お茶会2
反論しようとするが、出来ない。
テュクルだって1を聞いて10を知るような神童ではないからだ。
そして『ダンスが下手なベリーに得意げにダンスを見せつけるな』という言葉はもう使えない。
ベリーは場慣れしていないから、あんなにダンスが下手なのだと。純朴だから仕方がないとテュクルは思っていたが、レイラもまたベリーと同様にダンスを披露する事なんて慣れていないのに、あそこまで綺麗に踊ったという事実。
『ベリーは全く努力をしていない』
そんな言葉が頭に浮かんで消えてくれない。
「理事長」
異議ありだと声が上がる。アクリだった。
彼はとても不機嫌そうに顔を歪め、クレートを睨んでいる。
「僕の婚約者候補達は優秀な教師を雇っています。だからダンスが上手いのです。それに比べ……」
アクリは隣で縮こまっているベリーに視線を移す。
「ベリー嬢は一人で練習をしていたのです。そんな彼女の素晴らしい努力を何故称えないのですか?」
アクリに肩を抱かれていたベリーは「アクリ…」などと頬を赤らめて彼を見上げた。
「その努力が実を結ばなければ、何を褒めていいか分からないよ」
というクレートの言葉は、自分たちの世界に入っている二人には聞こえていないだろう。
「ベリー嬢に乞われれば僕がダンスを教えるつもりでしたが……彼女はいじらしい女性だから、僕達の手を煩わせたくなかったのでしょう。……月明かりの下、一人で練習をしていましたよ」
「せめて鏡の前ですれば、体の動きが確認できたでしょうに」というクレートの発言は「きゃっ!アクリったら見てたの?恥ずかしい~~」というベリーの発言にかき消された。
「しかしねえ、殿下。この現状は殿下の怠慢ですよ」
カッとアクリの目が見開かれる。
クレートのツッコミは右耳から左耳へ通り過ぎたが、自分を批判するセリフには敏感だったらしい。
「僕の何が怠慢だと?」
「ダンスを教えなかったことです。大切な御令嬢に恥をかかせたではないですか」
「え?私、恥なんてかいてないよ?」
きょとんとした目のベリーにクレートは「ではこの一連の騒ぎは何だろうね?」と苦笑する。
「そう言えば、何の騒ぎだったの?」
「君が可哀想だから、ダンスを得意げに踊るのは止めろと『テュクル・ケレスン・キュマ王子』、『リア・ラスコー』、『フィン・オノクル』、『リンベル・マニージャ』、『ノーマン・ターリア』の5人がダンスの上手だった御令嬢の元に行き抗議をしたんだよ」
「ええー?えー?えええええ??」
目を丸くしてベリーが大声を上げた。
「もー!!皆、私の事心配してくれたのはわかるけどー!過保護すぎだよお」
でも、ありがとね?
とはにかんで言うベリーに、クレートが名を上げたベリー信奉者たちは嬉しそうに笑う。
「ベリー嬢がぎこちないダンスで戸惑っていたから……私達はベリー嬢のサポートをしようと思ったのです」
リアがそう言えば、皆一様に頷いた。
「うふふっ!私嬉しい!皆優しいもん」
ベリーはご満悦の様子だ。
クレートは楽しそうに微笑み
「サポートね。よし!ではこうしようじゃないか!」
パンっと一つ手を叩く。
「半年後のアクリ殿下の誕生日。それまでに、君達がみっちりとベリー嬢に御令嬢がすべきマナーを全て教えてあげなさい」
「なっ!理事長!彼女に謝罪を要求します。まるで彼女にマナーすらないような言い方ではありませんか」
「アクリ殿下」
クレートがスっと人差し指を自身の口元に持っていく。少し黙ってろ、というサインだ。
「殿下が彼女を気に入っている事は知っています。だから、言っているんです。殿下が彼女を王宮に連れて行くつもりなら、彼女は王妃教育を耐え抜いている王太子婚約者候補達並みの作法を求められる」
「そのような作法は必要ありません。私が撤廃しましょう。私は今のじゃじゃ馬なベリーの全てを好ましく思っているのだから」
もーっ何それー!というベリーが嬉しそうに文句を言っているが、クレートは完全に無視をする。
「殿下、考えてみて下さい。他国の王妃が綺麗なカーテシーすら出来ない様を。それを貴方は眉を顰めるでもなく微笑ましく思うことが出来ますか?」
勿論だ!と胸を張って言うアクリに、ふう、とワザとらしいため息をつきクレートは話を続ける。
「その程度の教養も無い国を、他国は見下す事もせず対等に付き合ってくれると本気で思っていらっしゃるのですか?」
「っ!」
「わっ!私!」
甲高い声が割って入る。
「私、教養無くないもん!教えてもらったら、ちゃんと出来るもん。アクリをこれ以上苛めないで!」
「ベリー嬢!」
「ああっ貴女と言う方は…!」
ベリー信奉者たちから安堵の声が出る。
そしてアクリは思いのまま、ベリーを抱きしめた。
いつもはそこで「はわわわ」と言うところだが、今のベリーはキリリっとした表情をしていた。
「では決まりだね。アクリ殿下の誕生日パーティー、楽しみにしているよ」
パンパン、とクレート理事長は手を叩き、この話は終わった事を示す。
「さ、楽しいお茶会に水を差してしまったね?気を取り直して楽しもうじゃないか。音楽隊はもっとアップテンポな音楽を頼むよ?」
