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17 : 追憶の帰路と岐路

 帰りの新幹線で、オレはぐったりと窓にもたれかかっていた。

 疲れた。

 まさかたった2泊3日の研修旅行がこれだけ濃い日程になろうとは、予想だにしていなかった。

「ねえ、マモ」

「今から東京に着くまでの間、オレの睡眠の邪魔をしやがったら絶交するぞ夙夜」

「そんなぁ」

 とりあえず睡眠妨害をする原因を排除して、オレは目を閉じた。

 いいから今は眠らせてくれ……ついさっきまで溝内とかいう女警部の尋問を受けていたのだ。寝不足のオレは心身ともにぼろぼろだ。

 盗品が残らず返ってきた事に関しては知らぬ存ぜぬを貫いたつもりだが、眠かったから、多少まずい事も口走ったかもしれない。しかし、その事については後で考える事にしよう。

 それから、組織の監視の事も……夙夜の事も……あの、望月とかいうヤツの事も……。

「柊護さん、お話が」

「白根、オマエもだ。帰ったら何でも聞くから、今は黙れ」

 目を閉じたまま無表情美人を撃退し。

 寝心地がいいとは言えない新幹線の窓際シートで微睡みに入っていた。

 今回、一気に増殖した珪素生命体シリカ関連の登場人物ってやつを、ゆっくりと整理しながら。


 クソ眼鏡望月もちづき桂樹けいきと、一緒にいるキツネ――論外。考えたくねえ。

 金髪ヤロウ風峰かざみね光喜こうきと、ウサギ少年日向ヒナタ――まあ、盗みもやめるって言ったし、京都在住だし、もういいや。普通に生きていくだろう。

 クラスメイトの大坂井おおざかい美穂みほ――彼女があれで満足したとは思えない。今朝の視線からしても、オレのマークを外す気はないだろう。

 女警部の溝内さん――最終的に大坂井の手を経て押しつけられた携帯端末を使う日が来るとは思えないが、とっておいて毒にはないらないだろう。不快になる事はあっても。


 もうこれで何人目だよ。舞台の上は人口過密、オレの頭じゃ処理しきれねえ。

 誰かに御退場願いたいところだが、おそらくそれは無理な話。

 救いは、京都と東京という相反する二つの地点での出来事だというその1点だけ。

 夢と現の境界で、オレはこれから巻き込まれる災厄を思い、後頭部を疼かせていた。





「マモルちゃんっ!」

 どすん、と腰の辺りに衝撃。

 この感覚も久しぶりだ。

「お久しぶりです、先輩」

 くるりと振り向いて、肩にも届かない高さで、先輩の髪がふよんふよんと揺れているのを確認する。

「少々お聞きしますが、今春で卒業したはずの先輩が、なぜこの桜崎高校文学部室にいらっしゃるんですか?」

 オレがもっともな質問をすると、ピンク色のエプロンドレスというえらく目立つバイトの制服に身を包んだ先輩は、嬉しそうに花束を差し出した。紅色をした小さな丸い花。

「明日は吹奏楽部の定期演奏会の日なのです。だから、ワタシは吹奏楽部へのお花を届けに来たのです。これは、ついでに部室に飾ろうと思って持ってきたのです」

「ああ、なるほど」

 先輩は花屋『アルカンシエル』のアルバイトだもんな。

「先輩、京都土産、後で店まで持って効果と思ってたけど、よかったら持ってってください」

「ありがとうなのです」

 勝手知ったる文芸部室、枝守スミレはどこからか花瓶を出してきて、花束を水に差した。

 しかし、どうやら持ってきたのは同じ花ばかりらしい。あまり派手とは言えないくすんだ赤色で、大きく広がるような花弁はなく、小さな花が密集しているだけの、指先ほどの大きさしかない花だった。

