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03 : 無限回廊の珪素生命体



※ 作者は関西出身ではないので、作中に出てくるのはエセ関西弁です。

  さらに、口調に特徴を持たせているのですでに何語かも不明です。 ※





 どくん、と心臓がひとつ脈打った。

 消失点まで続く朱色の無限回廊。

 その中に、陽光の欠片を反射して佇む銀の毛並みのキツネ少女。

 まるで昔語りの世界に迷い込んだような不思議な感覚。

 その姿はヒトに非ず。その躰はヒトに非ず。

 その心は果たしてヒトであろうか。

 炭素をベースに構成される有機生命体タンソと違い、珪素生命体シリカは珪素をベースに創られている。ヒトの手によってヒトを模して創られた新規生命体。姿かたちだけでなく生活も獣に近い珪素生命体シリカは、普段『人里離れた山奥』で自然と共にひっそりと暮らしている。

 が、時に彼らはヒトの元を訪れる。

 かつてオレたちと共に在った珪素生命体シリカのキツネ少女のように。

 目の前に現れたのも、そんなイレギュラーなのだろう。

 言葉を失ったオレの隣で、夙夜はいつものようにへらへらした笑みを浮かべていた。そして、その背後では白根が無表情に佇んでいた。

 そう、いつものように。

 目の前のキツネ少女は、ふいに踵を返した。

「あ……」

 考える暇もなく足が追う。

 珪素生命体シリカを追ったオレは、いつしか何百何千の鳥居を駆け抜けていた。



 まるで侵入者を惑わせるかのような朱色の無限回廊を通り抜け、オレはただ石段を駆け上っていった。

 いくつかの分かれ道もあったようだが、そんなことどうでもよかった。

 もし鳥居の内と外で世界が違うってのなら、オレは今、いったい鳥居の内側の神域にいるのか? それとも外側の現実世界にいるのか?

 ただ銀色の毛並みを追い、幾つもの鳥居を駆け抜けていった。

 ふと気づけば、駆け抜ける朱色と銀色の尻尾の遥か向こうに人影が立っていた。

 遠目には分かりにくいが、鳥居と比較して推定する限りかなりの長身で、長い黒髪を細く後ろに流していた。少し色の入った小さなレンズの眼鏡、口元はかすかに微笑ワラっているようにも見える。

 駆けていた珪素生命体シリカは、人影に駆け寄った。

 銀色のケモノと、白衣の男性が寄り添う。

 オレは、そこから数メートルの距離を置いて、息を整えながら立ち止まった。

「なんや、観光客かいな。修学旅行か?」

 男性がへらりとオレに笑いかけた。

「こっからは神社の順路やないで」

 東京育ちのオレには耳に馴染まない関西弁のイントネーション。

 地元の人間なのだろうか、白衣を纏った長身の男は、珪素生命体シリカの頭を撫でながらオレに笑いかけた。

「あ、ありがとうございます」

 オレの視線が珪素生命体シリカに注がれているのを悟ったのか、男は肩を竦める。

「コイツが気になるんか?」

「あ……はい」

珪素生命体シリカや。その言葉くらいは知っとるやろ。学校で習うちゃう?」

 知ってるも何も、オレはここ2年で既に3人の珪素生命体シリカと邂逅を果たしているのだ。最も、3人とも消滅してしまったが。

「こいつはたまに人里におりてくんねん。かわいいやろ?」

 たまに(・・・)人里に……その割に、この男性にはひどく懐いているようだが。

 まあ、余計な詮索はすまい。

 何より、珪素生命体シリカ関係のイベントはジョーカーだと知っているにも関わらず、オレはそのカードを自らひいてしまった。

 捨てるか?

