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01 : ケモノとピエロとロボットの研修旅行

 さて、オレが通うこの私立桜崎高校では、なぜか3年生の春に『研修旅行』というなんとも心躍らない名称の行事が待っている。

 ちなみにオレたちは、2年の夏に海外『修学旅行』を終えている。世界遺産の宝庫チェコ首都プラハから音楽の都ウィーンを回り、最後はウィーンフィルハーモニー管弦楽団という世界でもっとも有名な楽団の演奏でしめるという、何とも芸術的な旅行だった。

 うん、あれは今思い出しても素晴らしい体験だったといえよう。音痴かつ絵の才能など欠片もないオレにも分かるくらいだ。下手に南国の島に連れて行かれるよりは数百倍よかった――何しろオレは泳げない。

 しかしながら『研修旅行』、それも、『京都』とかいうスタンダードかつ近場、また中学の時すでに訪問してしまった生徒たちも多い場所では、反抗期を終えはしゃぐ事を忘れた高校3年生がわくわくもできようはずもないし、新幹線で2時間半、言葉も通じれば看板の文字も読めるような場所に期待などない。

「遠出するのって楽しいねえ、マモルさん」

 それなのに、オレの隣の席に座るコイツはなぜこんなにも楽しそうなのか。

 いつものへらへらした笑顔で振り向いたのは、オレと同じ文芸部に所属するクラスメイト、香城こうじょう夙夜しゅくや

 コイツとの縁はもはや切ろうと思って切れるものではないだろう。

 一年生から三年生までずっと同じクラス、同じ部活、そして……幾つもの事件を共にした。

「その台詞、後ろで無表情かましてる白根に言ってやれ」

 オレは後ろの席に座るクラスメイトの『無表情美人』白根しらねあおいを示す。

 相変わらず睨むようなアーモンドの瞳がオレと夙夜を貫いていた。しっとりとした黒髪も美しいクラスメイトは、オレたちと同じ文芸部員の三年生。

「んー、だってアオイさん、反応してくんないんだもん」

「夙夜、その顔は高校3年生の男子がしても可愛くねえんだよ。頬ふくらますの、やめろ」

「マモルさんも冷たいよー」

 へらへらした笑顔のまま言うんじゃねえよ。余計に腹が立つだろうが。

 しかし、オレはそんなコイツを見ながら思う。

 最初に会った時、夙夜はこんな風だっただろうか、と。

「オレ、京都の観光って初めてなんだぁ」

 少なくともこんな風にヒトと関わろうとしていなかった。もっと周囲に無関心で、当たり障りない受け答えだけを繰り返していたように思う。こんな風に誰かに返答を要求する事などまずなかった。

 何より、コイツはそんなモノを望んでいなかった。

 とてつもなく目がよくて、とてつもなく耳がいいアイツにとって、目の前で話すオレの声もこの新幹線の隣の車両に座る見知らぬ老夫婦の会話も同じように聞こえてしまうのだ。そんなヤツに特別なモノなんてありはしない。

