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公爵令嬢参る!  作者: まちせん
第一章 王立学園の毒
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ハイドと毒婦

アーズ国にはおよそ400の貴族家が在り、準貴族を含めばその数はまだ膨らむ。


その年に15歳になる貴族の子供たちと、アトマ教会が推薦する優秀な平民の子供たち、もしくは裕福な平民の子供たちが入学し、3年間通うこの王立学園は、1学年200名(1クラス25名の8クラス)、全体ではおおよそ600名の生徒が在籍している。



毒から解放されたシェパード・バラクは、父とサモエドからの指令を胸に、2日ぶりに学園の門をくぐった。


「おはようございます、バラク殿」


教室までの廊下を行く途中で声をかけてきたのは、猊下の子息ハイド・エレッツだった。

「おはようございます、エレッツ殿」

サモエドが言うには彼は毒に侵されていないそうだが、本当だろうか……?そんな事を思いながらシェパードは無難に挨拶を返す。王命が絡んでいるので、少々慎重になるのも仕方ない。


「急な呼び出しだったようですが、ご実家の方は大丈夫だったのですか?」

「ええ。少々家族と語らってきました」


ハイドはシェパードの様子を見て、穏やかに笑う。


「では、ご家族と仲直りをなされたのですね」

シェパードはギクリとした様子でハイドを見た。

「何故、そのように思われるのです」

「今のバラク殿の纏う空気がとても凪いでいるからですよ」


そういえば毒に侵されていた時は、屋敷から戻った後は、今度は妹をどのように痛めつけて遊ぼうか。自分が学園に居なかった間にベリー嬢に関して抜け駆けはされていないだろうかと考えてばかりだった。そんな陰湿な事を考えていたのだから、さぞギスギスした雰囲気を出していたことだろう。


「……はは…困りましたね。これでは妹に叱られてしまう」


サモエドには、毒が消えた事を学園の人間には極力知られないようにしろと言われている。

毒に侵されていた自分の行動をトレースすれば大丈夫だろう、と簡単に思っていたが、敏い者にはバレてしまうようだ。


(これは対策をとらなければならないな…、今日は生徒会に出るのも止めた方が良いか…)


