9章5節の違反
その昔、俺はよく教会に通っていた。
というのも、俺の家庭はユダヤ教を信心する教徒の子孫家庭だからである。
それもかなり由緒正しい血筋らしく、中々に熱心な信仰ぶりだ。
……そんな俺が自殺を決意したのは、俺が脱会する1ヶ月前だった。
「じ、事故だ!救急車を呼べ!」
「バカ!先に消防だ!火が出てるだろ!」
ズレた争点で口喧嘩を始める民衆を横目に、俺は呆然と立ち尽くしていた。
人々の視線が集中するバスは炎上、記憶が正しければこの時間帯のバスは相当に人が混み合っていたはず。
「俺が…やったのか…?」
そう、この事故の原因は俺だ。
俺が車のハンドルを切り損ねてバスに追突した結果、爆発したマイカーがバスを巻き込んだのだ。
この事故による被害総額は7000万円。
「死ぬしか無い」
俺の自殺に確固たる決意を持たせた原因だ。
よく「宗教上の理由で〜」なんて自殺を否定する奴がいるが、生憎俺は生まれの割に熱心な宗教家では無いのでこの際そんな事はどうだっていい。
ーー俺は、マンションの最上階から身を投げた。
……そして俺は意識を取り戻した。
「あれ…俺、生きて…」
確かに体の感触がある。
手が動き、脚が動き、呼吸が出来る。そして、その当たり前を真っ向から否定する強烈な違和感は俺の背中から生えている様だった。
少し背中に意識を向け、その違和感をコントロールしてみる。まばゆき光を放ちながら俺は飛翔する事が出来た。
「翼…!?」
そう、俺の背中の違和感は翼だった。
「オイ、お前は誰だ」
飛翔している俺の遥か上空から、俺が放つものとは比べ物にならないくらいの光を放ち、しかしながら形態を認識できる「ソレ」はゆっくり近付いてくる。
数えるのもめんどくさくなる程の翼……ざっくり見た感じ10枚とちょっとだろうか。
そしてその翼、その光を持つ人物……いや、天使に心当たりがあった。
「ルシフェル…」
俺が口に出すと、「軽々しく名を呼ぶな」と……何故か、少しハニカミながら仰る。
よくよく見るとルシフェルは銀髪ロングヘアで、外見年齢を人間で例えるなら14歳くらいだろうか。美少女である。
「何をジロジロ見てるんだ、お前は誰だと問うたのが聞こえなかったか?」
美少女…もといルシフェルは、鋭い口調で俺の名を聞く。
「俺はーーッ!!」
名乗ろうとしたが自分の名前が解らない。
俺は誰なのか?生前の記憶で残っているものは、ユダヤ教関連を除くと事故の事実と自殺の事実だけ。
「貴様…名乗る名が無いのか?」
ルシフェルの問いに俺は首を縦に振る。
「うーん…それは不便だな、事情は知らんがお前も天使なんだろう?」
天使……その言葉で俺の違和感に辻褄が合った。
光を放ちながら飛翔する、翼を持った知的生命体。つまり俺は天使なのだ。
「ルシフェルぅー、何事ー?」
遅れてもう一体の天使が駆け付けてきた。
六枚の翼を持った黒髪ショートの美少女、この少女も熾天使だ。
「よくわからんが、コイツは自分の名が分からん天使らしい」
「え、自分の名前が解らないって…悪魔じゃないの?正直最近は魔術も進歩して簡単に擬態出来ちゃうみたいだしな〜」
そう言い終えると黒髪の熾天使は弓矢を構える。
「ま、待ってくれ!俺は悪魔じゃ……」
そんな俺の悲願にも応えず、無慈悲にも熾天使は俺に向けて矢を放ったーー。