「先輩、これは……」

「あ、スミレ先輩、こんにちはぁ」

 と、そこへ夙夜と白根が連なって入ってきた。

「シュクヤくん、アオイちゃん、こんにちはなのですぅ」

 先輩は嬉しそうに笑って、花瓶をとん、と窓際に置いた。窓から入ってきた風でやんわりと花が揺れる。

 夙夜はそれを見て、にこりと笑った――いつものように。

「『ワレモコウ』だね。花言葉は『変化』」

 不自然なほど自然に微笑ワラっていた。

 変化。

 これまでとチガうコト。これからのアタラしいコト。

 紅の花が揺れている。

 まるでこれからオレたちを巻き込む災厄を呼び込むかのように。

ひいらぎまもるさん、香城こうじょう夙夜しゅくやさん、そして、枝守えだもりスミレさん」

 白根は、いつもと同じように唐突に、淡々と、静々と粛々と、オレたちの名を呼んだ。

 やっぱりだ。災厄はアレで終わりなんかじゃなかった。

 それどころか、コレが始まりだ。

「以上3名に対する現状説明許可申請と特別協力者申請が受理されました」

 もう逃げられない。

「本人の許可を求めます」

 自分で望んだことなのに。

 オレはこの世界に触れたいと。

「いいよ」

「いいですぅ」

 どうしてこんなにも恐怖に喉が震えるのだろう?

「……いいぜ、白根」

 虚偽ウソかもしれない。

 真実ホントウかもしれない。

 もしかすると、そんなコタエは存在しないのかもしれない。

 それでも、オレは。

「ちょうどお前が何者か知りたかったところだ」

「ありがとうございます」

 白根は何とも珍しい事に微笑んだ――オレが覚えている限りで、2回目の事だ。

 レアなモノを見てしまった、と思うと同時に、その非日常性に背筋がざわつく。

「では、本日より1週間後の日曜午前10時、桜崎駅南口前にてお待ちしています」

 ざわざわと、何かが近づいてくる予感がする。

 オレは思わず自らの両肩を抱いていた。

 誰か震えを止めてくれ――


 オレたちに向かって用件だけ告げた白根は、さっと部室を立ち去って行った。

 鼓動が速い。まるで何かにせかされているかのようだ。目まぐるしく変化していこうとする時間に乗り遅れまいと。

「これで逃げ場はない、か」

 ぽつりと呟いたオレは、自嘲気味に笑う。

 自分で望んだ事だろう?

 大坂井に詰め寄られて戸惑ったのも、望月の言葉で苛立ったのも、オレ自身が非日常の中に在りたいと願ったからだ。日常から切り離された何かを求めていたからだ。

 何しろ非日常から手を切るのは簡単だ。

 夙夜との交流を断てばいい。

 コイツがオレの災厄のすべてだから、切り離してしまえばもう2度とオレは災厄なんかに巻き込まれなかった筈だ。

 でも、オレはそうしなかった。

 そんな日常が嫌いじゃないと思ってしまっていたから。

 何より、コイツのことも白根の事も、もちろん先輩の事も嫌いじゃなかったから。

「オレもつくづくバカ野郎だな……」

 さっさと逃げていればよかったのに。

「ふふふ、でも、シュクヤくんもマモルちゃんも、京都でずいぶん成長したみたいなのです」

 成長って……ケモノのことか?

「マモルちゃんが少しずつ魔法を使っているのです。だから、ワタシはとっても嬉しいのです」

 傍から聞けば、ゲーム世界とでも混同しているのかと問われそうなこの台詞、オレには身に覚えがあった。

 言葉は魔法。

 それは、この目の前の可愛らしい半端敬語の先輩が繰り返す言葉だ。

「ワタシは――」

 先輩は、にこりと笑った。

「マモルちゃんに、素敵な魔法使いになってほしいのです」

 まるで京都で起きた出来事を、一言一句漏らさずに伝聞したかのように。

 オレは夙夜の事を知らない――内にケモノを飼うこの同級生が、どんな過去を持っているか。

 白根の事を知らない――もしかするとその謎はもうすぐ彼女自身の口から語られるかもしれないが。

 もちろん、この先輩の事だって――オレたちに名を与え、優しい笑顔でいつも最後には受け入れてくれる先輩の事。

 きっと、皆がそれぞれ何かを抱えているのだ。

 誰にも理解してもらえない、心の痛みと闘いながら。


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