序章・バラク公爵家4
「それで?」
父の声に私は本題に戻された。
「『ですから殿下も私も』の続きを聞かせてもらおうか、シェパード」
「ですから…殿下も私も…レイラ嬢を糾弾しようと…思っていました」
妹の視線が痛い。
だが、父はそれを許さず切り込んでくる。
「いつ糾弾する予定だった?そして、お前はそれを実行するつもりなのか」
ごくりと唾を飲み込み、観念したように私は続けた。
「今年の卒業パーティーの折に。ベリー嬢は私と同じ3年生で、今年卒業されるのです。その晴れ舞台でレイラ嬢を糾弾し、殿下はベリー嬢と記念すべき第一歩を踏み出すのだと。…殿下が手伝えと仰るなら、私は断る事はできません」
正直に言えば『断る事はできない』ではなく『自分もノリノリでやるつもりでした』なのだが、そんな馬鹿な事を言えるわけも無く。
ちなみに王立学園の卒業パーティーは王侯貴族が列席して執り行われる。そこで言い逃れが出来ないようにレイラ嬢を告発し、そしてそのような悪意に晒されながらも、健気に耐えてきたベリー嬢の素晴らしさを、王侯にお披露目しようと言う計画だった。
「そのような場所で糾弾されたレイラ嬢へのフォローは?何か考えていたのか」
「は…えっと。フォロー、ですか?…悪女に気を遣う必要はないかと…強いて言えば、悪い立場になれば良いなと殿下と一緒に笑い話程度には言っていました…。それが罰だと思っていましたし」
サモエドのことをちらりと見て「しかし今はそうは思っておりません」と続けた。
「今はレイラ嬢の負担を軽くしてあげたいと思っています。そう、ですね…糾弾で評判が落ち、貰い手が居なくなるのなら……責任を取って私が彼女を妻にします」
これでサモエドも少しは私を許してくれただろうか、という気持ちで咄嗟に心にもない事を言ってみたのだが、言った後にこれも悪くない提案だなと思う。
レイラ嬢は悪女だが見目はとても美しい女性なのだ。秀才であるし、実家のセレーナ家の力も絶大だ。私の妻にしたら何かと便利かもしれない。
聞いた父はため息をつき、呆れたような声を出す。
「レイラ嬢がお前を選ぶことはないだろう」
「何故ですか。私は公爵家の嫡男で、次期公爵家の当主です。私が選ぶ方でありましょう」
「阿呆な男など願い下げに決まっておろうが。そもそもセレーナ侯爵がお前なんぞ許さん」
また阿呆と言った…。私の何を見て阿呆と言っているのだ!
反抗的な目で父を睨むが、逆に睨み返されて恐縮してしまう。
「阿呆すぎますね、本当に」
サモエドにすら阿呆と言われてしまった。
「自分を糾弾するような男に、頭を下げて嫁に来る令嬢などいません。それとも何ですか?次期当主様はレイラ様のご実家、セレーナ侯爵家に大恩でもあるのですか?」
「大恩?」
「例えばセレーナ侯爵様のお命を助けたとか、セレーナ侯爵家の借金を全て立て替えてあげたとか」
「侯爵様とは命を助ける様な仲ではないし、セレーナ侯爵家は裕福な家だ、借金などあり得ない」
何を急に馬鹿な事を言いだしたのかと、胡乱げに妹を見れば、彼女は「例えばの話ですよ」と口にした。
「それくらいの大恩がない限り、ちっぽけな冤罪を国王のいる場で糾弾する男など許さないし、結婚などもっての外と言っているのです。そもそも我らバラク家とセレーナ家の関係すら悪くなりますが、その事に気付いていらっしゃいますか?」
それもそうだ。
考えれば分かる事だが、私は嫌悪の対象として彼女をあまりにも軽んじていたようだ。
「しかし冤罪とは?ちっぽけかどうかは置いておいて、彼女がやらかした事はれっきとした事実ではないか」
「次期当主様が仰った、レイラ様の悪事ですが、きちんとお調べになった方が良いですよ」
「ベリー嬢が嘘を言っているとでも?流石にそれは許せないぞサモエド!」
怒気を含んだ声を出す私に、サモエドは冷めた目を向けてきた。
……妹が恐い。
「『取り巻きの御令嬢に命令してベリー嬢に水を浴びせた』『ベリー嬢を仲間外れにした』『辛辣な言葉を投げかけた』…でしたっけ?」
