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08 : 5体目の珪素生命体

 大きな丸い目がまっすぐにオレを見上げてくる。

 逃げられない。この真っ直ぐな感情から逃げる事が、オレにはできない。

「大坂井、オマエ……」

 拍動が速い。

 何故だ? 何故、警察でも白根のような組織でもない普通のクラスメイトがオレに向かって珪素生命体シリカの事を問う?

「柊くん、私ね」

 心臓が速い。

「加奈子のこと、大好きだったんだ」

 ずきり。

 胸の痛みと同時に、当時オレがしようとしていた事を思い出した。

 それは、オレの感情一つで萩原加奈子をアヤめた珪素生命体シリカを無罪放免しようとした事。遺された者達の気持ちを二の次にして。 シリウスが自ら消滅しなければ、購われる事のなかった罪――オレ自身の、罪。

 大坂井が言っているのはそういう事だ。

 珪素生命体シリカを優先させるというあり得ない選択をした、オレの罪。

 真っ直ぐに見つめてくる大坂井の目を見られないのは、そのせいだ。

 ところが、大坂井はふいに目を細めて、オレの服の裾をぱっと放した。

「なんてねっ! ちょっと言ってみただけだよぉ」

 そして、代わりにオレの手を自然にとり、青信号の横断歩道を駆けだした。

「はやく行こう! アイちゃんたちに置いて行かれちゃうよ!」

 オレの手を握りしめた大坂井の手はひどく冷たくて、まるでオレを責めているかのようだった。

 ちょっと言ってみただけ、なんてそんなはずはないのだ。大坂井の視線は、確実にオレを非難していた。本当は何があったのか分かっているかのようなあの瞳――分かるはずなんて、ないのに。

 信号から少し歩いた場所で、相澤が腰に手をあてて待っていた。

「柊も美穂も遅い! 置いてくよ!」

「ごめーん、アイちゃん!」

 小さな大坂井の手に引っ張られながら、オレはもう戻れない事を確信した。

 警察どころか、クラスメイトにさえ本当の事を話せない。

 オレは、これからすべてを抱えて生きていくんだ。もしかすると、これからもっともっと、この胸の奥の澱みを増やしながら。

 普通の高校生だったオレは、どうしようもなくどうしようもない不安に苛まれていた。

 前を行く夙夜が、ふっと振り向いて何かをオレに呟く。

 聞こえなかったけれど、オレを落ち着かせようとしているように感じたが、そのすべてが遠かった。白根がこちらを鋭いアーモンドの瞳で睨んでいたが、ひどく遠い世界の出来事のように思えた。

 何で、オレが。

 ごくごく普通の、どこにでもいる高校生。それがオレのポジションだったはずなのに。なぜ警察に嘘をつき、監視され、白根の同僚の関西弁野郎に狙われ、クラスメイトに隠し事をして非難され。

 いったいオレは何をやっているんだろう?

 いつの間にか大坂井はオレの手を放し、相澤の元へと走っていた。

 すると、白根に話しかけながら(もっとも白根は全く相手にしていないが)、歩いていた黒田が大きな声で言った。

「なぁ、この森みたいのって、なんだ?」

 街中を歩いているはずなのに、いつの間にかオレたちの右手にはこんもりと茂る森のようなものが現れていた。それも、高いベージュ色の塀に囲まれている。

「これは京都御苑とも呼ばれる宮内庁管轄の管轄下にある、もともと歴代天皇の居所・執務所として使われていた京都皇宮を含みます。西暦794年に京都遷都した折に端を発し、江戸時代には二百もの宮家や公家の邸宅が立ち並ぶ町になりました。明治時代に天皇が東京へ移ってからは住居として使われていませんが、現在も建造物は多く保存されています」

「ああ、これがかの有名な『京都御所』か!」

 でかい声で京都御所と京都御苑をごた混ぜにした矢島が、京都御所について名前以上の事を知っているとは思えないが。

「せっかくだから中を通って行かないか?」

「あ、いいねー!」

 応援団矢島の提案は二つ返事で承認され、オレたちは少々進路を変えた。

 アスファストの道を抜けて、砂利が敷き詰められた京都御所の広い道を大きく広がってざくざくと歩いていった。

 ああ、やっぱり夙夜は楽しそうだ。

 砂利道が一歩ごとに音を立てるのがそんなに嬉しいのか、それとも道なのにサッカーグラウンドかと見紛うようなこの広すぎる道が楽しいのか、それとももっと別に理由があるのか。

 オレは改めて天皇という存在が持つ権力を肌で感じていた。

 中央を貫く健礼門前の大通りの真ん中に立つと、1000年以上前の都の雰囲気が伝わってくるかのようだ。ここを公家の行列が通っていたっていうのは、きっとウソではない。

 夙夜は嬉しそうにきょろきょろとあたりを見渡し、へらへらと笑いながらオレを振り向いた。

「すごいねぇ、マモルさん。広いねえ」

 やっぱり広いのが嬉しかったか、そうか、そうか。

 ここでスキップしたら置いてくからな、夙夜。

 じっとりとした目でヤツを見ていたせいだろうか。

「柊くんはまるで、香城くんのお父さんみたいだねぇ」

 隣で大坂井がくすくすと笑った。

 先ほどの尋問の事など忘れてしまったかのようなその明るい笑顔に、オレは余計に不安を掻き立てられる。

「お父さんて何だよ、お父さんて」

 確か、前にも同じ事を言われたな。

 と、楽しそうに歩き回っていた夙夜が唐突にオレの方を振り向く。

「マモルさん、俺、あんみつ食べたい」

「あ、あたしも食べたい」

 間髪入れずに相澤が同意した。

 この甘党どもが……!

