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07 : 才女の友人と思わぬ伏兵と

 そして数十分後、オレたちは何事もなかったかのように3人でホテルを出発した……と、言いたいところだったが、残念ながら夙夜の予言したとおりの団体行動だった。

 応援団所属のやたら暑苦しいクラスメイト、矢島やじま隆弘たかひろのグループがなぜかオレたちに合流したからだ。

 どうやら目的は、見た目だけなら極上の美人転校生である白根葵。それから、これを機会に、普段オレや白根とばかり行動している夙夜と話してみたいという女子生徒。

 なぜわざわざこのマイペースや無表情と行動しようとするんだ。やめておけ、と言いたい。

 しかし、気づけば全部で8名という大所帯になっていた。

「今日は朝から大変だったな。どうする? 黒田と土方がサイフを取られたから、あんまり遠くへは行けないんだが」

 地図上の位置は知らないが、『三条川端』なる場所にある宿を出てすぐ応援団の矢島に聞かれたオレは、即座に首を横に振った。

 予定なんて、あるわけねえ。

 むしろ、お前達と別行動するのが予定だったんだが。

 そんなオレの様子を見た応援団の矢島は肩を竦めると、日焼けた顔に白い歯も目立たせて、豪快に笑った。

「俺は運動の神がいると言われる『白峯神社』へ行きたいのだが」

「白峯神社?」

 オレは手持ちの地図をぺらぺらとめくる。

 白峯神社、白峯神社……おお、本当だ。へえ、もともとは蹴鞠の神、転じてサッカー、スポーツ全般の――って、ちょっと待て!

「バカ野郎、白峯神社っつったら堀川今出川じゃねえか!」

 そのまま地図を矢島の顔に叩きつけてやる。

 しかしさすがに応援団、矢島はそれを何事もなく受け止め、首を傾げた。

「堀川今出川? どこだそれは?」

「……金のないオマエ達に教えてやろう。ここから直線距離でだいたい3キロ、道なりなら5キロだ。矢島、オマエそこまで歩く気か?」

「5キロか。走れば15分だな!」

「じゅうごっ……! それはオマエだけだこの体力バカの応援団がぁっ!」

 思わず普段以上の運動能力を発揮して、オレは矢島の側頭部に蹴りを叩き込んでいた。

 しかし、ほんの少し傾いだだけで、すぐに体勢を立て直した矢島に夙夜と同じ種類の鈍感さを感じ取る……おい、またボケ属性か? オレみたいな半端な突っ込み、それも運動不足の文化部にはかなり厳しいんだが?

 頼むからこれ以上オレの心労を増やさないでくれ!

「5キロねえ……往復10キロ、お金もないから、丸一日かけて往復するにはいい距離なんじゃないかな。ねえマモルさん」

「ややこしくなるからオマエは口挟むんじゃねぇ、このマイペース野郎!」

「香城夙夜さんがそうおっしゃるなら、私はそれに従います」

「そしてキサマはもっと主体性を持て、白根しらねあおい!」

 オマエがそんな事を言ったら……!

「白根さんがそう言うのなら、それでいいけど?」

「俺もー」

 オマエ目当ての黒田と土方が賛成側に回るだろうがぁ!

「相澤、大坂井、10キロも歩く事になるぞ?! いいのか?!」

 頼みの綱は残り二人の女子。

「あたしはいいよ。運動になるし」

 しまった、相澤あいざわあいは女子陸上部の長距離選手じゃねえか。日に焼けていてすらりと長身、オレと目線が一緒の相澤にとって10キロなど全く問題ないらしい。

「アイちゃんがいいなら私も歩くー」

 相澤の親友である大坂井おおざかい美穂みほもあっさり承諾し、10キロという数字を見ただけで全く歩く気を失くしているのはオレ一人だけらしい。

 よし、これでコイツらと別行動……なんてわけにいかねえだろ、この場合。

 惨敗。

「……」

 オレは無言で敗北を承諾した。



 黒田と土方に囲まれて歩く白根――コイツは相変わらず無表情だ。運動部コンビ矢島と相澤の会話をにこにこと聞いているフリをしている夙夜の後姿を見ながら、凄まじく不機嫌な表情で歩いていたからだろうか。

「不機嫌そうだね、柊くん。白根さんが気になったりするの?」

「あぁ?」

 なぜオレがヤツの心配をせねばならんのだ?!