「何度も木の杖で叩いた、というのを忘れている」
ああ、はいはい。そうでしたね、と妹はやる気がなさそうに頷いた。
「水を浴びせたのは、何処ででしょう。水がある場所…花壇ですか?それともおトイレかしら」
「トイレだと言っていた」
「学園では1年生から3年生までトイレは共同なのですか?」
え?と思う。
「私も来年から通うので、どのような所か聞いておりますが、聞くところによると棟すら違うと聞きましたが」
サモエドの言う通り、王立学園は学年ごとに棟が違う。これは防犯上の理由だと聞いた。
王立学園に通うのはほぼ貴族の子弟達である為、危険思考の者に狙われやすい場所である。一つの建物に全ての生徒たちを収容するよりも、危険を分散させることで全滅の憂き目にあわない処置だそうだ。
ちなみに生徒会や委員会の部屋などがある特別棟を中央にして、学年ごとの棟がそれぞれ囲むように配置されている。
「そもそも、先輩であるベリー様を仲間外れ?ベリー様は態々後輩の教室に行って下級生と交流をなさっておいでで?」
「な…いとは言い切れない!それにレイラ嬢が3年生に依頼して行っている可能性もあるだろう」
「実行犯は他に居ると。で、実行犯の御令嬢の名は?首謀者としてレイラ様の名が挙がっているくらいですから、そちらも勿論わかっておられますよね?」
個人名は何故か挙がっていない。レイラ嬢の取り巻き、としてしか挙がっていない。
「辛辣な言葉に関してですが、ベリー様は貴族でしょう?平民の少女じゃあるまいし……その程度あしらう事もできないような社交下手は、この先貴族社会でやっていけないのでは?逞しくならないといけませんわ!」
「木の杖で…叩いた……」
「どの程度の怪我だったのです?」
「私は見ていないから、知らないんだ」
「叩かれたと申告した時ベリー様は包帯でも巻いておりましたの?」
「いいや、傷も……先程父上にはあったと言ったが、本当は無かった……。しかし!怪我の有無ではないのだ、軽くでも叩かれたら心に傷がつくだろう?!」
出来るだけベリー嬢の心象を良くしようと頑張ってはみるが、なんとも歯がゆい。そんな私に「はあ」とサモエドがため息をついた。
「ねえ、次期当主様。ベリー様は何度もいじめの被害に遭っているようですが、いつもお一人で動かれているのですか?木で叩かれた時は、どうだったのです?」
「……彼女を守る為、生徒会メンバー数人が彼女といつも行動を共にしているし、寮も殿下が用意した特別室で過ごしている。叩かれたとされる日も生徒会のメンバーと共に居たのだが……一瞬の隙はあるはずだろう?トイレの前までは護衛できても、個室の中までは流石に付いて行けない」
「それ、本気で言ってますか?」
妹の呆れたような声色に、私の中で、あんなにも愛していた女神への信仰が揺らいできているのを感じた。
「しかし、本当に素晴らしい女性なんだ。聖母の如く優しい方で…私など、ベリー嬢は好みの容姿からかけ離れているのに、一目見ただけで運命を感じたのだぞ!」
「では、最後に一つよろしいですか」
これ以上聞いたら、私の初恋が終わるような気がしたが、サモエドは止まらない。
「その素晴らしく優しいベリー様は、王侯貴族が揃う場で、殿下たちがレイラ様を糾弾するのを良しとされているのですか?本当に優しい方…いいえ、一般常識のある方であればそんな阿呆な計画、止めますけど。それとも、ベリー様とは男性に対しては聖母ですが、女性に対しては悪鬼になるような方なのかしら?」
「糾弾する計画のことをベリー嬢は知らない!」
「果たして、そうでしょうか。少しはお考えになったらいかがです?」
ベリー嬢は知らなかった…本当に?殿下は口癖になる程『レイラ嬢に審判を下してやる』と仰っていた。そして…そんな殿下の傍にベリー嬢はいつも侍っていたではないか。
彼女はレイラ嬢に審判を下す事に何も文句を言ったことは無かった。それどころか、材料だと言わんばかりに苛めの内容を我々に提供していた。