彼女の疑問
俺の真剣な声に通じるものがあったのか、彼女も表情を真剣なものに変えた。
そして、どこか口にするのを躊躇しながらも、それでもしっかりと言葉を返してきた。
「あの……その前に、私の方からいくつか質問させてもらっていいですか?」
質問に対して質問で返しては来たが、それでもその口調が真剣なものだったので、とやかく言わずに返した。
「まぁ、いいけど……」
「結論らしきものはあるんですけど、ちょっと荒唐無稽過ぎて、どうしても確認しないと確信にならないの」
「確信?」
よくわからんが、彼女の中で何か思うことがあるのだろうか、ただ彼女の真剣な表情を見ると、それもいいかと思う。
「わかった。いいよ、何を聞きたいの?」
「その、質問としては変かもしれませんが、真面目に答えてください。お願いします」
彼女はすっと頭を下げた。正直、怪しいとは思わないでもないが、それでもちょっとした所作は俺を信用させるに十分な、俺好みの真摯な所作だった。
「わかった。真面目に答えるよ」
「ありがとうございます」
彼女は顔を上げて、まず聞いてきたのは……なんだこれ、という質問だった。。
「今、和暦でいつですか?」
「……平成30年9月22日」
「明日は秋分の日ですか」
「うん、敬老の日が25日だから、土曜日から4連休だね」
「え?」
俺の補足に彼女はひどく驚いた態度を見せ、呟いた。
「敬老の日は17日じゃ?」
「17日は平日だよ」
「あの、終戦記念日は?」
「終戦記念日は、確か8月8日だね。広島に原爆が落ちてすぐだったから」
「嘘、それも違うの?」
彼女の顔が暗いものになる。一体どういうことなんだろう?
この程度のことは小学生でも知っていることだと思うんだけど。
「えと、ここの住所は?」
「東京都板橋区〇〇町〇番〇号」
「そこは一緒なんだ」
少しホッとした態度を見せる。
「今の総理大臣は?」
「小川浩二郎」
「誰、それ?」
「え、知らないの?」
今度は怪訝そうな顔になる。
なんで総理大臣を知らないんだ。それも小川総理ってここ最近じゃ珍しい長期政権で、もうすぐ任期の2期を終わろうとしてるのに。
不思議に思っていると、彼女が質問を続けた。
「安倍晋三って知らない?」
「外務大臣だね、次期総理って言われてる」
「全然違うわけじゃないのか」
それから、彼女の質問は続いた。世界情勢から政治や社会のこと、芸能やスポーツとか。
それはもう多岐にわたった質問と俺の回答で一時間以上かかってしまった。
気になったのは、ときどき小学生でも知っているようなことを彼女が知らない様子を見せてたこと。
まるで何年か海外にいるみたいな妙な違和感があった。
「ごめんなさい、今度はあなたのことを教えてもらえるかしら」
「ああ、わかった」
次に俺の家族構成とか、なぜか友人関係のことまで聞かれた。
そして、これが最後とばかりに、真剣な顔で聞いてきた。
「今、お父さんとお母さんは?」
「ん、俺の?」
「うん、姿が見えないからどうしたのかなって」
「俺の初めての賞与で温泉旅行をプレゼントしたよ」
それまでの何かを思案するような表情が一気に青ざめ不安そうな表情に変わった。
「えっ、う、嘘、や、やだ、もうあんなの……」
「どうした?」
俺の声に我に返ったのか、彼女は俺に縋り付くように言った。
「おっ、お願い、すぐ連絡して!」
「な、なんで……」
「お、お願い、お願いだから、無事を確認してっ!」
彼女の剣幕に驚きながら、携帯から母さんの携帯に電話をかけた。