 背の高い相澤と並んでもひどい身長差が目立つ大坂井、オレはあまりの背の低さに愕然と見下ろした。先輩といい勝負……いや、もっと低いだろう。

 まるっこい顔に丸い目。高校生というより、小学生と言っても通じてしまうだろう。

「冗談だよ。柊くんは白根さんの事、そんな対象としてみてないもんねぇ」

「分かってるなら言うなよ、大坂井」

「ごめんごめん、だって柊くん、楽しそうなんだもん」

「どこがだっ……」

 思わず頬を引きつらせると、大坂井はさらに楽しそうに笑った。

 先輩といい大坂井といい、どうやらオレは背の低い女性にはいいように弄ばれる運命らしい。

 サクラの樹はとっくに花もなく、青々とした葉が茂っている。狭い歩道だというのに、どうにも京都は自転車が多すぎる。先ほどからベルを鳴らされては歩道の端に寄りながら、オレたちは川沿いをのんびりと北上していった。

 小さい大坂井など気を抜けば跳ね飛ばされてしまいそうだ。

 そう思って少しばかり周囲を警戒する。

 と、その瞬間、自転車でない別のモノを見つけてしまって苛立つ――くっそ、本当に監視してやがる。

「でも、今朝は本当に大変だったねぇ。柊くんの部屋も、ドロボウさんが入ったんでしょう?」

 ドロボウさん……いやいや、突っ込むな。

「ああ、朝起きたら部屋中めちゃくちゃだ。服もずたずたで、コレもクラスのやつに借りたんだ」

 オレは少しばかりサイズの合わないTシャツの襟首を引っ張りながら言った。

 ついでに逆の手で転びそうになった大坂井の腕を軽く引き、立たせておく。

「何しろ夙夜ときたら、叫んでも起きやしねえし、枕ぶつけて起こしてやっても悪びれもしねえし、あれだけ荒されたのに起きやしねえし」

「起きなかったのは柊くんもいっしょだよね」

「そこ突っ込むんじゃねえよ、大坂井」

「柊くんは面白いねぇ。香城くんも面白いけど」

 面白いと言われたのは初めてだ。

「アイツはただのマイペースだ」

「私は白根さんとも話してみたいけど、どうしてもうまくいかなくて」

「アイツとコミュニケーションとるのは無理だ。オレはとっくに諦めた」

「そうなの? 仲よさそうなのに」

「白根の興味の対象はオレじゃねえ。夙夜の方だ」

 あくまで監視目的で、だが。

「もしかして柊くん、拗ねてるの? 一人だけ仲間外れだから?」

「……はぁ?」

 オレは思いっきり眉を寄せた。

 なぜオレが。

 と、あぶねえ、信号赤だ。

 先に行ってしまった矢島たちは気づかず歩いて行ってしまったが、さすがに信号無視はヤバい。というわけで大坂井と共に立ち止まった。

「優しいんだねぇ、柊くんは」

「な、何を……?」

 唐突な大坂井の言葉に、オレはうろたえた。

「だって、私のことを気遣って、ずっと周囲に気を配ってくれてるもんね」

 オレは絶句した。

 そんな様子を見て、大坂井はまたくすくすと笑う。

「女の子はね、分かるんだよ。隣にいるヒトがちゃんと自分の事を考えてくれてるかどうかって」

「……そんなもんか?」

「そういうものだよ」

 大坂井の邪気ない笑顔を見下ろしながら、オレは困惑した。

 そして、ほんの少しだけ、なぜだろうか、頭の片隅で、あの、半端敬語の先輩を思い出したりしてしまっている。

「お礼にね、教えてあげるよ」

「何をだ?」

「あのねぇ……昨日ね、私、見たの」

 大坂井は、オレの服の裾をきゅっと引っ張り、つま先立ちしてオレの顔を引き寄せた。

 耳元に、ひそりと。

珪素生命体シリカ

「?!」

 大きな丸い眼がオレに笑いかける。

「ねぇ、柊くん。この間さ、加奈子が死んだよね」

「……」

 オレは完全に油断していた。

「警察のヒトは何にも言わなかったし、事件そのものがなかったみたいになっちゃったけど」

 桜崎に現れた珪素生命体シリカを見た人間は、オレたちだけじゃないって事をすっかり忘れていた。

「私、その時も珪素生命体シリカを見たんだ」

 大坂井の手がいつしかオレのTシャツの裾をぎゅっと掴んでいた。

 そうだ。相澤あいざわあい大坂井おおさかい美穂みほ萩原はぎわら加奈子かなこ。あんな事になる前は、いつも3人一緒に行動してたんじゃなかったか?

 そして、大坂井は確実に、確信をもってオレに的を絞っている。

「柊くんはずっと珪素生命体シリカの梨鈴ちゃんと一緒だったけど」

「……」

「何か知らない……?」

 大坂井の言葉がオレの脳を揺さぶる。

 心臓の音が、耳元で鳴り響いていた。


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