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過ちと救い

 自殺……正直、俺は生まれてから一度だって選択しようと考えたことのない選択肢だった。

 どんなに辛いことがあっても、死を選ぶのは逃げだ、父さんにも母さんにも言われていたからだ。

 どんなに辛くても、恥ずかしくても誰でもいい相談しなさいと。

 一人に相談してだめなら二人に、二人でだめなら十人に、十人がだめなら百人に。

 あきらめるのが絶対にだめ。残された人たちがどれだけ悲しむか考えなさい、と。

 基本、俺は物事に壁が立ちはだかっても『なんとかなるさ』で開き直ったり、楽観的に考えるタイプだ。

 両親の教育と、この性格のおかげで考えたこともない『自殺』という選択肢。


 もし弓美が俺と同じ存在というのが真実であれば、性格的にはそう大きな差異はないと思う。

 なら、何が弓美をそこまで追い詰めたんだ?


「あのね、あなたも両親のこと大事に思ってるよね?」

「ああ、もちろん」


 父さんも母さんも俺はすごく大事だと思ってる。

 母さんはすぐ手が出るところもあって。厳しいとこもあるけど、あんなに子供を大事にしてくれる親はいない。

 だからこそ、初の賞与は全部親のために使おうと思ったんだ。

 本当は初任給で今回の温泉旅行をプレゼントしようと思ったんだけど、母さんの『バイク欲しかったんでしょ、いいから買え』と問答無用で言われ、半分以上が頭金で消えた。

 初任給で買ったものは大事にするでしょ、とは母さんの弁だった。実際、大事に乗っている。

 少し前にバイクのローンが終わったこともあって、あらためて温泉旅行をプレゼントしたのが、今の状況だった。


「私もそう、すごく大事に思ってた」

「そうか」

「うん、だから私ね……本当に感謝してたの」

「わかる、俺もそうだよ」

「初任給で両親に旅行をプレゼントしたの、すごく嬉しそうだったなぁ」


 よくわかる。俺の両親もそうだ。母さんなんて今度は小躍りして喜んでくれたから……ん、待てよ?

 そのとき、急に嫌な予感がした。

 彼女は『思ってた』『感謝してた』と言った。全部、過去形で。

 そして、その嫌な予感は的中した。


「その旅行の途中、バス乗り場で通り魔事件が起きて……」


 そこまで言って、しばしの沈黙……そして、認めたくない現実だったのだろう。

 それでも彼女は一気に吐き出した。


「死んじゃった、二人とも……」


 言われるまでもなく気づいた。初任給をもらう時期、そして通り魔事件と言えば、すぐに思いつく。


「……あの事件か?」

「うん、多分そうだと思う。そこで殺されそうになった小学生の女の子を助けようとして2人が代わりに……」


 弓美は言葉に詰まって、ぽろぽろと涙をこぼす。

 ハンカチなんてもの持ってるはずもなく、格好は悪いけど、ティッシュの箱をそのまま差し出した。


「ん、ありがと」


 そう答えると、涙を拭って、鼻をかんだ。

 女性らしさの欠片もなかったけど、なんだか俺まで弓美の辛い心情が伝わってきた。


「物言わぬ冷たい2人が帰ったときも、お葬式のときも何も考えられなかった。頭の中が真っ白」

「……」

「我に返ったときには、全部終わってて目の前には小さくなった2人の骨壺」


 ぽつぽつとしゃべる弓美にかける言葉がない。なんとか励ましててあげたいけど、どうすればいいのかわからない。

 悔しい、情けない、人のことでここまで激しい感情を抱いたのは初めてだった。


「もうそれから泣いたわ。起きて泣いて、寝てる間に夢で泣いて、何をしてもすぐ泣いちゃう」

「辛いな」

「うん、ずっと後悔した。旅行なんかプレゼントするんじゃなかったって……私が殺したんだって」

「それは……」


 違うと言うのは簡単だったが、それは弓美自身もわかっているだろう。

 ただ、自分のせいだと責めてしまうのはどうしようもない。

 旅行に行かなければ死ななかったのに、という意識が少しでもある限り。


「もう精神的におかしくなってたんだと思う。泣き続けて、後悔し続けて、考えたのは『お父さんとお母さんに会いたい』だったの」

「……」

「だから。昨日、大量の睡眠薬を飲んで家に火をつけて自殺したの。一軒家だから他に被害は少ないだろうしね」


 一軒家だからいい、というものでもないが、そこまで追い詰められていたということか。


「でもね、意識が消えそうになって死ぬんだってぼんやり思ったら、急に死にたくないって思ったの」


 彼女はふと自嘲気味の苦笑を浮かべた。


「両親にずっと前から『絶対に自殺なんてしちゃだめ』って言われてたのに……最期の最期で思い出して」

「俺もずっとそう言われてたよ」

「そっか、一緒だね」


 彼女は話を続ける。


「意識が消えそうになったときに、お父さんとお母さんの顔が浮かんできて、二人はきっと私が死ぬことなんて望んでないって」

「……」

「でも、すぐに意識が消えて……死んでるはずなのに目が覚めて、近所の公園のベンチで寝てたの」

「それで?」

「公園に見覚えあったから、不思議に思いつつも歩き回ってみたの」


 弓美は苦笑しながら続けた。


「見慣れた町並みだったから自然と家に向かって歩いてて、でも、どことな違和感を感じて……途中にあったコンビニで雑誌とか見たら全然知らない芸能人とかいたし、あれ?ってなっちゃった」


 弓美が苦笑する。意外と冷静だったみたいだ。


「それでも自分が置かれた状況に確証がなかったから、恐る恐る家に向かったの。自分で火をつけて燃やしたはずの家に」


 苦笑が重なる。なんだか自殺のことを話すときに苦笑を浮かべてしまうようだ。

 選択肢を間違えた自覚でもあるんだろうか。


「そしたら普通に家があって、でも知らない男が出てきてパニック、って感じか」

「うん、いきなり泣き出してごめんね」


 弓美は素直に謝ってきた。

 俺は苦笑を返しつつ、首を横に振る。


「気にしないでいいよ。それで、もう死のうなんて考えてないんだよな?」

「うん、もう絶対自殺なんてしない。あんなに怖くて寂しいなんて思わなかった。もう、元気!」


 空元気かもしれないけど、力こぶを作って笑う弓美に自殺するような雰囲気はなかった。

 そのことに妙に俺は安堵していた。


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