄々思っていました。

 私の予想が外れてくれたら良かったのですが、その通りになってしまいました。

 聖女様はもう故郷へ帰ることができません。

 一人ぼっちになった聖女様。そんな聖女様を私は傍で支えたいと思うのです。


「エリー……」


 聖女様が顔を上げて私を見ます。

 私も顔を横に向けて聖女様を見つめます。

 可愛い……です。潤んだ瞳が、紅に染まった頬が、何か言いかけては閉じるその瑞々しく赤い唇が。

 

「リコ……」


 なんでしょう。体が熱いです。心臓が煩くて堪りません。

 ですが静かです。聖女様の息づかいしか聞こえません。


「私、今心臓が破裂しそうになってる」

「はい、私もです。リコ」

「本当?」

「ええ……」

「触っても……いい?」

「はい……。いい……ですよ? でも私も……」

「う、うん……。いい……よ」


 私たちはお互いの胸に手を伸ばします。

 聖女様の胸柔らかいです。そして鼓動が驚く程早いです。


「エリーの心臓大丈夫なの?」

「リコだって大丈夫なんですか?」

「私は、ね」


 聖女様が私の首に手を回して抱き着いてきます。

 見つめ合い、やがて聖女様は「エリーが好き」小さくそう漏らした後目を閉じます。

 可愛すぎませんか! ニヤけが止まりません。

 

「私も好きです。リコ……」


 ニヤニヤを我慢して聖女様の唇に唇を持っていきます。

 触れ合うだけのキス。

 聖女様の唇はこんなにも柔らかいのかと感動してしまいました。

 これは……クセになってしまいそうですね。

 離れるのが名残惜しいですが、程々で離れます。


「しちゃった……ね」


 聖女様、上目遣いはやめてください。

 天然なのでしょうか。それとも狙ってるのでしょうか。

 どちらにしても私は……。


「リコの尻に敷かれそうですね」

「え?」

「いえ、なんでもありません」

「そう?」

「ええ。それよりもう一回いいですか?」

「うん……」


 本当に可愛いですね。気持ちがどんどん加速していきます。

 

「リコ……」

「エリー……」


 貴女が愛おしくて、大好き――――。

.

.

.

 この日半時の間世界中を包み込んだ瘴気によりその間に幾つかの国が滅びた。

 そこは聖女を雑に扱った国々。千年前と同じ悲劇が繰り返されたのだ。

 瘴気が晴れた後、後に残ったのは建物だけだった。

 そこに住んでいた人々が何処へ行ったのかは誰にも分からない。

 生き残った人々は聖女の呪いだと彼女のことを恐れた。

 だがそれと同時に滅びた国は報いを受けただけだと思いもした。

 滅びた国。その跡地には時々仲睦まじく手を繋いだローブ姿の女性二人の姿が見られたという。

 花を手向けていたことから弔いだろう。

 何故そんなことをその女性たちがしていたのかは、よく分かっていない。

.

.

.

「優しいですね。貴女は」

「自己満足、だよ」

「後悔してますか?」

「してない。でも次は繰り返して欲しくないなって思う。これは願いの花束」

「そうですか。……そういうところも好きですよ」

「何か言った?」

「いいえ、なんでも。ところでそろそろいいですか?

 亡くなった人より生きてる人だと思いますよ」

「もしかして嫉妬してる?」

「……そんなことありません! 私、先に行きますから」

「あっ! ちょ、待ってよ。私も一緒に」

「早く追いついてください。じゃないと置いていきますよ~」

「魔法使うのズルい。待ってったら~」


 突如として始まった追いかけっこ。

 その追いかけっこは追いかける側が石に躓き盛大にこけるまで続いた。


~~~end.

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