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二人きりの部屋

 弓美は俺の部屋に入ると物珍しそうにあちこちに視線を彷徨わせていた。

 表情を見れば、興味津々という感じだった。


「へぇ、これが矢的の部屋なんだ」

「うん、あまりきれいじゃないけどな」

「そんなことないよ。男の人らしい部屋だね」


 弓美は俺の本棚を見て並んだ本の趣味に感心しているようだった。


「あーっ、2045年版自衛隊兵器カタログがある!2035年版もあるじゃない!」

「最初に目をつけるのがそれかよ」

「いいじゃばい、好きなんだもん」


 まさか真っ先に目をつけたのが、自衛隊架空スクープ本だとは……弓美に恋人がいない理由が少しだけ理解できた気がした。

 それからポスターや小物のセンスを褒めてくれたり、自衛隊の広報センターで買ってきたグッズの反応も当然良かった。

 まぁ、一番反応が良かったのは俺の高校時代の卒業アルバムを見せたときだった。


「男子と女子、ちょっと違う人がいるわ」

「へぇ、誰か一番分かりやすい違いのある人いる?」

「うーん、と……あっ、居た!」

「誰……あ、純か?」


 弓美が指さしたのは、卒業アルバムでも目立つイケメンで俺のいたクラスでは一番の出世頭の佐川 純だった。


「うわぁ、潤ってこっちじゃ純って男なんだぁ、結構イケメンだね」

「ああ、かなりモテてたよ。サッカー部のエースで卒業後はプロ入りして、今じゃ『次のW杯の日本代表エース』って言われてるよ」

「私の方だと高校時代に水泳の五輪強化選手になってたよ。卒業前から世界水泳にも出てたし、こっちの方が先に日本代表になったってことかな」

「マジか」

「うん、美人アスリートってことで結構取材も来てたし」


 俺は潤の顔を思い出して、女性になった姿を思い浮かべる。

 うん、確かに美人だ。


「すげぇなぁ」

「今度の東京五輪で金メダル候補だったんだけどなぁ」

「へぇ、次は東京五輪だったんだ」

「こっちは違うの?」

「ああ、次はイスタンブールだったはず」

「そうなんだ」


 本当によく笑ってくれるようになってホッとした。

 でも、安堵したからこそ、逆に困った事に気づいてしまった。


 家には俺と弓美の二人きり。

 弓美はある意味、俺自身のようなものだから女であっても大して緊張しな……いわけねーだろ。


 状況的には、誰もいない家に男女が二人きり、家族は旅行で帰ってこない、好みど真ん中ストレートで俺に無警戒無防備な女がミニスカートで俺の部屋に。


 やばい、マジでやばい。


 ダメだ、一回意識したら頭から離れない。ちょっと待て、ミニスカートで四つん這いになって、本棚をのぞき込むな。生足が妙に艶めかしい。

 上着のジャケットを脱いでるから白い男物のYシャツにブラが透けて……なんでブルーインパルスカラーのスポーツブラなんだよ、色まで俺好みじゃねーか。

 くそ、これ86のDくらいあんじゃねーのか、サイズまで俺好みじゃねーか。

 あ、パンティ見えた。ブラとお揃いかよ、マジに俺を仕留めに来てるのか?


「矢的、どうしたの?」


 俺が急に黙り込んだことに怪訝そうな顔をしていた弓美だったが、自分がさっきまでしていた姿勢と俺の赤くなった顔を見て、何かを察したらしい。

 自身の身体を両手で抱きしめると、ちょっとジト目で言った。


「……えっち」

「なっ、ゆ、弓美がそんな格好してんのが悪いんだろ!」


 俺がそう反論すると、由美もあらためて自分の格好を見下ろす。


「あー、うん、最期はこんな格好じゃなかたんだけどね。私も自分がいつの間にこんな格好になったのかわかんないんだよね」

「そうなのか?」

「うん」


 どう言うと、俺の顔をのぞき込むようにしてちょっとだけ意地悪く笑う。


「でも……矢的が喜んでくれたみたいだから、いいよ」

「え」

「私の趣味って普通の男の趣味からかけ離れた格好だからね」

「あー、えっと……」

「これ、矢的の好みでしょ?」


 弓美はそのまま俺の目の前でクルッと一回転する。

 やばい、スカートもうちょっとでめくれあがって……。

 ある意味、自分自身にからかわれているようなものだから、反応に詰まってしまった。

 それを隙と見たのか、何を思ったのか、素早くベッドに向かうとその下を探った。

 ま、まずい、そこは……止めようとしたが遅かった。

 すかさず一冊の本を取り出すと、俺から離れた。


「えっちな矢的くんのご趣味は、なぁにかなぁー」

「お、おい、それは」


 まずい、あれはまずい。よりにもよってあの中でかなりマニアックなやつじゃねーか。

 せめて、ありがちな巨乳ものとか、アイドルものにしてくれよ。


「えっと、何々……『中はだめ、赤ちゃんできちゃう!』?」

「……うぐ」


 思いきり手遅れだった。もうダメだ、いくら俺自身みたいな存在とはいえ、女なんだから俺がこんな性癖だと思われたら軽蔑されること確実だ。

 がっくりと肩を落とすが、弓美は容赦がないらしい。

 表紙のあおり文句とか見出しとか記事とか朗読しだした、何この容赦ない攻撃。


「私、赤ちゃんが……どうしよう、まだ学生なのに……」

「あなた、ごめんなさい。私、お義父様に……」


 うう、感情のこもらない棒読みだから余計辛い、頼むからもう許してくれぇ、なんて拷問なんだ。

 こんなのご褒美でもなんでもねぇ。

 俺、こんな仕打ち受けるような悪いことしたか?

 いや、こんな本持ってるのが悪いって言えば悪いのかもしれんが。


「これ、矢的の趣味なのかな?」

「はい……」

「ふぅん、こういうの好きなのかな?」

「えっと、その」

「正直に答えてほしいかな?」


 ううっ、『かな?』連呼は厳しい、俺ナタで切り刻まれるのか?

 どうやら相当軽蔑されているらしい。

 この状況で弓美の顔なんて見られるはずがない。うつむいたまま、答える。


「はい、好物です」

「無理矢理なのが?」

「いえ、無理矢理ってわけではなくて」

「なくて?」

「その、子作りというシチュエーションに興奮すると申しますか」

「ふぅん」

「あくまで妄想であって、現実の女性をこのような酷い目に合わせたいなど欠片も思ってもおりません」

「本当に?」

「はい、神に誓って。子供はお互いが望んでこそ授かるものとしっかり理解しております」


 うう、なんだろう、空気が重い、重すぎる。

 軍隊における厳しい上官とへっぽこ部下のようだ。


「もう一度聞くわね。本当に?」

「イエス、マム!」


 もう本当に軍隊だよ、と思ってたらくすくすと笑う声が聞こえた。

 あれ、反応が予想と違う?


 顔を上げた俺が見たのは、心底楽しそうな……でも『ニヤリ』という擬音が似合いそうな笑みを受かべる弓美だった。


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