クレートの指示で、ゆったりとした優しい音楽からタンゴに変わる。
ダンス場に居たカップル達は、思い出したように手を取り合い、曲に合ったダンスを再開した。
この流れに乗れないのは、ダンスパートナーのいないベリーの取り巻き達のみ。
しかし彼らは気にしていない。だって、ベリーしか見えていないのだから。
だが一人……テュクルは思い詰めたような顔をしていた。
***
「様になっているわね、二人とも」
お茶の席で体を寄せてダンスを踊っていたファルトとサモエドの元に、王妃が訪れた。
二人は恥ずかしそうに身体を離すと、王妃に挨拶をする。
「あらあら、止めてしまうの?」
「まだ母上の前で披露する程上手には踊れませんので…」
「私も……」
ふふふ、と王妃は笑う。
「お邪魔だったかしら?」
「そんな事はありません、母上」
訓練されたメイドは王妃の出現にも慌てることなく、もう一組のお茶のセットをテーブルに並べた。
三人はテーブルに着くと、淹れたてのお茶を味わう。
「もうすぐファルトのお誕生日なのだけど、今年もパーティーに来て下さる?サモエドさん」
「勿論ですわ」
アクリの誕生日は冬だが、ファルトの誕生日は雨期が終わった後、初夏にある。
毎年王太子の婚約者候補として王族の誕生日パーティーには出席していたサモエドだったが、今年はファルトの婚約者として出席することとなる。
「ドレスはもう決めていらっしゃるの?」
「はい。エンジ色のドレスを頼んでいます」
かしゃん、とファルトのカップがソーサーに落ちる。
「どうかしたのかしら、ファルト」
「い…いいえ」
顔が真っ赤になっている様を王妃は微笑ましそうに見つめるが、同時に悪戯心も芽生えてしまう。
「サモエドさんの為にも今年はきちんとコーディネートをしなければね、ファルト」
「は…はい」
ファルトが頷くと、彼の髪を結っている山吹色のリボンが揺れた。
ねえ、ご存知?と王妃はサモエドに話しかける。
「ファルトはね、最近山吹色のリボンをするようになったの。毎日」
「え…」
ぱああっとサモエドの表情が明るくなる。
「毎日して下さっているのですか?嬉しいです、殿下」
「あらあら、このリボンの贈り主はサモエドさんだったのね?」
知っていたくせに、と更に赤くなったファルトは心の中で王妃に愚痴る。
「お二人とも随分と仲良くなったみたいですが、呼び方が『サモエド嬢』と『ファルト殿下』では寂しいと思いませんか?」
ファルトはぱっと顔を上げる。王妃はにこにこ笑っていた。
何もかもご存知か……と気恥ずかしくなってくる。
「さ…サモエド嬢はシェパード殿に愛称で呼ばれていましたね」
「はい。私は……親しい方にはサミー、と呼ばれておりますわ。……あの、ファルト殿下は……」
もじもじしながらお互いの表情を慎重に見る二人。傍観者の王妃はわれ関せずと優雅に紅茶を啜る。
「私は愛称などは特に……」
王子として身分のあるファルトは身内からも愛称などで呼ばれないのだ。まあ、幼児期には『可愛い小豆色の天使ちゃん』などと呼ばれていたが、それは愛称とは別の話だろう。
サモエドは一つ頷くと「では…」と提案した。
「ファルト様とお呼びしてよろしいですか?」
「はい。では、私もサミー、とお呼びしても?」
「も…勿論ですわ」
緊張している二人は同じタイミングで紅茶を飲み、カップをソーサーに戻す。
「お父様やお兄様…家族以外の男性に愛称で呼ばれるのは初めてで……」
「そ…そうですか」
さっき飲んだばかりなのに、また二人は同じタイミングで紅茶のカップを仰いだ。
ふと、部屋の外が慌ただしくなったのを感じる。
何気なく扉の方にサモエドが目を遣ると、静かにそこが開いた。
「どうしたのです?」
王妃が声をかければ、扉から一人のメイドが畏まった様子で入ってくる。
「王立学園で少々問題があったようです」
「問題?そう言えば今日は雨期のお茶会でしたね。……何かあったのかしら?」
先を促されたメイドだが、サモエドやファルトのいる場で話しても良いのか戸惑っている様子だ。
それを王妃は「構いませんから、どうぞ」と更に促す。
「……アクリ殿下が理事長と揉めたようです。その成り行きで、今年のアクリ殿下のお誕生日パーティーに男爵令嬢を招待し、王太子の婚約者候補達並みのマナーが出来ているかお披露目することになりました」
報告を受けた王妃は「あらあら」と楽しそうに笑う。
「クレートお兄様ったら、相変わらず楽しい余興を考えてくれるわね」
「クレート…様?」
サモエドが小声で訊ねると、ファルトが「母上の兄君、クレート・アルミス前侯爵。学園の理事長なんです」と教えてくれた。
「そのお披露目、私は了承します。王も拒否はしないでしょう。そのようにアクリとアルミス理事長にお伝えくださいな」
王妃の回答を得たメイドは一礼すると、部屋を退出していった。
「私は噂を聞くだけで、実際にベリーさんと仰る方を拝見した事が無いの。楽しみだわ」
「私は見た事がありますが、噂通りの方でしたよ、母上」
ファルトの眉間に皺が寄ったのを見たサモエドは、少し安心した。




