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11 : 道化師の自我と獣の意思と

 オレには二つの願望があった。

 相反する二つの願望。


――日常の破壊を嫌悪する心

――日常を捨てるようとする心


 どちらもオレで、どちらもオレじゃなかった。

 オレが選択したわけじゃない。

 でも、気がつけば世界は動き始めていた。


 人間の欲は尽きない、だから、オレは、どうしても――





「到着だーっ!」

 雄たけびでもあげそうな勢いで拳を天に突き上げ矢島が叫んだ。

 現在時刻、午後2時……ようやくオレたちは当初の目的である白峯神社へと到着した。途中で昼食をとったとはいえ、宿を出発してからなんと4時間。

 なぜ5キロしかない道のりに4時間もかけたんだよこんちくしょう。全部アイツのせいだ――白根の組織の研究員だとか言う、望月桂樹! 珪素生命体シリカのウサギも、甘味処でガラにもなくオレがキレたのも、全部アイツのせいだ! バカ野郎!

 とまあ、珍しくオレは夙夜以外の人間に対してイライラしていた。

「マモルさーん、ずっと眉間にしわ寄ってるよ?」

「離れて歩きながらオレを観察してんじゃねーよ、このマイペース野郎」

「ほら、そんな大声出したら大坂井さんが怖がるよ?」

「私は大丈夫だよ。柊くん、面白いし」

「マモルさんは面白いって、大坂井さんが言ってるよ」

「……この距離ならさすがに聞こえる、黙れ夙夜」

「うわあ、マモルさんが冷たいよー」

 そう思うなら、そのへらへらした笑顔をやめろ。

 大きいわけでもなければ小ぢんまりしたわけでもない。街の中にある、本当にどこにでもありそうな神社の鳥居をくぐり、念のため一礼して足を踏み入れる。

 伏見稲荷の時に感じたような圧力はなかったが、ほんの少しだけ、街の喧騒から遠ざかった気がした。

 きっと夙夜の言った事はウソじゃない。鳥居の内側は、神様の住む場所なんだろう。

 とまあ、全く似合わないようなコトまで納得したころ、ようやくオレは落ち着いてきた。

 あの望月とかいう研究員がいるだけで、どうもオレは熱くなりすぎるらしい。

「落ち着いた? マモルさん」

「ああ、もう大丈夫だ」

 いつもこのマイペース野郎がオレの事をお見通しってのが少々腹立たしい気はするのだが。

 気合いを入れてお参りをしている矢島と相澤、それにつきあう大坂井、相変わらず鉄壁の無表情美人に挑む黒田と土方。

 初夏のさわやかな風が、オレたちを取り巻いて吹き抜けていく。

「やっと話せるね」

 夙夜がにこりと笑った。

 そうだ、朝からずっと人と一緒にいたせいで、ほとんどコイツと話せていなかった。

「白根は……ま、まだ無理か」

 黒田と土方に挟まれて、嫌悪の表情も見せないが全く楽しそうな表情も見られない白根を見て、多少あの二人を尊敬する。あの無表情に半日も食いつくなんて、オレには無理だ。

「アオイさんとは、後で話そうよ。無理しなくても、近くに珪素生命体シリカはいないから、たぶんなにも起こらないよ」

「……オマエ、あのウサギが近づいてたの、分かってたろ」

「うーん、でもあれは向こうから寄って来たんだよ。ケーキさんじゃないけど、何かに引き寄せられるようにこっちに近寄って来たんだ。回避できなかった。あと、みんながいたから言えなかった」

「……お前が呼ぶと、あのクソ眼鏡の名前が甘味に聞こえるから不思議だよ」

 それと、コイツがオレ以外にはきちんとその並はずれた能力を隠しているのが不思議だ。

「それからさ、大坂井さんはいろいろ言ってたみたいだけど、俺はマモルさんがシリウスを非難するんじゃなくて諭したのは、すごくよかったと思うよ」

「……ああ、そうか」

「あと、ケーキさんの事だけど、ごめんね。マモルさんがあんまり会いたくないって知ってたから言おうかなーと思ったんだけど、あんまりうまく言えなくて」

 一つ一つ思い出すように。

 夙夜は順に連ねていった。

「それからさ、昨日、宿に侵入した珪素生命体シリカは、一人じゃないよ」

「……?!」

 相変わらずへらへらと笑う夙夜は、淡々と言った。

「ええとね、マモルさんと俺の荷物をめちゃくちゃにしたのは、もう一人の方。でも、みんなの携帯端末を持って行ったのはさっきのウサギさん」

 どういうことだ?

 夙夜はいったい、何を言っている?

 が、ここでもう一度思い返す。

 大坂井は、昨日の夜に珪素生命体シリカを見たと言っていた。

 しかし、先ほどウサギ少年を見た時、昨日見た、とも何とも云わなかった。むしろ、『犯人の半分』といった夙夜の台詞に驚いてはいなかったか? それはもしかして、昨日見た珪素生命体シリカと別人だったからじゃないのか?

 そして『半分』と言った夙夜は、ウサギ少年と共にいた子供が残りの半分だなんて一度も言っていない。

 それより何より、あのウサギ少年は、足と耳こそあれ、それ以外は全く動物の体を保持していなかった。ツメも牙も持たないウサギが、あんなに部屋を傷つける事は不可能だ。

 一つずつ、いろんな形のピースが繋がっていく。

 真実を指し示すように。

 じゃあ、誰だ?

 オレたちの部屋を引っかきまわしたのは――

「……望月もちづき桂樹けいきと一緒にいた、あの珪素生命体シリカか……?」

 ふと呟いて夙夜を見ると、にこりと笑った。

 やっぱりそうだ。

 ここまでわかったならば、真実を指し示すシーソーに乗せるべきモノはただ一つ。

「あと、何が分かったらマモルさんは全部解ける――?」

 無邪気に言った夙夜の台詞に、オレは一瞬どきりとした。

 オレは、またこの事件を解こうとしている。

 日常を壊したくないと言いながら、また非日常に自ら首を突っ込んでいる。

「マモルさんのためなら、俺、頑張ってもいいよ」

「だから何だ、そのホモくさい台詞は」

「だって、ただ事件を見過ごして待ってるなんて、マモルさんらしくないしさぁ」

 オレらしくない。

 オレは何者――オレは――非日常が――日常は――壊スナ――破壊――事件――災厄。

 何者か、と聞かれて凍りついたのは、まだオレに自覚がなかったせいだ。

 らしくねえ。

「そうだ……そうだな」

 オレらしくねえ。

 なんて、分かりやすい理由。

 ビークール、『口先道化師』。

「いいだろう」

 事件の方がオレを放っておかないなら、オレは正面からそれを迎え撃って、一刀の元に斬り捨ててやる。

 夙夜のような能力チカラはなく、白根のように組織チカラもなく。

 一介の口先道化師が使えるのは、ただ言葉を操るだけで。

「じゃあ手伝えよ、夙夜」

「うん、いいよ」

 いつもと変わらない笑顔。

 あの時と、萩原の死を明かそうと決めた時、承諾して見せた笑顔。

「さんきゅ」

 オレも笑顔を返す。

 ああ、笑ったのはいつ以来だろうか。


 さあ、ここからが本番だ。

 なんて言葉ならオレたちに似合う?

 さしずめ、『事件』ってより『災厄』ってとこか。

 オレはあっちのヤロウに手を引かれ、最後の一歩を踏み出した。

――知識欲

 そんな人間の原始的な欲望にかなうはずもなかったんだ。


 だから、何があっても迷うなよ?

 口先道化師――


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