「そう言えば昨日、生徒会に新入生の推薦書が届けられました」

「!新入生が入学してもう一月経ちましたか。屋敷でもハナミズキの花が綺麗に咲いていたな……」


シェパードは『新入生』という言葉に敏感に反応をした。

父からの指令で、『生徒会に入る1年生を守れ』と言われているのだ。


生徒会に入るには教師からの推薦が必要で、必然と優秀な人材が集まってくる。

その優秀な人物に新たなる被害者を出すなというのが父の言いたいところなのだろう。


ベリー嬢の傍に行けば毒に侵されるのなら、彼女の傍にいかせないようにすればいい。


「……これは提案ですが、生徒会支部のような場所を作りませんか?」

「支部?」

「あの生徒会室に新入生を連れて行きたくないのです」


シェパードの意見にハイドは苦笑した。


「恋のライバルを増やしたくない、と?」

完全に不本意な誤解をされている。だが、

「まあ…そんな感じで思ってくれて良いですよ」

それで支部ができるのなら構わないかとシェパードは頷いた。

そんなシェパードに対してハイドは更に苦笑する。

「王太子殿下以上のライバルなんていないと思いますよ、バラク殿」

「それは、そうですが」

「……しかし、そうですね。今の生徒会は空気が悪いですから、新入生を別室に隔離するのも良いかもしれません」


ハイドは宗教家の父親の影響もあって、人あたりが良く嫌悪感を面に出さない。

そんな彼が小言を言うのは、生徒会の現状にかなり嫌気がさしている証拠だ。

シェパードはハイドは毒に影響されていないと確信すると、ちらりと隣を歩く彼の顔を見て「エレッツ殿はベリー嬢の事をどう思っていますか?」と控えめな声で尋ねてみる。

「いきなりどうしました?踏み絵のようなものですか?」

「いいえ。……今から話す事は、ここだけの話にして下さいますか?」


胡乱そうにこちらを見るハイドに、「実は…」と話し始めた。


「私は少し、ベリー嬢から距離を置こうと思っているのです」

「おや。理由を訊いても?」

シェパードは頷き、続ける。

「父から聞いたのですが、その……ベリー…いいえ、」

何処に耳があるかわからないので言い直す。

「……とある男爵令嬢は評判がとても悪いそうなのです」

「………」

「それゆえ、友達は選びなさいと注意されましてね」

「なる程」


彼の中で合点がいったのだろう、ハイドは頷き「賢明な判断です」と呟いた。


「では、先程尋ねられた答えを。私がとある男爵令嬢に関して思うことを貴方に伝えましょう」


ハイドは持っていた鞄から一冊の本を取りだし、「256P辺りから読んでみて下さい」とシェパードに手渡した。

本は何の変哲もない教材の一つ、この国の歴史書であった。


言われた通りにページを開くと、そこは『キャンディア』の解説が載っていた。

キャンディアとは、約220年前に実在したとされる、アーズ国の前身、ビース国の国王の愛妾だった。


「わかりましたか?」

本をハイドに返し、シェパードは頷いた。

「とてもよく」


ビース国王はキャンディアを溺愛し、キャンディアの言うがままになっていたそうだ。

国を動かす重鎮達にはキャンディアの親類や愛人で固め、内政を目も当てられない程に腐敗させていたという。

そこを他国に付け込まれ、戦争が勃発した。ビース国は危うく亡国の憂き目にあうところだったそうだ。

幸い国王には優秀な弟が二人いて、彼らが軍を率いたお陰で、停戦という終着点となった。

その後キャンディアとそれに与した貴族たちは国家転覆罪という罪状で斬首となり、国王は退位し余生を独り静かな場所で送ったらしい。

国名はアーズ国と改め、弟君の一人が国王となり、もう一人の弟君はオノクル公爵家の始祖となった。


つまりアーズ国でのキャンディアとは、史上最悪の毒婦なのだ。



***



ここはバラク公爵家令嬢、サモエドの私室。


「何とかシェパード様を正気に戻すことができましたね」


サモエドとシェパードの執事・ジャックが話をしていた。


「ええ。正直、お兄様の暴力には限界だったから、良かったわ」

「シェパード様の事はお許しなさるのですか?」

ジャックから納得がいかないというニュアンスの言葉を受けたが、サモエドはにっこり笑う。

「私はお兄様が大事だからこそ、今までの自己犠牲を受け入れたのよ?」

でも随分酷く苛められたから、暫くは許さないって言っておくわ、と付け足した。


サモエドはイヤリングを指でぱちんと弾いた。

「その中身は毒ですか?」

「一時的に仮死状態にする毒よ。アトマ教印の劇薬。『ロメオとジュリエッタ……仮死状態になるのは乙女の夢ですからな』という意味不明のお言葉とともにお父様経由で猊下から頂いたの」

ふう…、サモエドは息を吐く。

「あの時のお兄様は計り知れなかった。だから最悪の方に転ぶのなら、これで死んだふりをしようと思った。そうすれば、お兄様はジャック…貴方に私の死体を処理するように命じると思ったの。そうしたら貴方に助けてもらえれるでしょう?」

ジャックは眼鏡を外し、眼鏡拭きでそれの手入れを始めた。

「そのような胡散臭い毒、一歩間違えれば本当に死んでしまいますよ。危険な賭けはお止め下さい。その様な事をせずとも、お嬢様に命の危険があるのならば、『お嬢様の命令』を背いてでも私がお助けしましたものを」

「駄目よ、ジャックはお父様からいただいた私の優秀な執事だもの。主人わたしの命令に背かせるなんて、貴方の矜持を傷つけてしまうわ」

サモエドはシェパードの観察をする為に、あえてジャックには『兄に虐待されていても、私を助ける事をしてはいけない』と命令しておいたのだ。


ジャックは今でこそ、40代の気難しそうな顔に眼鏡をかけた執事然としているが、元々はバラク公爵家子飼いの諜報員だった。怪我をしてしまい諜報員としての仕事に支障が出たため、執事として第二の人生を歩み出した男だ。

バラク公爵夫人が亡くなった後、女親を亡くし何かと不便を強いてしまうであろうサモエドを守る為、父親のドーベルが寄越した執事。


兄が学園に入学する際、寮で暮らす事になると聞いたサモエドが心配し、兄にジャックを貸し出したのだが、今回の『毒』騒ぎに対してそれが功を成した。

お陰で学園内の情報をジャックに教えてもらい、兄の異変の原因をいち早くつきとめることが出来たのだから。更にシェパードに『解毒剤仕込の野菜』とかいう怪しいモノで作った料理を食べさせることが出来たのも、ジャックがサモエドの味方だったからに他ならない。


「私は旦那様に貴方の命を守るように言われております。それを完遂するためにはサモエド様の命令を背くことも躊躇いたしません」

「お父様の命令の方が上なのね」

「拗ねないで下さい、お嬢様。シェパード様に暴力を振るわれているお嬢様を見て見ぬふりする度に、私の胃は穴が開きそうでした」

眼鏡を拭く手が止まらない。この作業は彼が心が乱れた時にする癖なのだ。


「それで、これからどうなさるおつもりですか?」

カチャリと眼鏡を顔の定位置に漸く戻す。


「今まで学園内で駒として使えたのはジャック、貴方だけだった。それが今度からお兄様も使う事が出来るわ。出来る幅が広がったわね…と、その前に」

サモエドは机からレターセットを取りだした。

「教会が育てている解毒剤仕込みの野菜に効き目があった事を国王様に報告をしましょう」


国王は王太子が阿呆になった事で、随分と参っていた。それはもう、14歳の少女に学園で起こっている異変の調査協力を依頼する程度には。

もっとも、国王は正規の諜報員を何人も学園に送り込んでおり、先んじて異変の調査をしていたサモエドに気休めとして協力を求めたにすぎないだろうが。


「解毒剤に効果があるのは大きな一歩です。王も喜ばれるでしょう」

「でも解毒に1年も時間を有したわ」

「即効性が無くとも、治るとわかれば希望が見えてきます」

「……そんなに王太子っておかしいの?お兄様はベリー様と2年間一緒だったけど、王太子殿下はまだ1年だけでしょう?症状はお兄様よりも軽いのではないの?」

サモエドは王太子の学園での態度をジャックの報告でしか知らない。


「まさに、頭がおかしいレベルです」

ジャックは苦虫を噛み潰したような顔になる。

「シェパード様はベリー嬢とは体が触れない程度の距離を保っていましたから、残り香程度の毒を吸われていたのですが、王太子は…あー…ベリー嬢の首筋に直接鼻を付けて…その濃厚な毒を直吸い状態でして……」

何だかあまり聞いてほしくなさそうな執事の様子を見て、サモエドはぎこちなく笑う。

「…そ…そうなんだ…?」


こほん。と咳をして、ジャックはサモエドを見る。国王への報告書は粗方書き終えた様子だった。


「ジャックはこれまでと同じように学園での情報収集、それとお兄様のフォローを頼むわ」

「シェパード様はどのように動かれるのですか?」

「お父様には『生徒会に入る1年生を守れ』と言われていたわ。私はお兄様にちょっとした悪戯をしてもらうつもりよ」


ふふ、とサモエドは笑った。

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