 完全で不完全な能力が故、無関心にならざるを得なかったのだ。

 無関心によって引き起こされた災厄は数えきれない。梨鈴が消えた時も、シリウスが消えた時も。

 だからずっとコイツは『興味があるフリ』をしていた。

 珪素生命体シリカに。オレに。先輩に。白根に。

 そうしないと、人間から逸脱してしまうから。

 昔は不自然だった。ひどい甘党だったのもその一つ、今では少しマシになったが、昔はその好みも度を越して酷いモノだった――いや、それは今もあんまり変わらないか。

 しかし、いつしかコイツの興味は自然なモノに変化していった気がする。

 いつからだ? コイツが自然と周囲のモノに関心を示すようになったのは。

「……なあ、夙夜」

「何? マモルさん」

 が、邪気ない笑顔にオレの気は一瞬にして削がれた。

 やっぱいいや。コイツがいったい何に興味を持っていて、何に興味を持っているフリをしていようとオレには関係ねえ。そして果てしなくどうでもいい。

「それだけはしゃいでるオマエに聞いておこう。京都についたら、いったいどこ行きたいんだ?」

 全く関係のない質問に変えて、夙夜に問う。

「んー……そうだなぁ、クラスの半分以上は清水寺から回るみたいだから、せっかくだし違う所に行こうよ」

 だから、目の前のオレと話してるってのに、クラス全員の会話を聞いてなおかつ集計取るのはヤメロ。

「ね、アオイさんも一緒にどう?」

 夙夜はひょい、と後ろの席を覗き込んだ。

 窓側に一人、姿勢を正して座る美人は表情を変えず、視線だけで夙夜とオレを順に見た。

「私の至上命題は『ケモノ』の監視です。提案如何に関わらず、私は貴方と行動を共にする事になります」

 ああそうですか。

 という事は、当たり前のように夙夜と行動しているオレも白根と共に京都観光……ちくしょう、想像したくねえ。

 なぜオレがこのマイペース男と作業機械ロボット女のお守をしなくちゃならねえんだ。

 京都に来た意味が全くねえ。

 と、言うのも、オレひいらぎまもる、『マイペース男』香城こうじょう夙夜しゅくや、『無表情美人』白根しらねあおい、以上3名が桜崎高校文芸部における全メンバーなのだから。

 いつもの部活と変わりねえよ、バカ野郎。

 オレは、不幸体質をもう一度自覚し、大きくため息をついた。



 朝早くに出たのが幸い、オレたちは昼前に京都駅へ到着した。

 自動改札に携帯端末をタッチすると、すんなりと通り抜ける事が出来た。目の前には有名な駅ビルの内部構造が迫っていた。全面ガラス張り、骨組みがそのまま見える無骨ながらも美しい建造。

 見慣れぬ景色に、ようやくオレは遠くへ来たのだと実感した。

 二泊三日の『研修旅行』、研修とは名ばかりで、教師たちの慰安旅行だというもっぱらの噂だ。

 何しろ、大きな荷物はすべて事前にホテルへ郵送するという徹底っぷり。教師どころか、オレも夙夜もほとんど手ぶらだ。

 そして桜崎高校の放任主義により、改札を出てから夕方ホテルにチェックインするまで自由行動。

 明日も、チェックアウトからチェックインまで自由行動。

 ラスト一日だけ、全員で京都御所を拝観するらしい。ちなみに、京都御所内を見学するには事前予約が必要なので個人で旅行する時は気をつけた方がいい、と嬉しそうに言ったのは担任だった。

 しかし我が校ながら、改札口から同じ制服のヤツらがぞろぞろと出てくる様は見ていて気持ち悪いな。もぞもぞと動き回る、まるでミツバチの箱を開けてしまったような気分だ。

「マモルさん、どこ行こうか」

 気がつけば隣に夙夜が、そしてその背後に守護霊のように白根が佇んでいた。

 ああ、いつも通り。

「オマエ、あれだけ楽しみにしてたんなら自分で決めろよな」

「んー、オレ、どこでもいいよ」

 この野郎、相変わらずめんどくせえな。

 きょろきょろ、と見渡したところ、ふいに一枚のポスターが目に入った。

 真っ赤な鳥居が何本も何本も、永久を作りだしている空間。千本鳥居と呼ばれるソレは、山奥に向かって伸びていく別世界へと繋ぐ道。

 この鳥居の奥に、吸い込まれそうだ。

 神隠し。

 そんな言葉がオレの脳裏を過ぎる。

 そう、きっと神がヒトを連れ去るという伝説はこんな景色を見た人間が創ったに違いない。

「伏見稲荷にしようぜ」

 特に意味はなかった。

 ただ、そこにポスターが張ってあったというだけの偶然。

 それでも、世界はオレを呼んでいた。

 まるで神隠し――異世界から神に呼ばれるように。

 あの先に、何を見る?

 もしオレに夙夜並の観察力があれば、普段無表情な白根の表情が『伏見稲荷』の言葉で微かに変化した事に気づいたかもしれない。

 隣にいた夙夜は確実にその事に気付いたはずだが、全く言及しなかったのだからまたコイツが事件を呼び寄せたといってもいいだろう。

 でも、オレはまだ気づいていなかった。

 再び災厄が近づいている事に。


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