「あんみつかー。いいっすね! あ、白根さんもどうすか?」

「香城夙夜さんが参加するならば、私も同意します」

 その台詞で、白根の両サイドを守っていた黒田と土方が凍りついた。

 やめろ、白根。本気とはいえ二人がかわいそうだ。そして、いろいろ誤解するだろ? 大坂井なんぞ、オレを3人の内で仲間外れと称したんだぞ……!

 と、説教は後でいい。

「……仕方ねえな」

 オレは大きくため息をついて、携帯端末で付近の甘味処を検索し始めた。

 そんなオレを見た大坂井は、さも可笑しそうに笑った。

「柊くんは、みんなの(・・・・)お父さんみたいだねっ」

「そりゃどーも」

 携帯端末での検索を終えたオレは、周囲と地図を見比べながら店の場所を確認する。

 徒歩5分。

 やな予感なんてずっとしてる。

「そしたら、そっちの門から出て左……に……」

 指さした先、門の下。

 オレを追い詰めるイベントが途切れることなく続いていた。

 まさかとは思うが、夙夜、完全に分かってたよな?

珪素生命体シリカ……」

 最初に呟いたのは大坂井。

 蒼白な顔で、再びオレの手を握りしめた。



 その瞬間、ずっとオレたちをつけていた警察が動いた。

 同時に白根も動く。女子高生からはかけ離れた運動能力で地を蹴り、珪素生命体シリカとの間合いを詰めた。

 門の下にただ立っているのは、銀色の髪、和服に身を包んだ少年。和服の下に薄手のパーカーを着て、フードを出してすっぽりとかぶっていた。

 しかし、珪素生命体シリカを知っているオレたちからすれば、その目立つ服飾以上に雰囲気が人間離れしているのがすぐ分かる。ぱっと見ただけでは分からないが、きっちりと被ったフードの奥、その髪の間から、ヒトにはあり得ない筈の長い耳が覗いている――あれはきっと、ウサギ。色の白い肌に真紅の目は白い毛並みのウサギそのものだ。

 そのウサギ少年は、迫ってきた白根と私服に身を包んだ警官にちらりと目を向け、ひょい、と軽く跳んだ。

 それだけで数メートルの高さがある門の屋根に軽々と飛び乗った。

 オレに吹っかけられた災厄は、とうとうこんな京都の街のド真ん中まで珪素生命体シリカを連れてきやがった。

「どうしてこんなところに珪素生命体シリカが……?」

 桜崎高校に出入りしていた梨鈴のおかげで、クラスメイトたちも珪素生命体シリカに耐性がある、とはいってもさすがに全員驚いている。

 しかも、その珪素生命体シリカに白根と見知らぬ男性――実際は警察なのだが――が飛びかかっていったという非現実的な光景に、誰もが言葉を失っていた。

「マモルさん、あれ、犯人の半分・・だよ」

 おーい、夙夜、オマエいい加減にしろよ。

「犯人? 何の犯人だ、香城?」

「今朝の。警察のヒトが言ってたよ」

「何?! そう言えば、香城と柊は今朝どこかに呼ばれていたな。その時か?」

「うん、珪素生命体シリカの仕業だったらしくてさ。俺とマモルさんが前にリリンと一緒にいたのを知って話が聞きたいって呼ばれてたんだ」

 いつになくすらすらと喋る夙夜が、嘘をついていないのがすげえ。確かに警察に呼ばれたのは、梨鈴と一緒にいた事が理由だ。そして、あの珪素生命体シリカが犯人だというのも、夙夜が言うのだから本当なのだろう。

 しかし、犯人の半分……?

 落ちつけ、道化師。考えろ――オレは京都に来てから何度目か分からない台詞を口の中で呟いた。

「アオイさん、あのままじゃ警察のヒトと喧嘩になっちゃうけど、いいのかなあ?」

「いや、よくねえだろ。夙夜、オマエ止めろよ。アイツ、オマエの言う事しか聞かねえよ」

「んーでも、昨日のケーキさんがさぁ」

「誰だよ『ケーキ』って」

「えーと、アオイさんの知り合い、んと、モチヅキケイキ?」

「望月……あぁ、アイツか、それがどうした。とにかく止めろ」

 ものすごく聞きたくない名前を聞いてしまい、思わず不機嫌なまま夙夜に命令した。

 夙夜はそれを聞いて、いつものようにへらへらと笑った。

「しょーがないなあ。じゃあ、マモルさんのために頑張っちゃうよー」

 だからその台詞……これ以上クラスメイトたちに誤解させんじゃねぇ! これじゃまるでオレがホモみたいじゃねえか!

 オレは今にもその場を逃げ出したくなった。

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