第3馬鹿
「準備よーし! 米丸の新しい服も買ったし、もう大丈夫だね」
「はい!」
「おーい、早く乗ってくれ!」
あれから数日も経たないうちにワコクから旅立つ準備が完了し、ベルジルドという男に何とか陸竜の操縦士を受けてもらうことが成功した茶炉は箱に乗り込む。
そうしてすぐにワコクを旅立ったのだった。
────陸竜の箱に乗って数時間、私の気分は急降下していた。なんだか嫌な予感がするのだ。そんな私の嫌な予感を表すかのように鉛色の空が陸竜の箱を覗く。そのせいかさらに気分が悪くなっていった。
それでもこんなに気分が悪いのはきっと陸竜の箱に防壁を張っているせいだ、私は無理矢理そう思うことにした。米丸は私の膝に頭を乗っけて熟睡している、すやすやと眠る顔さえも愛おしい。正直こんなに愛情が湧くとは思わなかった。初めは素通りしようとさえ思っていたのに、目の前で寝ているこの子が愛おしく思えて仕方なかった。
それは多分、この世界に来てから人の温もりに飢えていたからだと思う。きっと米丸も愛情や人の温もりに飢えていた、だから似たような私についてきたんじゃないのかなって
「寂しかったね⋯⋯」
彼女の言う通り、人間ほど孤独に弱い生き物はいないだろう。寂しくて死んでしまうという兎でさえもあんなのは迷信で、人間がしっかりと世話をしなかった、ただ飼い主がしっかりと世話を出来なかった、ただそれだけなのにその言い訳があんな風に伝わってしまっただけで、兎は寂しくて死んだりはしないのだ。それに反して人間は孤独死という死に方もある、寂しくて死んでしまうのは人間の方なのだ。
───陸竜の揺れもあって、また更に気分が悪くなっていく。きっと米丸がみたら「どうしたんですか!?」と飛びついてくるんじゃないのかな?そんなことを想像して一人静かに笑った。
そんな時に米丸が唸った。苦しそうに切なそうに、眠っているときの米丸にとってよくあることだった。米丸に「大丈夫だよ」そう呟きながら茶炉は静かに頭を撫でてやる。そうすると米丸は安心したように微笑んで眠り続けた。
きっと会う前に何か怖いことがあったんだろう。そんなのも含めて私は姉として親として保護者として、米丸の全てを知らないといけない。ゆっくりでいいから米丸のことを知って、もっと今よりも愛情を注ぎたい。それは茶炉の紛れもない米丸への愛情だった。
気付いたら茶炉は眠りについていた、束の間の穏やかな時間が流れる。前屈みになって寝ている茶炉の白髪が掛けていた耳から落ち、さらさらと米丸の顔に少し当たる。
そんな二人の仲の良さそうな姿をみた陸竜を操縦するベルジルドは微笑ましそうにふっと笑った。
そして数時間に渡り、陸竜は移動を続けた。
しかし残念な事に茶炉の嫌な予感は当たってしまう。
じくり、と痛む首に違和感を持った茶炉がふと目を覚ます。寝ぼけながら首に触れた手をみた茶炉は目を見開いた。その手には微かに血がついていた。
そしてそこにいるはずの米丸もいなくなっていたことに気付く。
「米丸ッ、米丸!!」
茶炉は急いで飛び起き、米丸を呼んだ。いつもはすぐに返ってくるはずの返事は返ってこないまま。そして茶炉は次に陸竜の操縦士のベルジルドを叫ぶように呼んだ、それでも茶炉の声は空虚に消える。
辺りは静けさに包まれていた、恐ろしい程に静かで夕暮れ時だというのに動物の声すらも聞こえない。まるで世界にたった一人残されたようだった。
「なんで血の臭いが、」
次に気付いたのは鼻を強く刺激する血の臭いだった。茶炉は急いで箱の外に出る、その光景に茶炉は顔をぐしゃりと歪めた。そこには陸竜とベルジルドは血塗れで見るに堪えない程に無惨な姿になって死んでいた。
そしてへたりと茶炉はその場に座り込み、ある一点を見つめる。
「⋯⋯米丸」
その目線の先には米丸が立っていた。
彼の新しく茶炉に買ってもらったチャイーナ調の服の光沢を夕陽が照らし、風がゆらゆらと服を靡かせる。
そしてくしゃりと涙と鼻水と血でぐちゃぐちゃになった顔で笑い、米丸は「ごめんなさい」と声を震わせた。