 いや、捨てるには心が納得しない。あの銀の毛並みは、オレの心を乱し過ぎた。

 ぎゅっと拳を握り締める。

 覚悟。

 何度も唱えたその言葉を、今一度繰り返す。

「……おいで」

 オレは手を差し出した。

 いつかのキツネ少女との邂逅のように。

 珪素生命体シリカはぴくん、と耳を立てた。

 あ、オレに興味を持った。

「お兄さん、誰?」

「オレか? オレはひいらぎまもる。マモル、だ」

「マモル」

 珪素生命体シリカの声は澄んでいる。それはきっと、響かせる媒体が金属であり宝石であるからなのだろう。

 オレは自分の頬が緩むのを感じた。

「オマエ、名前は?」

「名前……?」

 キツネ少女は困ったように寄り添った男性を見上げた。

「すまんなあ、あんちゃん。残念やけどこの子、名前ないねん」

 へらへらと笑う男性は――ああ、どっかで見たような表情だ――肩を竦めて見せた。

 長い黒髪が風に翻る。

 木々の隙間から零れおちる陽光が、彼の顔に落ちている。もちろんオレにも、あの銀の毛並みの珪素生命体シリカにも。

「そうですか」

 オレはそのあたりで切り上げるつもりだった。深入りすると全くいい事がないという事は経験から分かっているのだ。

「友達待たせてるんで、オレ、これで……」

 ところが、目の前の男はそれまでのへらへらとした表情を一瞬でしまい込んだ。

「ちょい待ちぃや、あんちゃん」

 あ、警鐘。

 アラームがオレの脳内に鳴り響く。

 危険。

「この子がこんなに興味を示したんは見たことないんやわ」

「……目の前でアナタにぴったりくっついているような気がするのはオレの幻覚ですか」

「ボクは例外や」

 ああ、そうですか。

「せやけどキミは……チャうやろ?」

 男の放つ言葉コトバが、少しずつオレを拘束する。

「初対面、名前、それからキミの態度」

「……」

 男は指折り数えていく。

 まるでオレをその一言一言で縛りつけていくかのように。

「どう考えても、一般人やない」

 たったそれだけで。あの珪素生命体シリカがオレに返答したというだけで、オレは危険人物扱いか?

 オレがこれまでに会ったケモノは、例外なくこんな風だったぞ?

「少なくとも一度は珪素生命体シリカっとるはずや」

 背筋に冷たいモノが一気に流し込まれた。

 ウソだろ? なぜわかるんだ?

 ほんのついさっき出会っただけのこの男に、どうしてソレが分かるんだ?

「――キミ、何者ナニモンや」

 一瞬で気温がゼロまで降下した。

 得体の知れない相手が、オレに対して『何者か』を問う。

 それだけで、これほどの恐怖が襲う。

 自分が何者かを問われただけ。

 だたそれだけの言葉がオレをその場所に束縛した。

 オレは何者だ? オレは誰だ? オレはどうしてここにいる?

 喉が張り付いて言葉が出ない。

 言葉の出ない『口先道化師』など、一片の価値もない。

「えらい強い適合者コンフィやなぁ。不自然や、ああ、何が不自然て、そんな適合者コンフィがここにいること自体がありえへん」

 答えられない。

 オレは、何者だ。

「キミは不思議やなあ」

 不思議? オレは、不思議?

 ダメだ、カラダ思考アタマも動かない。

 先輩がいつだったか言っていた――コトバは魔法なのです、と。

 オレはそれを疑っていた。未熟なオレにはまだ魔法が使えなかったために、魔法の存在自体を疑ったのだ。

 でも、違う。

 この世に魔法ってのは存在する。それは、時にヒトを縛り、戒め、傷つけ、癒し、嬲り、弄び、時にアヤめてしまう。ヒトが扱う最強の魔法だ。

 現実に、彼の言葉がオレをこの場に縛り付けているように。

 答えられず硬直したオレを見て、その男は肩を揺らして笑う。

「キミは不思議やなあ。見た目は全く、まるまる一般人やいうんに、あり得んほどめちゃめちゃ強い極性を持ってはる」

 オレのすぐ目の前に佇む細い眼鏡の男は、さも可笑オカしそうに目を細める。

 細く束ねた長い黒髪が風に靡き、風を巻き込んで翻った。

「キミは真実ホンマに不思議やわ」

 もう一度同じ台詞を吐いた男は、オレをその場所に釘付けにしたまま、口元を笑いの形にユガませた。

 動けない。動けない。

 何者ナニモンや――本質を突いたそのたった一言が、オレの全身を縛りつけている。


――オレは、いったい、何、だ?


 が、そこへ聞き慣れた声が響いた。

「マモルさん」

 ノーテンキな声。

 オレにかけられた言葉の呪縛を解く、マイペース男の声。

「なんや、キミの友達か?」

 ようやくオレの中に呼吸が戻ってきた。

 長い階段を駆け上がり、全身が酸素を欲していたというのに息を止めてしまったオレの全身は完全に痺れていた。

 自然と荒くなる呼吸。

 そのオレの隣に、余裕の表情を見せる夙夜が並んだ。

「マモルさん、意外と足速いんだねぇ。追いつくの、大変だったよ」

 へらへらと笑う夙夜の後ろには、やはり白根が息も切らさず佇んでいる。臙脂色のバレッタで留めた黒髪をさらりと風に流し、無表情で。

 すると男性は、驚いた顔をして白根を見た。キツネ少女もぴくんと尻尾で反応した。

 何だ、その反応は。

「なんや葵、そんなトコで何してるんや」

「……は?」

 ああ、ようやく声が出た。

 えらく間抜けだが、声が出たことに変わりはないだろう。

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